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冥合奇譚  作者: 月島 成生


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23.欺瞞


 約束の、日曜日。待ち合わせ場所である駅前広場、ベンチに腰かけて待ちながら、時計を見る。

 九時十分。待ち合わせは九時だから、十分の遅刻ということになる。


 珍しかった。草薙は実直な性格で、時間に遅れることなど、まず滅多にない。

 あるとすれば、よほどの緊急事態が起こった時だ。


 そういった性質は、悠哉にも見受けられる。ならば連絡くらいあっても、おかしくはない。

 まして現代では、「電話」なる便利なものものあるのだから。


 その電話一本すらできない状況にあるのではないかとの心配が浮かび上がった頃だった。


「広瀬!」


 目を上げると、息を切らしながら走ってくる克海の姿があった。


「えっ、草野くん?」

「さっき悠兄から連絡あって。急に仕事が入って来られなくなったって」

「そうなの?」


 慌てて、携帯電話に目を落とす。いつ連絡が来ても見落とさないようにと手に持っていたのだけれど、通信に不具合でもあったのだろうか。


「いや、広瀬には連絡してないって言ってた」


 息を整えながら、克海が続ける。


「時間的にももう、家を出てるだろうからって。途中で引き返させるなんて完全に無駄足させるよりは、お前が代わりに行ってくれって」

「……そっか」


 ――やられた。


 納得したらしい胡桃とは反対に、頭を抱える。

 それにしたって、本来ならば遅れる旨、連絡をしてくるのが筋のはずだ。そうしなかったのは、ならばまた後日、と引き返させないためである。


 おかしいとは思ったのだ。直前まで、月龍と蓮を――克海と胡桃を一緒にさせたいと言っていた悠哉が、あっさりとデートに応じた。

 それだけではない。この一週間、部屋を訪ねても一度も彼に会えなかった。

 その前までよく会えていたのは、仕事を早く切り上げてきていたからだ。そのせいで無理がきて忙しかったのかとも思っていたが、避けられていたのか。


 あの野郎ぶっとばす、と悠哉に不満を向けたあと、納得しちまう胡桃も胡桃だとも思う。

 大体、デートの代役ってなんだよ、バカじゃねぇのかと毒づかずにはいられなかった。


「えっと、なんていうか、ごめん」

「なんで草野くんが謝るの」

「だって、なんていうか……」


 まぁ、普通は代役なんて頼まれれば困るよな。気まずそうに目線を伏せていた克海が、ちらりと胡桃を見る。


「おれじゃ意味ない、よな……?」


 おそらくは、とりあえず行ってくれとかなんとか、焦った声で言われたのだろう。

 つられて焦り、冷静な判断もできないままここまで来てしまった。

 けれどようやく落ち着いて、おかしな話だと気づいたに違いない。


 ――こいつ自体はホント、いいヤツなんだけどなぁ。


 なんとも言い難い感慨に、ため息が湧いてくる。


「そんなことないよ! っていうか、つきあわせちゃって大丈夫かな、とは思うけど。用事とか、なかった?」

「それは大丈夫だけど」

「よかった。じゃあ、行こっか」


 にこりと笑って、胡桃が立ち上がった。ばつが悪そうに頷いた克海の口元が、わずかに持ち上がる。

 安堵と共に、嬉々とした様子が見て取れて――複雑な心境にならざるを得なかった。




 いわゆる「デート」は、楽しかった。

 烈牙自身は複雑な心境のままではあるが、内側にいても楽しんでいる胡桃の感覚は流れ込んでくる。


 「デートの邪魔なんかしねーよ、奥深くに沈んでっからおれのことは気にすんな」とは宣言していた。

 実際、待ち合わせ場所までは護衛を兼ねて様子をうかがうが、悠哉と会ったら下がるつもりだったのだ。


 けれど、やってきたのは克海だった。あまり二人を近づけさせたくはない。

 それで沈むに沈めず、気配を押し殺したまま様子をうかがっていたのだけれど。


 克海はいたって、紳士的に振る舞っていた。

 遊園地に着くと、なにに乗りたいかと尋ね、胡桃が疲れる前に座ろうかと誘い、タイミングを合わせて椅子を引く。

 制服のときとは違い、底の厚いサンダルを履いた胡桃に、疲れるだろうからつかまってと腕を差し出した。


 克海は元々、優しい男ではあった。気を遣いもするし、よく気も利く。

 だが、ここまでだっただろうか。今までは単純に、身体能力の違いに配慮していた様子だったけれど……。


「そろそろ行こうか」


 テーブルを囲む椅子に、向かい合わせで座っていた克海が言う。と、同時にサッと立ち上がって、すぐ近くまで来ると、胡桃に手を差し出した。


 ほらほら、こういうところだ。

 警戒する烈牙の気も知らず、「草野くんってば、いつにも増して優しー」と、無邪気に感動しながら彼の手を取る。


「次はなにに乗る?」

「そうだねぇ……」


 胡桃は、絶叫系などと謳われた乗り物は、ことごとく苦手だった。

 とはいえ、遊園地の花形はそういった類である。馬を模した廻る乗り物や、大きなコーヒーカップの合間に、「ジェットコースターとか怖いぃぃぃ」とか叫びながらも、一応は楽しそうに乗っていた。


 それでもやはり、いくつかある中でも怖いと評されるジェットコースターには乗れる気がしない。となればすでに、乗れそうなものには乗ったことになる。


「――そうだ、観覧車」


 迷う胡桃を眺めていた克海が、思いついたように声を上げる。彼の視線を追うと、小さな箱がついた、大きな建物があった。


「ここの観覧車、眺めがいいって評判なんだ。景色見ながら、これからどうするか考えよう」


 至極、まっとうな提案だった。胡桃が高所恐怖症であることを除けば、ではあるが。

 ジェットコースターが怖い、とは言ったけれど、そもそも高所が苦手とは言っていない。克海が勘違いしていたとしても、無理はなかった。


「や、観覧車は……」

「誰も並んでなくてちょうどいいし、すぐそこだし」

「高い所苦手で……」

「大丈夫だって。安全だし、密閉されてるから風も感じない。全然怖くないって」


 完全に腰が引けた胡桃の肩を、がしっと力強く抱くと、観覧車に向かって歩き出す。

 抱き寄せられた格好になって、さすがの胡桃も驚いた。

 とはいえ、動悸の理由が単純に驚きであって、ときめいているわけではないのが胡桃らしい。


 もっとも、これが悠哉であればまた、心境は違っていただろうが。


 ――そう、それが答えだ。

 胡桃は悠哉を、多少なりとも意識している。克海相手にはない感情が動いているのは、明らかだった。

 敏い克海が、気づかないとは思えない。なのになぜ、急に大胆になったのか。


 ――もしかして、月龍の記憶が戻ったのではないか。


 ありえない話ではない。夢も見ていたようだし、感情的にはとっくに引きずられていた。

 だとすればやはり、距離を置くべきだが、この場で手を振り払うのにはためらいを覚える。


 すべては、克海の出方次第。

 完全に二人きりになった空間で、彼がどのような言動に出るのか、見極めるつもりだった。


 ――誤算だったのは、胡桃の高所恐怖症が、想像よりもずっと酷かったことだ。


 観覧車に乗り、向かい合わせで座る。これから頂上に向けて上がっていくと考えるだけで、震えがきた。

 正面にいる克海の顔を見ることもできず、ただただ俯いている。


「――大丈夫?」


 こりゃあ、様子を探るどころじゃねぇな。ひっそり苦笑したところで、声をかけられる。


「顔色悪いけど……そんなに怖がるとは思ってなくて。ごめん」


 まぁ、普通はここまでとは思わないよな。しゅんとした克海の声に、同情する。

 と、目を落としていた胡桃の視界に、影が入ってきた。


「掴まってたら、少しはマシじゃない?」


 えっ、と視線を上げた先で、克海が首を傾げている。

 顔の位置が、高い。立っているのか、と思ったときには、すでに隣りに座っていた。


 克海による気遣いだろう、とは思う。

 思う、けれど。


(立て、胡桃)


 眠ったふりを続けられず、胡桃に命じる。


(立って、向こうの席に移動しろ。早く!)

(そんなのムリよ。怖くて、立てない)

(じゃあ、高い所も平気なおれが代わってやるよ)


 返事も待たず、表を入れ代わる。そのまま、胡桃の意識を深く、沈めさせた。

 克海の手を払うと、サッと立ち上がる。くるりと反転して、先ほどまで克海がいた座席に腰を下ろした。


「悪いな、邪魔して」


 突然の行動に目を丸くした克海に、心にもない謝罪を口にする。


「――烈、か」

「おう」


 一段低くなった克海の声に、あえて軽い調子で応える。


「けど、お前も悪いんだぜ? 怖いっつってんのに、こんなものに乗せやがって。お前も見ただろ、こいつの顔面蒼白。だから仕方なく、よ」

「――」

「しっかし、いい眺めだよなぁ」


 残念がっているのか、単に返答に迷っているのか。口をつぐんだままの克海に、一方的に話しかける。


 だが、顔を向けることができなかった。

 目を向けなくてもわかる。頬に、痛いほどの視線が突き刺さっていた。

 今まで、克海からは感じたことのない威圧感が、大した意味もない言葉を語らせる。


「怖がるこいつの気が知れねぇぜ。本当は、風を感じられたらもっと――」

「――……か」


 気持ちよかっただろうな。軽口を遮る低い囁きを聞き取れず、え、と振り返る。


 そこで見た、鋭い目つき。

 背筋を一気に駆け下りたのは、悪い予感などという生ぬるい感覚ではなかった。


 ――おそらくは、恐怖。


「それほどまでにおれの邪魔をしたいのか」


 怒気を孕んだ声に、戦慄と共に確信した。

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