第56話:メルト夫人の出産~二人の思い~
メルト夫人とスノウさん達とやりとりしていると、メルト夫人が十ヶ月頃になり、医者からもうそろそろ生まれる可能性が高いと連絡を頂きました。
私はメンフィス公爵様のお屋敷にレイオス様と共に向かいました。
「おお、来てくれたかアイリス夫人」
「お招きいただき光栄です、メンフィス公爵様」
「堅苦しい挨拶は抜きだ、さぁ来てくれ!」
「妻の出産が近いから余裕がないようだな」
レイオス様がぼやきます。
「普通はそういうものですよ」
「そうだな」
「……あの男のように自分の妻の出産時に、女としけ込んでいるような最低はあってはならないんです」
私がぽつりと呟くと、レイオス様は手を握りました。
「君が出産することになったら、私は側にいるよ」
「レイオス様……」
「おーい! アイリス夫人‼ 早く来てくれ‼」
「……この話の続きは後でしよう」
「はい、レイオス様」
私はそう言って、メルト夫人の部屋へ入ります。
夫人は少し深刻そうな顔をしておりました。
「メルト夫人?」
「あら、アイリス夫人、いらっしゃいませ。レイオス伯爵も」
「どうしたのですか?」
私が尋ねると困ったように笑い。
「破水したかも」
「「「⁈」」」
「奥様! そういうのは直ぐ言ってください‼」
女性の医師が声を上げる。
「レイオス様、申し訳ございませんが客室で待っていてください」
「分かった」
レイオス様は部屋を出て行った。
そこからが少しだけ大変だった。
ほんの少しだけ。
原因は主にメンフィス公爵様にあるのだけど。
メンフィス公爵様が「どうすればいい⁈」「メルト大丈夫か⁈」まぁ、色々と騒いだのでメルト夫人がキレて「うるさい‼ 出て行け‼」と公爵様を部屋からたたき出したのがちょっと大変でした。
それからの出産はスムーズでまぁ2時間ほどで終わりました。
本当スムーズでした。
メルト夫人は男の子二人を抱きしめて「夫みたくパニクる馬鹿にはしないようにしなきゃ」と言っていました。
出産時は冷静な方が良いようです。
夫がパニックになると、奥様の心はあまり良くないようです。
それを考えると冷静に努めて、スノウさんの側に居た侯爵様は良かったのでしょう。
「アイリス夫人、ありがとう。貴方のお陰でスムーズな出産ができたわ」
ようやく落ち着いたメルト夫人は双子を抱っこしながらそうおっしゃいました。
「そう言っていただけると嬉しいです」
「貴方もいつも私の体の健康状態を気にしてくれてありがとう」
「勿論です! 私は奥様の専門医なのですから!」
「それに比べてあのヒトは……」
盛大なため息をつきます。
するとノックする音が聞こえました。
「はい?」
「レイオスだが、出産は無事終わったのだろうか?」
「あら、伯爵様。ええ、貴方の奥様と専門医のお陰で終わりましたわ」
メルト夫人はにこやかに述べられました。
「そうか、ところで、ここで伸びているメンフィスはどうすればいい?」
「放置で構いませんわ」
「……そうか」
そう言ってレイオス様が入ってこられました。
「今回も双子だな」
「薬の副作用ですから……すみません」
「いいのよ、アイリス夫人。双子は大変でしょうけど、きっと楽しいわ」
「なら良いのですが」
スノウさんの事を思い出す。
使用人達と夫妻達全員で双子ちゃんの世話をしているのを。
「使用人と私達でお世話をするわ」
「赤ん坊の体調と、メルト夫人の体調に何かあったらすぐ連絡してください」
私はそう釘をさす。
スノウさんの時あったから、メルト夫人でも起こりうると思っているからだ。
「ええ、分かったわ」
そんな話をしていると──
「メルト! 赤ん坊は⁈」
メンフィス公爵様が血相を変えて入って来ました。
「出産は終わりましたよ、貴方」
「ええ、母子ともに健康です」
「よ、よかったぁ~」
普段のどこか冷静なメンフィス公爵様の様子はどこへ。
完全に冷静さを失っています。
ちょっと、違和感を感じ眺めているとメルト夫人が耳打ちをしてきました。
「あのヒト普段は冷静ぶっているけど、かなりパニック起こすのよ? 私の事限定だけど、これからは子どもも含めてパニックを起こすでしょうね」
なるほど、愛妻家故のパニックですか。
それなら納得ですが、それにしても、あそこまでパニックを起こすとは。
「ところで、双子の名前はいつ頃──」
「実はもう決まっているの」
メルト夫人はにっこりと笑いました。
「こちらの金髪の髪の子はレオン。赤毛の子はルーク」
「良い名前かと思います」
「ありがとう、アイリス夫人」
子育ては少しだけ心配ですが、メルト夫人がいらっしゃるなら安心でしょう。
私とレイオス様はメンフィス公爵様のお屋敷を出ると急いで侯爵様のお屋敷に向かいました。
「アイリスちゃん、レイオスようこそ! 遅かったけど、もしかして……」
「はい、メルト夫人の出産が始まりそれに付き添っていました」
「そっかぁ! それなら仕方ないよな。寧ろそんな大変だったのに来てくれて感謝するよ!」
「いえ……スノウさんは」
「部屋で赤ん坊達の面倒を侍女達と見ている所だ」
「そうですか」
「さぁ、来てくれ」
私は侯爵様に案内されて夫婦の寝室に入ります。
カーペットの上で、赤ちゃんが二人はいはいをしながらスノウさんの所に行って嬉しそうに声を上げています。
「あら、アイリスさん!」
「スノウさん、お体は?」
「すこぶる調子がいいわ。子ども達の夜泣きがちょっと大変だけど」
「ああ……」
「でも、マリオン様がやってくれるから助かっているわ」
そんな話をしていると、レイオス様とマリオン様が何か話し合っているようでした、なんでしょう?
「それは災難だったな……」
「本当だぜ、レラに心酔していた侍女が俺の館に魔導具使って侵入して赤ん坊誘拐しようとしていたんだから」
マリオンはそう言ってため息をついた。
「ま、赤ん坊にかけていた術で焼かれて瀕死になったけど」
「そうか」
「お前がそうなったときも気をつけろよ」
「……一応アディスに相談しておく」
「それがいい」
「レイオス様―?」
「ああ、どうしたんだい?」
「ふふ、スノウさんのあかちゃん、とっても可愛いです」
「だぁー」
「あぶー」
「ああ、そうだね。赤ん坊は可愛いね」
「ええ、そうですね」
私は穏やかに微笑みました。
いつか、私もこのような家庭をもてるのかな、そんな事を考えながら──




