1話 ラスボス魔女?
フワッ……
突然の浮遊感に襲われた直後。
ゴン! という効果音に続いて後頭部に痛みを感じた。
「痛っ……」
ベッドから落ちた!?
それに周囲が妙に明るい。ちゃんとカーテン閉めて寝たはず……
目を開けると、きれいな青空が見えた。
空には一羽のカモメが上空をゆっくりと旋回し、視界の端に帆が上げられた状態のマストが見える。
「んーーー???」
ここは船の上?
って……私どうやってここへ来た!?
昨晩は、自宅の部屋のベッドで就寝したはず。
ああ、これは「夢」だ。
つまり「明晰夢」ってやつだ!
ここはとりあえず「夢」ということで着地。
それで、これは何の船かな? 貿易船? 海賊船?
よく見たら、仕事に行く途中に停泊してる何かの「訓練船」になんとなく似ているような気がする。
乗ったこともないのに夢に反映されるなんて、潜在意識って不っ思議。
自由に歩いてみようかな……なんて一瞬思ったが、残念ながら今の私は心身共に疲れ切っている。うん、寝直そう。
目を閉じようとした、その時だった。
「「「ヴィティ様!!!!!」」」
バタバタバタ……
三人の乗組員らしき男性が、私に駆け寄って来た。
三人とも小ぎれいな身なりの見目麗しいイケメンたち。うん、やはりこれは夢だ。
「た、大変だ!?」
(立ちすくむ涼しげイケメン乗組員①は、細身で赤目。長い黒髪を一つに結わえている)
「すぐに担架を!」
(冷静に指示する褐色ガチムチ色男乗組員②は、短髪白髪。赤目。)
「一体誰が……」
(怯えた表情で覗き込む銀髪美少年乗組員③は、小柄な体格に、クリクリの赤目)
臨場感のある乗組員さんたちの対応に加えて、心なしか潮風の匂いもする。
「夢」なのに、すっごいリアル!
きっと、これまで修練し続けた私の桁違いの妄想力が反映されているに違いない!
……それで、ヴィティ様って?
「あ、あの、どうされたのですか?」(私)
彼らに尋ねてみた。
「「「「え」」」」(乗組員3名&私)
私の問いに、3人は固まった。そして、私も固まった。
自分の声じゃない。
か細くて、ひどくかすれた声だった。喉痛めた?
そういえば、”夢の中ではうまく喋れない場合が多い”と、何かで聞いたか読んだ覚えが……
「か、甲板に転がっていた瓶を踏まれ、転倒なさいまして……失礼します」
長い黒髪を一つに結わえた、細身の涼し気イケメン乗組員①が、私をそっと抱き起こした。うわっ、イケメン。顔……ち、近っ。
「この瓶です。クソッ!」
バキグシャ!
「!?(思わず絶句)」
精悍な顔つきの褐色ガチムチ色男乗組員②が、赤い瞳を鋭く光らせ、手にしていた透明な瓶を素手で握りつぶした。
ポタ…ポタ……と、指の間からから血が滴る。
怖っ。それに、なぜ握りつぶす。わけが分からない。
「うわ……今日の清掃当番は……」
それを見た銀髪の美少年乗組員③がドン引き。可愛らしい顔を歪め、甲板を見渡した。
どうやら私はヴィティという女性で【船の甲板で空きビンを踏んでスッ転んだ】らしい。
「清掃員を見つけ次第、ただちに処刑いたします」(乗組員①)
「しょ、処刑!? どうして!?」(私)
その時、どこからか女性の怒鳴り声が聞こえた。
『だからさっきも言ったでしょ、メルヴィル! 明日は結婚式なのよ! そんなにあの”おばさん”がいいの!? だったら別れましょう!』
メルヴィル……明日は結婚式……
この台詞。どこかで……
立ち上がり、声が聞こえた船の欄干へ駆け寄り真下を見下ろした。
そこは港の船着き場で、大勢の人々が忙しそうに荷物の運搬作業を行っていた。
『待ってくれ! ルイーズ!』
声がした方へ視線を向けると。走り去る長い赤い髪の女性を追いかける、頭に角が生えた青黒い肌の男性の姿が見えた。
ルイーズって……
ドクドクドクドク……心臓が早鐘のように脈打った。
「これって!?」
やっぱり夢の中!
自分が書いた小説「復活した悪魔は平和な国づくりを目指し王となる。その王と知らずにうっかり契約してしまった騎士見習は王国の勇者となる。」の主要人物と出会っちゃった!?
(※ルイーズは、主人公ルーシーの母親。ちなみに、これは物語が始まる15年前の出来事。先ほど聞こえた、ルイーズの「おばさん」発言をきっかけに、氷の魔女が激怒し悲劇が始まる。)
「しゃーーーーーっ!!!」(私)
妄想力に感謝!
ガッツポーズして振り返ると、深刻な表情をした三人の乗組員の横に、どこから連れてきたのか大柄で髭もじゃのお爺さんが立っていた。
「あ……っ、ど、ど、どうしたの!?」
「あ、ああああの、ヴィティ様。清掃員が見つかりました。この男です」(乗組員①)
「た、たた直ちに処刑を執り行いますか?」(乗組員②)
「そんな!? あの瓶は、先ほどメルヴィル様が飲んでいかれたものでありまして。どうかご慈悲を。お助け下さい。どうか……」(お爺さん)
お爺さんは後ろ手に縛られ、私の前にガックリと跪き声を震わせた。その背後で、銀髪美少年が悲痛な面持ちでお爺さんを見つめている。
あれ、ちょっと待って。
このお爺さんもしかして……じゃあ、ヴィティって!? 慌てて自分の手や体を確認した。
わっ。
全身、真っ白。それに「ヴィティ」って名前……
もしかして、私【氷の魔女・ヴィティ】の中にいるの!?
※【氷の魔女・ヴィティ】とは―――さきほども触れたが、ルイーズの「おばさん」発言をきっかけに怒り狂った「氷の魔女」。私が昨夜まで書いていた小説「復活した悪魔は~(長いので以下省略)」の主人公ルーシーを執拗につけ狙う。暴虐非道の極悪魔女。いわゆるラスボスである。
うわ、怖っ!
小説の世界に行きたいとか、そりゃ願ったけど。「ラスボス魔女」になるなんて……ま、でも「氷の魔女ヴィティ」は、冬の女神に愛され永遠の命を与えられたチート魔女。この小説内【魔力カースト】の頂点に君臨している存在。これはむしろラッキーと考えるべきでは!?
そういうことなら……
「処刑はなし! そこの銀髪のあなた、この方の縄を解いてあげて」
銀髪美少年は、目をまん丸にして私を見つめ返した。
「早く」
「は、はい!」
「あと、あなたたちにちょっと相談なんだけど。明日、挙式するルイーズたちに、何か思い出に残る品物を贈りたいの。何がいいか一緒に考えて下さらない?」
一同、信じられないのかそれぞれ顔を見合わせ、それから嬉しそうに大きな声で返事をした。
「「「「はい! ヴィティ様!」」」」
***
その翌日。(王暦1066年7月7日)
私はジェダイド帝国交易大臣「ヴィティ」として、メルヴィル(海神)とルイーズ(人魚族)の結婚式&披露宴にしれっと出席。新郎新婦をはじめエポラル島の人々は、私をまるで昔からの友人のようにあたたかく歓迎してくれた。
贈り物は、メリーゴーラウンド型オルゴール。
回転する動物が『ユニコーン、ドラゴン、グリフォン』とファンタジー。しかも、色とりどりの宝石や魔石で装飾されており、ボタンを押すと音楽が流れ回転し内側からキラキラ発光。お洒落でムーディーなルームランプにもなる、贅を尽くした逸品だ。これは、数か月後に生まれる予定の「ルーシー」(※私が書いていた物語の主人公)へのプレゼントでもある。喜んでくれるといいな♪
ちなみに披露宴では、ルイーズ(←転生者)とアニソンをデュエットしたり大盛り上がり。誘われるがまま二次会にまで参加した私であった。
***
ここは『夢の中』。
そして私は、まだ何もやらかしていないラスボス【氷の魔女・ヴィティ】の中にいる。
私の『夢』ってことは、この世界の支配者は、たぶんこの『私』!
ということは―――
自由気ままにぶらり旅し放題!!!
自ら率先して悪事を働かない限り、首チョンされて矢で射抜かれることはないだろう。
たとえそれがバッドな破滅エンドでも、目覚めれば『ハァ……ハァ……ゆ、夢か』でだいたいオチる。
「ならば、このチャンスを逃す手はない!」
と、目が覚めるまで思いっきりこの世界を楽しむことを決意したのだった。
***
それから、一週間が過ぎた。
私はまだ『夢の中』にいる。