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冥合奇譚  作者: 月島 成生


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15.真相


「よく来たな、烈。さ、上がってくれ」


 待ち構えていたかのように、チャイムが鳴り終わるよりも早くドアを開けた悠哉が、満面の笑みで出迎えてくれる。

 訪問を心待ちにしていた様子に、ムッとした。得体のしれない別人格と馴れ合うなど、信じられない。


「克海? なんで……」


 思わず睨んだ視線を感じたか、ようやく、克海の存在に気づいたらしい。

 悠哉の顔からさっと笑みが消え、困惑の表情が浮かび上がる。烈牙がエントランスで、「自分」の名前を名乗ったから、ひとりだと思っていたのか。


「邪魔するぜ」


 気まずく顔を見合わせる悠哉と克海に構わず、烈牙は無遠慮に中へと入って行く。


「えっ、おい、烈――いや、あの、胡桃ちゃん?」

「――悠哉」


 狼狽しながらも、克海の目を気にして名を呼び変えるのはさすがだった。

 烈牙はくるりと振り返り、真剣味の増した瞳が悠哉を見上げ――

 突如、ニッと破顔する。


「悪い。話しちゃった。てへっ」


 最後には、たぶん胡桃の真似のつもりで可愛らしく小首を傾げる。

 その仕草がかえって止めになったのかもしれない。

 ピキッと音さえ立てそうに固まった悠哉の目が、完全に点になっていた。





 「――で? なにをどこまで話したって?」


 場所は一昨日と同じソファだが、並び方は違う。克海の向かいに悠哉、その隣に烈牙が座っていた。

 悠哉が、横目で烈牙を睨んでいる。


「大したことはまだ全然だ。おれがこいつの前世で、お前とは長い付き合いだってこと。あとは烈牙って名前の男だってことぐらいだ。な?」

「う、ん、まぁ、そんなとこかな」


 身の上話がでたらめなら、確かに今彼が言った通りのことしか知らない。同意を求められて、首肯した。

 隣に座る烈牙を、勢いよく振り返る。


「――この、バカ!」


 怒号に首を竦めたのは、怒鳴られた本人ではなく、克海だった。

 当の烈牙はソファに深く腰かけたまま、ひょうひょうとした顔であらぬところを見ている。


「人前でひょこひょこ名乗るなんて――お前、状況が理解できているのか?」


 烈牙を睨みつける眼光は、端で見ているだけでも震えがくるほどだった。ここまで怖い悠哉の顔を見るのは、初めてかもしれない。


「いや、そいつは名乗るつもりなくて――でもおれが気づいて、けっこうしぶとく食い下がったから。それで、仕方なく……」

「だろ? もっと言ってやれよ。お前の教育が悪いから、しょーもない合理主義者になっちまっただろってな」

「調子に乗るな!」


 かなり強い口調で怒鳴りつける。

 目の前で起こったことなのに、信じがたかった。女の子相手に声を荒げるなど、通常の彼からはまったく想像できない。

 その常ならぬ様子が、「烈牙」という人格を知っているだけではなく、昨日今日の知り合いではないことを物語っているように思えて――ただただ、愕然とする。


「あーもううるせぇな。いっつもお前は叱言ばっかでよ」

「お前が考えなしだからだろう。大体、おれの記憶を呼び覚ました方法だって、かなり乱暴だったしな。下手したら精神が破壊されるところだったというのに」

「は!? 精神が壊されるって……」


 さすがに看過できる言葉ではなかった。素っ頓狂な声に、悠哉は憤然とした調子で頷く。


「見様見真似で、胡桃ちゃんの破邪の力を引き出して――おれの頭に、直接干渉したんだよ。人間が封印しているべき前世の記憶を呼び覚ますために、な」


 前世。悠哉が口にした単語が、酷く薄っぺらく感じられた。

 烈牙はたしかに言っていたし、悠哉の彼に対する態度も、大昔からの知り合いだと言われなければ納得できないものだ。


 けれど――それでも。


「記憶の引き出しを、鍵ではなくてピッキングで開ける状態に近いか。しかも烈は、(しゅ)(じゅつ)に関してはまったくの素人だ。プロの泥棒が道具を使って綺麗にピッキングするのに対し、にわか仕立ての強盗が力ずくで鍵そのものを壊す、みたいなものだ」

「それって……下手したら鍵どころか、引き出しや、勢い余って棚そのものを壊しかねなかったってこと?」


 だから棚そのもの――精神が破壊されるところだったと言ったのか。

 首肯する悠哉を目で捉えながらも、どこか現実味が欠けている。

 人間の、輪廻転生など信じていない。前世だ来世だなどと、非科学極まりなかった。


 まして、「呪」や「術」だなんて。


 フィクションと割り切って聞く分には面白い。現に、陰陽道や修験道に興味はあるし、調べてもいた。

 だがそれは、あくまで「物語」としてだ。現実と言われても、困ってしまう。

 ましてそれを語るのが、こう感じるように育つにいたった、最たる影響源だと思えば、ばかばかしくすらある。

 天動説を信じていた中世の学者が、地動説を聞かされたときはこんな心境だったのだろうか。


「あーあ。現実についていけなくて、お前の可愛いいとこさン、固まっちまってるぜ」


 ソファの背もたれに寄りかかり、頭の後ろで腕を組んだ烈牙が言う。呆れとも、気の毒そうとも、さらにはどこか面白がるような、複雑な表情だった。

 指摘に、ようやく我に返ったらしい悠哉が苦笑する。


「そうか……そうだな。すまない」

「どうせなら、順を追って説明した方がいいんじゃねぇか?」


 気遣いはきっと、克海のためではない。烈牙はとんとんと、立てた親指で自分の胸元をつつく。


「こいつも、まるっきり状況わかってねぇしな。説明してやってくれ」

「胡桃ちゃんにも?」


 きょとんとした表情だった。烈牙も、妙に邪気のない顔で、かたんと首を傾げる。


「話さねぇのか? 当事者なのに」

「いや、もちろん話す」


 話すけれど、と悠哉が口元に手を当てる。


「まだ少し、時期尚早な気はする。現段階では、完全にすべてが解明されたわけじゃない」

「時間が経てば、解明するのか?」

「そうとは限らないが……まだ、調べる時間がほしいというか」

「それはお前の都合だろ?」


 烈牙がぴしゃりと言い放つ。


「今のまま、状況もわからず記憶に穴ができるなんて、こいつがいくら鈍くても不安に思う。その不安ってヤツが、現状ではますますこいつを追いつめて悪い方向に行くんじゃねぇの?」


 腕を組み、さらに足を組んだ偉そうな態度での発言に、悠哉はうっとつまった。

 ――つまらざるを得なかったのだろう。彼の言うことが、正論だったから。

 短絡的な行動と、こうやって理路整然と言葉を並べるアンバランスさが、薄ら怖い。


「しかし、おれも初めての症例で……どう伝えるべきか」

「それはお前の仕事だ。がんばんな」


 ぱちん。

 片目を瞑ると同時、意地悪気な笑みを残して、表情を消す。

 気絶するように一瞬、ふっと遠い目をして瞼が下がり――


 再び目が開いたとき、そこに烈牙はいなかった。


 数秒の間ぼーっとした顔で克海を見ていた胡桃は、突如、ハッと目を見開く。

 慌てた仕草で克海と、困り顔の悠哉を見比べる反応は、無理もなかった。


 胡桃は電車の中で眠ってしまった。だから意識が途切れるのは仕方ないにしても、場所まで移動しているのはおかしい。その間の記憶もないのだから、当然不安だろう。

 だから烈牙は、時期尚早かもしれないと言う悠哉を制した。胡桃が覚えるであろう不安を、軽減させるために。


 なんだろう。胸の奥に、違和感が居座り続けている。

 克海への乱暴、悠哉に対する短絡的な行動、けれど胡桃には見せる気遣い――


 この矛盾が、気持ち悪い。


「驚いてる、だろうね」


 救いを求める目に、悠哉が苦笑する。


「胡桃ちゃんが置かれている状況は、大まかにはわかった。もちろん説明はするけど――そうだな。胡桃ちゃん、多重人格って知ってる?」


 どう説明するべきか迷い、結局は単刀直入に切り出すことに決めたらしい。

 知っていれば、それだけで大体は伝わる。症状のイメージができている人とそうではない人への説明は変わってくるから、確認のための質問だ。

 ぱちくり、と胡桃が瞬く。


「ジキルとハイドみたいな?」

「ベタなたとえだな。古いし」


 確かにもっとも有名な作品のひとつだが、真っ先にそれが浮かぶとは。

 思わずツッコミをいれた克海に、悠哉が少しだけ笑う。


「まぁ、とにかくそれだ。ジキルとハイドは、本で読んだの?」

「いえ、ちょっと前におじいちゃんが借りてきた映画で……」

「そうか。じゃあ、大体のストーリーは知ってるよね」

「はい。ジキル博士が薬を飲むと、ハイドっていう人格が出てきて、博士の知らない間に――」


 映画の内容を思い出しているのだろう。軽く握った拳を口元に当て、左斜め上を見ながら話して胡桃が、はたと止まる。


「――もしかして、あたしの中にも別の人格が……?」


 鈍いところのある胡桃でも、さすがにわかったらしい。

 唖然と見上げる胡桃に、悠哉が重々しく頷く。そして、先日の出来事を話し始めた。

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