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冥合奇譚  作者: 月島 成生


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14.詮索


 ガタンゴトンと電車に揺られながら、微妙な疲れを禁じ得ない。

 昼休み、「胡桃」とのやりとりのあと、教室に戻る足はどうしても重くなった。教室にはきっと、胡桃もいるだろう。

 すでに彼女本人に戻っているか別人格のままかはわからないけれど、気まずくないはずがない。

 周辺のクラスメイトにもからかわれるだろうし、そうなったときにどう対応すればいいのかもわからなかった。


 結局はそれを避けるため、昼休み終了のギリギリ間際まで戻らなかったのだけれど――


「――あっ……」


 教室に入った途端、胡桃と目が合った。ずっと待っていたのかもしれない。不安げな顔で自分の席から立とうとするも、予鈴に遮られて座り直す。

 あれは別人格ではなく、本人だった。だとすれば悪いことをしたかと思う。

 胡桃にしてみれば、中庭で克海と昼食をとっていたはずなのに、気がつくと克海はいなくて、居場所も変わっているのだから。

 それを示すように、五時限目が終わるのと同時、胡桃が駆け寄ってきた。


「草野くん、あたし――」

「うん」


 不安そうな顔に、ただ頷き返す。

 胡桃が多重人格なのは、間違いない。悠哉も それを認識しているのに、あえて本人に告げていないならば、なにか考えがあるのかもしれなかった。

 なのに、素人の克海がひょいひょいと口にしていいとは思えない。そのせいで取り返しのつかないことになるのが怖かった。


「な、今日学校が終わったら、悠兄のとこに行くんだよな? それ、おれも一緒に行ってもいいかな」


 口ごもった結果、違う話題を振った。

 突然の質問に驚いたのか、えっ、と声を上げるも、胡桃はすぐに頷く。


「もちろん。その方が心強いし、むしろありがたいけど……」

「ほら、プライバジーに関わる話なんかもするんじゃないかって思ってさ」


 確かに胡桃は、克海の同行を嫌がらないだろう。拒絶するのは、「胡桃」だ。

 ほんの短い間でしかなかったけれど、話をしている中で「胡桃」には、胡桃を気遣うような言動が見えた。本人の許可を得ていることを伝えれば、仮に例の人格が出てきたとしても、言質はとったと主張できる。


 我ながら姑息ではあるし、そんな話が通じる相手かもわからないけれど。

 ともかく約束通り、二人で悠哉宅に向かうべく電車に乗ったのだが、朝とは車両が違っていて、横一列に並んだ座席だった。

 自然と隣り合わせで座る。ただ、早朝とは違って、今は周囲にたくさん人がいた。ボックス席で仕切られているわけでもないので、彼女の症状についてなどは話ができない。


 それでなくとも、不安を禁じ得ないのだろう。普段であればにこやかに話しかけてくる胡桃も、黙っている。

 なんとなく気まずくなって、克海も黙って横を向き、流れる景色を見るとはなしに眺めていた。

 きっと、悠哉の家に着けばなにかしらの事実がわかる。


 その結果がいいものか、悪いものなのか――


 どちらかといえばやはり不安が強く、疲労感と共にため息が洩れた。

 と、こつんとなにかが肩に当たる。目を落とすと、克海の腕にもたれる形で、胡桃が眠っていた。


 おいおい、さっきまであんなに緊張した顔してたのに。


 一瞬呆れたあと、すぐに同情する。

 電車の揺れは心地よく、確かに眠りを誘われることもあるが、胡桃の場合は連日にわたる悪夢、ひいてはそれに伴う睡眠不足のせいだろう。

 けれど――不謹慎ではあるけれど、もたれてきたこの状況をわずかに嬉しく感じてしまう。


 やっぱり、可愛いよなぁ。


 よく、頬に影が差すほどに長い睫毛、との描写があるけれど、誇大表現だと思っていた。だが目を閉じた胡桃の頬には、本当に睫毛の影が伸びている。

 抜けるような白い肌と、軽く開いた唇はほんのりとピンクで――


 誰かの顔が、二重写しに見えた気がした瞬間だった。

 パチリ。突然開いた胡桃の目に、ドキッとする。

 いつの間にか見惚れてしまっていたし、なにより顔を覗きこむ体勢になっていて、かなり距離が近かった。

 やましい気持ちはないけれど咄嗟に動揺し、言い訳を考え始めるもすぐに気づく。


「――なんだ。またお前か……」


 大きな瞳に浮かぶ異質な光が、本人ではないことを物語っていた。思わず、げんなりと呟く。


「阿呆。それはおれの台詞だ。言ったろ、こいつに近づくなって。まーだ痛い目が足りなかったか」


 「胡桃」もうんざりした顔で、後頭部を掻く。


「お前がそういう性格だから放っておけないって言ったよな? ――ほら、とにかく降りるぞ」

「偉そうに命令すんな」



 むっとして言うと、さらにむっとして言い返された。

 もっとも、乗り過ごすわけにもいかないから、渋々といった調子で腰を浮かす。

 電車を降り、改札を出るときも二人とも無言だった。並んで歩くことすら嫌なのか、「胡桃」はかなりの早足で進む。


 否、もしかしたら特別に急いでいるわけではないのかもしれない。本気で克海を振り払おうとするなら、きっと走るだろう。

 それでも追いつけるとは思うが、だからといって「胡桃」が諦めているとも思えない。


 これって単純に、こいつが歩くの早いだけなのかも。


 のんびり歩く胡桃との違いが、なんとなく面白かった。


「身体能力とかも、本人とは全然違うんだな……」

「当たり前だろ」


 ボソリと呟いた独り言を受けて、「胡桃」は鼻にシワを寄せた。


「小娘と一緒にすんなよ。おれだって不本意なんだ。なんだっておれがこんな、小娘にならないといけねぇんだよ」


 最初は克海への文句、後半はぶちぶちと愚痴めいて呟く。

 「おれが小娘になる」との言葉に、カチンときた。


「まるで自分が先に存在したみたいな物言いだな。あくまで主は広瀬であって、お前じゃない」

「――はっ」


 睨みつける克海を、掬い上げるような目つきで見る。片端を持ち上げた唇には、呆れと嫌悪感がはっきりと刻まれていた。


「本当のこと言ったって、お前はどうせ信じねぇよ。だからおれも、話す気にはならんさ」


 確かに、不信感をあらわにしている相手とは話す気にはなれない。どうせ不毛な会話になると思うのが、人の心理だ。

 「胡桃」の正しさを認めれば、態度を改めるしかなかった。


「じゃあとりあえず、信じる努力は、してみる。だから話してくれないか」


 素直な物言いに驚いたのか。「胡桃」が目を丸くして、わずかの間だけれど歩調が緩む。

 だがすぐにスピードは戻り、表情にもまだ、警戒の色が濃い。

 けれど――。


「で? おれになにを訊きたいって」


 横目で克海を睨みながらも、「胡桃」の声と態度がトーンダウンしていた。


「お前のことを聞きたい。生い立ち、仕事、趣味――なんでもいい」


 多重人格症では、別人格にも通常の人間と同じ、「生まれや育ち」の記憶があるという。

 その中に、「胡桃」の性格や性質、あるいは別人格が生まれた経緯など、多くのヒントが隠れているはずだった。


「おれの生い立ち、ねぇ。ンなもん知って、どうしようってんだか」


 不満と不快を隠しもせずに呟くが、まぁいいか、と「胡桃」は口を開く。


「おれは生まれつき、少しばかり人と姿形が違ってよ。よく鬼だ(あやかし)だってなじられた。不遇の子ども時代ってヤツだ」


 口元に薄く笑みを刻んだまま、他人事のように淡々と続ける。


「まぁ、見返してやりたいって思うよな。がむしゃらに体を鍛えた。結果、得られた腕力は――お前も見ただろ」


 チラリと向けられたいたずらな視線に、昼間殴られた腹部が、ずくんと痛む。


「ついでに、自分で言うのもなんだが、気が短くて乱暴でな。ま、そんなおれでも惚れてくれる女がいた。そいつとの間に、子どももできた。――二人とも、おれよりも先に死んじまったけど」


 蘇った痛みに気色ばみかけるも、続けられた言葉は威勢を削ぐには充分だった。


「それは、その……お気の毒に」

「よせよ。もう随分と昔の話だ。さすがに吹っ切れてるさ。それに――」


 片手を振って笑みを見せた「胡桃」の表情が、ごく一瞬だけ、ふっと沈痛そうに歪む。

 だがすぐに、底意地の悪そうな光を瞳に宿し、克海を見上げた。


「お悔みなんてもらう義理はねぇぜ。おれが二人を殺したんだから」

「――っ!?」

「死んだ女の腹を裂いて、中の、胎児っての? 引きずり出したときにはまだ動いてたんだけどな。けど、すぐに動かなくなって……今でも覚えてるぜ。血と羊水でぬめる、あの温かさを――」


 過去を見る遠い瞳と、感覚でも思い出しているのか、胸の前でゆっくりと握られていく小さな拳。

 その姿に、女と赤ん坊の遺体の前で、血の海に沈みながら狂気の笑みを浮かべる男が重なり、胸が悪くなる。


「あと最後にはな、二人を焼いて食ったんだ」


 絶句という単語を、これほどまでに実感したのは初めてだった。思わず立ち尽くし、掠れた呻きを洩らす。


「自分の奥さんと子どもを――殺して、食った、だと――?」


 人として、到底許せない所業だった。義憤に拳を震わせる克海を、数歩先で足を止めた「胡桃」が振り返る。

 訝るような、観察するような鋭い目で睨みつけられ――やがて。


「――ふっ」


 ほんの半瞬、歪められた眉が泣いているようにも見えた。


 次の瞬間には目と顔を伏せ、笑声とも、鼻息ともつかぬものを洩らす。いたずらな笑みを刻み、ぺろりと舌を出した。


「なんて、な」


 妙に邪気のない一言だった。

 数秒の間理解できず、少しの間を開けてようやく、からかわれたのだと気づく。

 一気に脱力した。

 疲れる相手だ。内心で呟き、膝に手をついてため息を落とす様を、「胡桃」が豪快に笑い飛ばす。


「なんでも真に受けりゃいいってもんでもないだろ。おかしなヤツだ」

「だ、だって仕方ないだろ。お前が大真面目な顔で言うから――」

「ごちゃごちゃうるせぇ男だな。先行くぞ」


 再び面白くもなさそうな顔に戻り、顎をしゃくって先を指し示す。我に返った克海が追いつくのを待って、歩き始めた。

 そう、待っていたのだ。歩調も相変わらず速かったが、「胡桃」を包んでいた剣呑な空気が少し、薄れた気がする。


「――烈牙(れつが)、だ」


 前を向き、むすっとしたまま「胡桃」が呟く。

 なんのことかわからなくて、えっと訊き返す。ちっと舌打ちしつつも、「胡桃」は言葉を重ねた。


「おれの、名前。烈牙ってんだ。年は十五。天正十年生まれのな」


 鋭い横目でこちらを見ながらも、どこか面白がるような笑みが刻まれている。


「十五って……ウソ! おれよりも年下!?」


 はぁ。期待外れの反応だったのか、「胡桃」――烈牙は、額を押さえて嘆息する。


「お前、なぁ。驚きどころは年齢じゃなく、生まれ年の方だろ……」

「や! でももっと年上だと思ってたから――」


 圧倒的な迫力と野太い表情から、もっとずっと年上だと思っていた。この分だと先ほど語られた身の上話もやはり、ほぼすべて嘘だったのだろうなと思い――


「――って、五百年前?」


 ようやく、思い到った。年号から、ある程度の年代を割り出せるくらいの造形はある。


「そう。おれはこいつの、前世、ってヤツだ」

「前世って……」

「だから言ったろ。お前は絶対信じないってな」

「べ、別に信じないとは言ってないだろ! 信じがたいのは本当だけど……」


 最後にはポツリと本音が洩れる。


「バカ正直なヤツだ」


 感嘆とも呆れともつかぬ感想のあと、ひょうひょうとした調子が続く。


「まぁいい。お前が信じる信じないは、別の話だ。おれには関係ねぇ。それでもまだおれのことを知りたいってんなら、悠哉に聞いてくれ」

「悠兄にって、なんで……」

「言ったろ。おれとあいつは長年の付き合いだって。前世からのな。正直、おれは自分の記憶にもあいまいなところがあってな。下手したら、おれ自身よりあいつの方が詳しいかもしれん。それに――」


 克海を見上げて、意味ありげに口の端を歪めた。


「人物論評は本人の口からより、他のヤツに聞いた方が、より実像が見えるだろ」


 ギクリ、と身が竦んだ。

 烈牙に彼自身のことを訊いた狙いは、そこにあった。だからこそ、内心で舌を巻く。


 克海が彼の性格を見極めようとしたのと同様、烈牙も克海を試していたのだ。


 意図を見抜いた上で、あえてでたらめな残虐話を作って聞かせ、反応を見たのだろう。

 黙々と歩くうちに、早々と目的のマンションに着く。ちまちま歩く胡桃に合わせるよりは楽だった、などとは言えない本音だった。


「えっと……どうするんだったか」


 エントランスの、インターホン前で考える烈牙に代わって、部屋番号と呼び出しボタンを押してやる。数秒後、はい、と応答する声が聞こえた。


「烈でーす」

「わかった。上がってこい」


 ピ、ピ、と操作音に続いて、扉が開く。悠々と入って行く烈牙を、呆気にとられたまま見送りかけて、慌てて後を追った。


「なにぼーっとしてんだ」

「いや、悠兄がお前の名前でドアを開けたから……本当に知ってるんだなって」

「ほう。少しはおれの言ったこと、信じる気になったか」

「広瀬の中にいる、お前って存在を知ってるって確認しただけだ」


 それ以外に関してはまだわからない。言外の言葉に、頑迷なヤツ、と吐き捨てる烈牙の声には、呆れの色が混じっていた。

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