8.若者のすべて
顔つきが変わったと感じたのは、迷惑なことに思い違いでは決してなかった。
届けられたコーヒーのセットに僕より先に手を伸ばし、好きなように話題を貫き通す、ホストの特権を手中に納める。
そんなものがどちらにあろうが、生徒の僕が逆らえるはずもないのに。
チョコレートの皿を差し出され、他にどうしようもなく受け取る。この先の話題の展開を考えるなら、手を滑らせても良かったかもしれない。
そして見事に真っ二つに、割ってしまったとしても。
「イギリス娘か。メアリーアン。いい名前じゃないか。君はこの薔薇のように美しい。あぁ、君のためにどれほどの眠りが奪われていることか。誠を込めて誓おう。生涯、君だけに真の愛を捧げると」
「……先生……。聞いていらっしゃいましたか? 僕の話を」
「君がその女性との約束を守るために半日かけて山道を登ってきた話だろう? ちゃんと聞いていたとも」
「僕は約束は守るのが好きなんです」
それをしまっておく頭はないと宣言し続けていたくせに、正確にこの花の名前を口にしたところが怪しすぎていた。
花は咲くもの、草は伸びるもの。そう断定して品種にすら興味を抱くことなどしないくせに。
どうしてこれだけ、の答えは、少し考えればたどり着く。僕は怒るよりもあきれていた。それよりも力が抜ける。おばさま。
こんなに時間も距離も隔てているくせに、またあなたたちは結託して僕で楽しむおつもりですか。そうですか。
「かわいい娘なんだろうなぁ。君の心を動かすくらいだ」
僕の先生はそんな質問を投げてよこして笑っているのだが、若々しいその顔に、元気そうでなによりとはとても思えなかった。
だいたい、僕より格上の生徒・マルガレーテ殿から、詳細以上の報告を受け取っているくせに、よくまぁそんなことを。
「先生には話しません」
「話したいはずだ。話さないと、この花あげないぞー」
「せんせいっ」
まるであの頃の夕べをなぞり、プルシャンのセットに濃いコーヒーが注がれる。結局はこの涼やかな深さに、僕は口を開くのだ。
開き、言葉を外へと送り出す。
あっけなく思えるほど簡単に、彼女は姿を現した。大して意志の力を使わなくても、僕は思い浮かべることができた。