4話 いったいあなたは何者ですか?
私はまだ「夢の中」にいる。
***
真っ直ぐ伸びた長い通路をしばらく進むと、前を歩いていた騎士が、青い扉の前で立ち止まった。その扉の表面には、魔方陣が描かれ大きな宝石が幾つもはめ込まれていた。
ガチャン……キィ……
騎士が扉を開けると、そこは応接間のような部屋だった。
床全面に敷かれた水色の絨毯。淡いピンクを基調としたアンティークなソファーセット。金色の軽やかな蔦模様の装飾が美しい壁紙。その壁際に置かれたキャビネットには、洗練されたデザインのティーセットが並び。部屋の隅には、白い小型のピアノらしきものが置かれている。
「うわぁ」
思わず感嘆の声が漏れた。
「では、こちらでお待ちくださ、い……っ殿下!?」
中へ入ろうとすると、ゲオルグが後ろを歩いていた騎士のひとりを取り押さえ、その騎士の首に短剣を突きつけていた。
「ヴィティ様、お逃げください!」
「え?」
「早く! これは罠です! (騎士たちに向って)お前らヴィティ様に指一本でも触れてみろ! こいつを殺す!」
「は? え!? どういうこと!?」
「ヴィティ様、早く!」
「でも、ゲオルグ……」
「申し訳ありません、殿下!」
もう一人の騎士が切なそうな顔でゲオルグの手から”ひょい”っと短剣を奪い、ゲオルグの腕を捻りあげた。
「グッ、ゔわあああ!!! アレク、ヴィティ様は……関係ない……はずだ」
「も、申し訳ございません」
「ゲオルグ!」
「ヴィティ様、はやく……逃げ」
その時、こちらに向って廊下を駆けてくるエスペンの姿が見えた。
「ヴィティ様!!!」
「エスペン! ゲオルグを助け……」
トン……!
なぜかエスペンは、私を部屋の中へ突き飛ばした。
「え……」
ポスッ……と、私は部屋に敷かれたフカフカの絨毯の上に尻餅をついた。
その直後、ゲオルグもエスペンによって、ポスッ……と少々乱暴に部屋に放り込まれた。
「うっ」(ゲオルグ)
エスペンは扉に手をかけ、尻餅をついた私とゲオルグを冷たい目で見下した。
「力は使えないよ。そこは『魔力封じの部屋』だ」
「エスペン……どうして」
「お二人さんには、横領の疑いが掛けられている」
「横領!?」
「エスペン……誰の命令だ」
「ひ・み・つ。んじゃ」
エスペンは、私たちを睨み嘲るように手をヒラヒラと振った。
「「!?」」(私&ゲオルグ)
キィ……
ゆっくりと閉じていく扉の間から、エスペンの低い怒鳴り声が聞こえた。その声色と話の内容に私は耳を疑った。
「何やってんだ! お前ら舐めてかかってただろ!」
「ですが、エスペン隊長……殿下は」
「黙れ! これは任務だ」
エスペンが、隊長!?
バタン!(扉が閉まった音)……ガチャリ(鍵が掛けられた音)
「隊長って……あいつーーーっ、クソッ! 私たちを騙してたのね!」
拳で壁を殴りつけた。
ゴッ! 想定外の硬さに悶絶。
「……ッ」
悶絶する私の横で、ゲオルグがガックリと項垂れた。
まあ、そうなるよね。可愛がっていた部下のエスペンに裏切られたんだもの。それに、コンラードも共犯って可能性も大いにあり得る。
それじゃあ、あの『謎の熱病』も嘘ってこと?
どうりで作者も知らないはず。うわっ、騙されたー!!!
それじゃあ横領も、もしかしたら……
「ヴィティ様……おそらく私は、多額の横領の罪で処刑されるでしょう」
「処刑!? 横領でそこまでやるの!? それにその横領って、濡れ衣とかそういうんじゃなくて? ―――あ、も……もしかしてだけど、何か心当たりとかあったりするの?」
「はい。たぶん、アレです」
「あるんかい」
ゲオルグは憂いを帯びた表情でため息を吐き、俯いた。
ちょっと信じられなかった。ゲオルグは物欲も無く、身に着けているものも質素。何度も言うがめちゃくちゃ真面目。ゲオルグがそんな事をするなんて。
「もしかして、借金の返済? 女性に貢いだ? それとも賭博?」
私の問いに一瞬、無表情になったゲオルグは、それから急に「クスッ……クスクス……フフフ、クスクス……」と笑い出した。
これは物語の終盤に、悪役の”本性”が明らかになる展開か!?
って、もう終盤!? ゲオルグそっち側!?
涼しげなイケメン殿下が、しょーもないクズ男に見えてきた。
その時だった。
「メルヴィル様に贈った『オルゴール』ですよ」
「オルゴール? メリーゴーラウンドの?」
確か……宝石と魔石で装飾されていて、ボタンを押すと七色に光り輝く。子ども用のおもちゃ。宝石がやたら大きくて豪華だったな~と思ったけど……そういえば、そのお値段。私、知らない。
急に動悸が早くなり、嫌な汗が流れた。
「やはりご存じなかったのですね」
「……まさか」
「あのオルゴールは、フロライト製の魔道具で80億JD(ジェド※通貨の単位)」
「は、はっ、はっちじゅうおく! あれそんなにするの!? ゲオルグ、ボられたんじゃないの!? そっ、それで、し……支払いは? ど、どうしたの?」
「交易省の予算と積荷の魔鉱石の一部を売却。あと、ノールの金融業者から船を抵当に入れて10憶ほど借用しました。通常なら、ヴィティ様関連の出費は黙認されるはずなのですが……」
ゲオルグは平然と説明した。あまりにも桁違いのお金の話に、後半の方は耳に入ってこなかった。
船を抵当に10憶って。
想像もつかない莫大な金額に頭を抱えた。
「あ、あのさあゲオルグ。買う前に、どうして言ってくれなかったの」
「どうしてって、あの時点で我々は、ヴィティ様に逆らうなんて全く考えられませんでした。逆らったら即殺されておりますから」
そうだ。ヴィティは最恐最悪の魔女。
恐怖で支配し、なんでも思い通りにしてしまう。
「じゃあ、どうしてさっき私を逃がそうとしてくれたの?」
「クス……私は今のヴィティ様を、心からお慕いしておりますので」
ゲオルグが胸に手を当て、眩しく微笑んだ。
だが、今はイケメンの笑顔にドキドキする余裕は無い。
それどころではない。
「……にしても、は、80億……はぁーーーっ」
ゲオルグから顔を背け、ため息を吐いた。
私のせいでゲオルグは、ジェダイド帝国の国政から失脚。
80億の横領で重罪人となり、処刑されるかもしれない。
私がヴィティになり侵略戦争を回避したと思ったら、今度は別の取り返しのつかないことをしでかしてしまうなんて!? これが俗にいう『物語の強制力』というものなのだろうか。(たぶん違う)
あのオルゴールが、80億かぁ。80億……
私は、ここは「夢の中」(かもしれない)と、いうことも忘れ放心した。
「ヴィティ様、いったいあなたは何者ですか?」
ゲオルグの急な問いかけに、我に返った。
「えっ!? その……やっぱり、気づいて?」
「はい」
ゲオルグは、確信に満ちた表情で私を見つめ微笑んだ。
ドクンと心臓が跳ね上がった。
『自分はこの世界の小説の作者です』と言って、素直に信じてもらえるのだろうか?
いやいや、「信じられない」と私は思う。
ゲオルグは理知的でとにかく真面目。私の突拍子もない話に「あなたが書いた小説ですか? (引き&疑いのまなざしで)本当ですか? それでしたら何故このようなことに? 作者であるならば回避できたのでは?」と、ドン引かれた挙句、理論責めされたら、私しばらく立ち直れない。
答えに迷っていると、
「仰りたくなければ仰らなくてもかまいません。それに、これはあくまで私個人の意見ですが……私は、今のヴィティ様のほうが、以前と比べてはるかに魅力的だと思います」
「えええっ!?」
「これから私たち、二人きりですね」
ゲオルグが耳元で囁いた。
「うわっ、なっ、なに!? ゲオ……ル……ぶっ!?」
顔を向けるとゲオルグが、唇を尖らせゆっくりと近づいてくるように見えた。
「待って! 待て待て待て待て!!!」
その時。
「お取込み中失礼いたします! 専属メイドのメイデンでございます!」
どこからともなく精霊のような小さなおばあちゃんが現れた。
「うわああああっ!!!」
「きゃああああっ!!!」
私たちは、即座に跳び上がり離れた。
「驚かせてしまい申し訳ございません。専属メイドのメイデンでございます。ヴィティ様は、右側のお部屋。ゲオルグ殿下は、左側のお部屋をご使用下さいませ。私は、あちら(中央)の部屋に常時待機しておりますので、なんなりとお申し付けください。それでは、お続きをどうぞ」
お続きって!?
ゲオルグは落ち着き払った様子で立ち上がり、呆然としている私の手を取った。
「ヴィティ様、お部屋までエスコートいたします。コホン、それと……先ほどの件は、ほんの冗談ですのでお気になさらず」
冗談だとぉ!?
ゲオルグをキッと睨みつけた。そんな私にゲオルグは余裕の笑みを浮かべ、
「実に興味深い反応でした。本当のあなたは年齢でいうと、そうですね……16・7歳ぐらいの未婚の女性でしょうか?」
26歳ですけどー
ゲオルグは、先ほどの私のリアクションから、”ヴィティの中にいる私”の年齢などをプロファイリングしたもよう。
ゲオルグからは、「これからもっと暴いてやるぞ」的な纏わりつくような視線をひしひしと感じた。
身の危険が迫っている! かも。
***
監禁生活スタート!
そして、私はまだ「夢の中」にいる。
【4話あとがき・SIDE ゲオルグ】
部屋に入るなり、私はドアの前で蹲った。
どうしよう……ヴィティ様がとても恐ろしい表情で私を睨んでいた。
***
(回想)
2週間ほど前。
ヴィティ様は、船の甲板で転倒し、それから「全く別人」のようになられた。
ヴィティ様の言動。その一挙手一投足に我々は困惑した。
だが一方で、そのヴィティ様が至極真っ当で、素直でお優しい性格であるということに気づいた我々は。この件は極秘事項とし、我々三人でヴィティ様をお守りしようと決意した。その矢先だった。
エスペンが裏切った。
エスペンとコンラードは、軍出身。
私の護衛任務のため、各省の筆記試験をクリアし抜擢された文武ともに優秀な部下。
私は彼らを信頼していた。彼らもまた私を信頼しているものと思っていたが、そうではなかったようだ。
エスペンが、海軍の精鋭部隊『SNOW SEALS』の隊長だったということは、今日まで全く知らなかった。
コンラードだろうか……ヴィティ様の【異変】を上層部に報告したのは。
そうでなければ、ヴィティ様の予算の使い道について、帝国政府はいつものように黙認していただろう。
二人は、はじめから私を裏切るつもりで任務に就いていたのかと考えると虚しくなった。
部下の裏切りに全く気づかぬとは……
やはり私は『皇帝の器』ではなかったらしい。
それよりも、あのヴィティ様は何者なのでしょうか?
あのヴィティ様は、記憶喪失などではない。完全に違う人格が乗り移った【別人】。
話し方や行動、そして先ほど彼女に口づけしようとしたときの慌て様からして……16・7歳ぐらいの未婚の女性。おそらくデビュタント前と思われる手つかずの『純潔の乙女』と推測。
あの慌て様は、筆舌しがたいほどとても可憐で……私は胸の動揺を隠すのに必死でした。
ですが、あの直後。ヴィティ様がとても恐ろしい表情で私を睨んでいました。
距離感を見誤ってしまったのでしょうか。つい勢いで迫ってしまい……あれは非常にマズかったかもしれない。人格を疑われたかもしれない。
明日からどう接すれば……
「あああっ……」
(4話SIDE ゲオルグ・終)
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