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7話 エスペンって、あんなにキツい子だった?

 私はまだ「夢の中」にいる。


 ***

 王暦1066年9月末某日。


 軍艦アドミラル・パスカル号は、帝都レボントゥレット港・東の海上に到着。

 海岸沿いには、帝国各地から集められた軍隊がわんさか集結し、港に現れたアドミラル・パスカル号の動向を注視している。何かあれば即座に攻撃を始めそうな、まさに一触即発の状況だった。


 風に乗って耳に伝わる海岸に集結した軍の低いどよめきに、私は戦慄を覚えた。


 私たち、これからこの軍を相手に交戦するの!?


 隊長のエスペンは、指示出しのため艦内を走り回り。ゲオルグは「着替えてくる」とマキシムとどこかへ行っちゃったし。他の隊員たちもそれぞれ忙しそうに動き回っている。私が不安だからと、口をはさんでいい状況ではなさそう。


 それに、エスペンからは「敵軍の奴らに、今のヴィティ様が”ちょっと()()”だってバレたらヤバいから。頼むから、俺ら以外の人前で極力喋らないで」と、わりとキツめにお願いされた。


 おそらく、エスペンもヴィティの中身が替わっている事に早い段階から気づき、ゲオルグ同様、ずっと()()私の様子を伺っていたのだろう。エスペンって、あんなにキツい子だった? 


 そう思ったが、私の方にも問題はある。


 この世界に来た初めの頃。私は、この世界は「夢の中」だからと、あまり深く考えず行動していた。

 ゲオルグやエスペン、コンラードのことも「何でも言うことを聞くヴィティの部下」ぐらいの認識で、仕事もせず好き勝手遊んで……

 実際、お飾り大臣だったとはいえ【氷の魔女ヴィティ】は、最恐最悪という二つ名を掲げ、この帝国内の勢力バランスをそれなりに保っていた存在。それを軽率な言動や行動で崩壊させ、ゲオルグたちを窮地に追い込んだのは、()()()()。強大な力(魔力)を持つ者の軽率な行動が周囲にどんな影響を及ぼすのか理解し、もっと慎重に行動すべきだったと……今はただ猛烈に反省している。


 もうここは「夢の中」ではないのかもしれない。


 ***


「ヴィティ様、お願いします!」


 白地に金の装飾が施された特別仕様の『SNOW(スノー) SEALS(シールズ)』の隊服に着替えたマキシムが、甲板へ続く扉を開けた。


 ここでの私の役割は、


『クーデター開始前に、帝都レボントゥレットで待ち構えている軍に【ヴィティ様完全復活】を知らしめ()()()()()』という、味方の士気にかかわる重要な役目だ。


「大丈夫かな……」

「昨日俺と、練習しただろ」(エスペン)

「うん」


 私の肩をポンと手を置いたエスペンは、真面目な顔で頷いた。


「うわああ、余計に緊張してきた」

「なんで!?」(エスペン)


「ヴィティ様なら大丈夫です。それっ!」(ゲオルグ) 


 白地に金の装飾の、マキシムとペアルックのような礼服に着替えたゲオルグが、楽しそうに私の背中を容赦なく押した。


「ああああっ、押さないでよ。コケたらどうすんの!?」(私)

()()()()()!」(エスペン)


 エスペンが子どもにするみたいに、怖い顔でお口にチャックの仕草をする。


「ゔっ……」


 きっとエスペンも、ヴィティの中の私を「自分よりかなり年下の女性」と思っているに違いない。

 確かに、この世界に来て嬉しくて子どもみたいにはしゃいでいたから、そう見えてもおかしくはないだろうけど。一応、あなたよりもお姉さんなんですからね。と、心の中でつぶやいた。


 私が現れ、急に静まり返る海岸の軍隊。


 コツ、コツ、コツ……


 私は練習通り軍艦の甲板中央で立ち止まり、海岸に集結した軍隊へ向き直った。


 白いロングトレーンのドレスの裾が海風にふわりと翻る。


 うおおおおおおおお!!!!!


 海岸に集結した軍隊から、一斉に太い鬨の声があがった。

 怖い。

 もう一度。艦内へ続く扉へ視線を向けると、ゲオルグたちが笑顔で頷いている。


 あの人たち、メンタル強すぎない? 


 それに何度も思ったけど、本当にこの軍を相手に交戦するの? 交渉とか密談とか、できるだけ戦わないようにあれこれ努力したりしないの? 戦闘狂なの!?


 海岸へ視線を戻すと、軍隊がびっしり!

 嘘だと言って(泣)!!!


 目を閉じ、深呼吸した。


 ―――今の私は最恐最悪の”氷の魔女ヴィティ”。

 ヴィティは、冬の女神から愛され永遠の命を与えられた雪の精 (という設定)。

 まだ試したことは無いが、いざとなったら雪になれる (と思う)。

 だから攻撃を受けても大丈夫 (だろう)。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫―――と自分に言い聞かせ、空を見上げた。

 

 うわ。

 どんよりとした曇り空だった。

 この期に及んで私は何を期待していたのかと、呆れて笑いが込み上げた。


「ふ、ふふっ」


 私はエスペンと練習した通り、両腕を広げ頭の中でイメージを展開した。


「(小声)氷結。ダイヤモンドダスト」


 サアアアーーーーーーと全身から冷気が溢れ、それを一気に上空へ押し上げた。


 はらり…はらり…

 はらはらはらはらはらはらはらはら……


 曇り空から踊るように軽やかな雪がこんこんと降り始めた。


 あれっ、キラキラは?

 雪がキラキラ光るダイヤモンドダストをイメージしたけど……ああ、太陽が出ていないから輝かないんだ。そもそもダイヤモンドダストって、空気中の水蒸気や水滴が冷やされて氷の粒になったものが太陽の光に当たって煌めくんじゃなかったっけ。もっと冷やさないと……と、いまさら気づく。


 うおおおおおおおおおおお!!!!(海岸の軍の鬨の声)


 ここで華々しく”氷の魔女ヴィティ”の復活を見せつけ、ビビらせるつもりだったのに。逆に敵の士気が上がったような気がした。


 何もかも上手くいかない、自分の不甲斐なさに泣きたくなった。


 甲板にゲオルグが現れた。

 海岸の鬨の声は轟々と更に大きくなった。

 どうしよう、私のせいだ。


「うおおおおおおおお!!!! おかえりなさいませ!!!! ゲオルグ殿下!!!!!」「きゃああああああーーーーゲオルグさまーーーーーっ!」

「ゲオルグ殿下ーーーっ!」「ヴィティ様ーーーーーー!!!」


 あれ? これって……

 私たちへの怒号とばかり思っていた鬨の声は、低い歓声だった。


 その歓声に応えるようにゲオルグが手を挙げると、再び歓声に圧倒された。

 すっごい人気。

 だからか! ここでやっと合点がいった。

 皇位継承順位5位のゲオルグが、上位者から疎まれたのはこの「!人気!」のせい。


 私の前まで来たゲオルグは、意外にも自身もこの状況に驚いている様子で、困った顔をしながら照れくさそうに微笑んだ。


「ヴィティ様」


 ゲオルグがスッと跪いた。


「ん?」


 ゲオルグは私の手を取り上目遣いでこちらを見つめ、遠慮がちに指の先にチュッと口付けをした。ビクッと反応した私を見上げたゲオルグは、クスと笑みを浮かべた。

 

 ……トゥ


 うおおおおおおおおおおおおおお!!!

 きゃあああああああああああああ!!!


 トゥンク寸前の私の動揺は、太い歓声と悲鳴でうまいことかき消された。


 続けて、白服の騎士隊『SNOW SEALS』がぞろぞろと現れ、勇ましい顔をしたエスペンが右手で合図を出すと、港はしんと静まり返った。


 この時。不思議なことに、私はエスペンがとても大人びて見えた。24歳というのも、もしかしたら『嘘』なのではないかと、ふと思った。


 拡声器を手にしたエスペンが、ドスの効いた声で叫んだ。


「ジェダイド帝国軍の諸君。『SNOW SEALS』()隊長のエスペン・マケアだ。俺は、これまで忠誠を尽くしてきた帝国政府からの裏切りに遭い、処刑寸前のところをマキシム・キース殿下に救われた。マキシム殿下の協力を得て、ラヴィーニに収監されていたゲオルグ殿下と元女帝ヴィティ様を無事救出。

 これより我々は、ゲオルグ殿下指揮のもと民衆を苦しめるグレイヴス・キースの首を取り皇位を奪取し、この帝国を1からつくりなおす! 賛同する者は、俺の後に続けーーーーー!!!」


 !!!!!おおおおおおおおおお!!!!!


 エスペンは、私のほうに顔を向けニコっと笑った。

 

 こいつまた騙しやがったな!?―――――と、思ったが、「まあ、いいか」と仕方なく笑い返すと、エスペンは至極嬉しそうな顔でコクンと頷き、腰に携えていたサーベルを抜き空へ掲げた。


「行っくぞぉおおおおーーーーー!!!!」


 おおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 *** ***


 『SNOW SEALS』率いる反乱軍は凄まじい勢いで帝都へ侵攻。

 帝都レボントゥレット城は、その日のうちに陥落。皇帝グレイヴスは、あっさり処刑され。腐敗政治に関わっていた貴族たちも、収監、もしくはその場で処刑された。


 *** ***


「私いなくても成功したんじゃない?」


 港から帝都レボントゥレット城へ向かう馬車の中で、エスペンに愚痴った。

 馬車には、私とゲオルグ。その正面に、返り血まみれのエスペンとマキシムが、清々しい表情で座っている。


「”ヴィティ様が復活した”という確たる証拠を示さないといけなかった」

「なんで?」

「あ……その、あの」


 エスペンが言葉を濁すと、


「隊長が、パスカル将軍に『ヴィティ様は、頭打ってからポンコツ”って報告しちゃって。それで軍部が動くかどうか判断するのは、”ヴィティ様の復活を確認してから』って事になったんですよね!」


 マキシムが無邪気に微笑んだ。


「原因おまえかい!」


 ツッコみを入れると、エスペンが申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。


「わ、悪かった……ごめん」


 謝罪したエスペンは少々気まずくなったのか、窓の外に視線を泳がせた。


 馬車が走る沿道には、クーデターを成功させたエスペン隊長とマキシム殿下、それを指揮した(ということになっている)ゲオルグ殿下を一目見ようと、手を振り歓喜する民衆や騎士たちでごった返していた。その歓喜の中、未来の皇帝を乗せた馬車はレボントゥレット城・東門を軽快にくぐりぬけていった。

 

 *** 


 もうここは「夢の中」ではないのかもしれない。

お付き合いいただきありがとうございます。

次回、来週火曜日更新予定です。


ブクマありがとうございます! うれしくて飛び跳ねてます!!!


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