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冥合奇譚  作者: 月島 成生


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31.清算


「おれ達は別れた方がいい。――未来永劫に、だ」


 無表情なのに、恐ろしいほどの苦悩が伝わってきた。少女の姿が、烈牙と重なる。

 槐なら、どうしただろう。嫌だ別れたくないと、泣いて縋っただろうか。


 答えは、否だ。

 嫌われるのが怖くて、反抗すらできなかった。

 不快にさせたくなかった。いつでも、笑っていてほしかった。


「共依存って言葉があるらしい」


 低く囁く声は、諭すような深みあるものだった。


「自分に自信が持てず、人から認められて初めて己の価値を見出す。覚えがないか?」


 亮と比べて己の不甲斐なさを責める、蓮に愛されぬ自分に価値はない。彼女が離れて行くことが怖くて、力で縛りつけた。

 身に覚えが、ありすぎる。


「おれの、ことか」

「そうだ。そして、蓮のことだ」

「蓮の?」


 身分もあり、容姿にも恵まれ、誰からも愛されていた蓮が、なにを不安に思うのか。捨てられる不安にいつも、戦々恐々としていたのは月龍の方なのに。


「怒らせたくなくて、見捨てられるのが怖くて、お前の言いなりになった。――今にして思えばわかる。それがどれだけ、お前にとって酷なことかってな」


 ただ、暴力に怯えて従順だったわけではないのか。――想って、くれていたのか。

 蓮には信じてもらえなかったけれど、今、烈牙が想いを認めてくれた。


「ついでに言やぁ、おれもだ」


 口の端に滲んだ自嘲を、否定できなかった。


 烈牙の容姿は、人と少し違っていた。槐にとっては自分にある泣きボクロと同様、特徴のひとつであって、彼の魅力を損なうものではなかった。

 けれど知っている。烈牙がそれに、強い劣等感を抱いていたことを。

 周囲の一部は、そのことで彼を鬼と呼んで迫害していた事実も。


「槐も、そうだった」

「――そうだな」


 ぽつんと呟くと、烈牙も頷いた。


 怒らせるくらいなら、都合のいい女でいたかった。愛されなくてもいいから、嫌われたくなかった。


 蓮が向けてくる怯えた瞳が、脳裏から離れない。

 あのような目で見られるくらいなら――否、槐には烈牙を縛りつけられるだけの力はなく、嫌われれば捨てられるのが必然に思えていたから。


 烈牙がそれほど容易に、見捨てるなどしないとわかっていたのに。

 情の深さは、ともすれば蓮をも凌ぐほどと知っていたのに。


「おれ達はいつも、惹かれ合う。けどそれが、本当に幸せかどうかは疑問だ」


 違う。たとえ蓮や烈牙はともかく、槐は――月龍は本当に。


 ああ、こう考えるのがまた、いけないのか。

 そのために、共依存などと持ち出したのだろう。


「せっかく槐が、おれに愛想を尽かしたんだ。これで終わりにしようや」

「違う、槐は――」

「違わねぇ」


 紡ぎかけた言葉は、有無を言わさぬ語調で遮られた。


「おれたちは、出会うべきじゃなかった」


 軽く伏せていた目を上げ、烈牙ははっきりと言った。

 ないはずの心臓が、ズキリと痛みを訴えてくる。


「そう言ったのは、お前だったな。今なら心底、同意できる」


 違う違う違う。


 叫びたいのに、口が開かない。声が、喉の奥に詰まる。

 あれは、蓮を否定するための言葉ではなかった。月龍と出会わなければ蓮は、ずっと幸せな公主でいられた。

 蓮のためには、出会ってはいけなかったのだ。


 ――ああ、そうか。


 反抗していたのが嘘のように、すとんと理解できた。

 烈牙も、あの時の自分と同じなのだと。


 蓮に憎まれていると思っていた。傍にいるだけで、不幸にしてしまった。

 槐はおれを恨みながら死んでいったと、彼は言った。いっそさっぱりした顔で吐かれた台詞は、自己譴責そのものだったのか。


「槐は、お前を恨んでなどいない」


 鼻の奥が、ツンと痛む錯覚に襲われる。


「烈を殺さずにすんで、よかったと……」


 なぜ気づかなかったのだろう。

 槐は烈牙を殺さずにすんだ。悔いを残さず、死ぬことができた。


 ならば烈牙は?

 妻と子を、その手にかけた男は。


 すべてを忘れ、幸せになどなれるはずがない。たとえ死にゆく者が望んだとしても――望んだ、からこそ。


 なんと、残酷なことをしたのか。


「すまない」


 いつの時代も、ひとり置き去りにしてしまって。

 いつも、辛い役割を押しつけて。


「――ごめん、なさい」


 槐の口調が、表に出る。感情が引きずられる。

 烈牙への想いは、本物だった。前世を思い出したときにはすでに、烈牙に強く焦がれていた。


「蓮だからではなくて……烈、だったから」


 信じてもらいたい、できるならまた、一からやり直したい。

 槐の頃に言えなかった我儘が、願望として沸き上がる。これは、月龍だからなのだろうか。

 感情と記憶が、ごちゃごちゃに入り混じる。


 ――けれど。


「それでもやはり、道を違えるべきか」


 蓮が望むのであれば、消えることも厭わない。

 術に囚われたときだけではなく、生きていた頃ですら覚悟したことだ。


 もしそれが、烈牙の言う「未来永劫」だったとしても。


「待ってくれ」


 烈牙が口を開くより、悠哉の方が早かった。今にも泣き出しそうな声が、耳に痛い。


 自分によく似た、双子の弟。

 時代が変わっても、彼だけは容姿にあまり変わりがない。

 真っ先に蒼龍を思い出してしまうけれど、彼は草薙でもあった。

 口数は多くなかったが、烈牙のことで悩んでいると決まって話を聞いてくれる、幼馴染。


 ――彼の心根の優しさなど、とっくに知っていたはずなのに。


「まだ、終わりじゃない。月龍として、蓮と結ばれるべきだからと考えるのは、違う。でも――」


 真摯に見つめてくる瞳の、あまりの真っ直ぐさにため息が込み上げてくる。

 草薙は優しいけれど、ぶっきらぼうな男だった。蒼龍は生真面目さを隠すために、皮肉な振る舞いだった。

 目前にいる男はどの時代の彼よりも率直で、柔らかい。

 ――蒼龍も草薙も、もうどこにもいないのだ。


「だからといって、永劫の別れを誓う必要もない。わだかまりが解けたのなら、また最初から始めればいい。いずれまた、どこかで出会えたときに……」

「――いずれまた、か」


 くすりと笑い、よっと声をかけながら立ち上がる烈牙の足元は、おぼつかなかった。支えたいと伸ばした手は、烈牙の肩をするりとすり抜ける。

 これほど顕著に、生身ではないことを実感させられるとは。滑稽さと穏やかな気分と、不思議な笑いが胸の内に湧く。


「少なくとも今、ここに在るべきではないのは確かか」

「違いねぇ」


 苦笑と共に発した台詞は、くっくっと喉を鳴らす笑いに同意される。

 さすがは烈牙と言うべきか。よろめいたのは一瞬だけで、すぐに自らの足で立て直した。

 ゆっくりと伸ばされた手が、月龍の頬をなぞるような動きを見せる。


「悪ぃな。撫でてやることすらできねぇ」


 槐の頃は見上げた烈牙の顔を見下ろし――否、彼女も烈牙ではない。彼も、ここに在るべき存在ではないのだ。

 烈牙によく似た琥珀色の瞳が、すぅっと細められる。


「――じゃあまたな」

「ああ、また――」


 この運命的な出会いに、感謝を。

 少女の頬を伝った輝きを焼きつけながら、そっと瞼を下ろした。

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