8 批評ブロック
俺はハンバーグを食べながら、高橋からの返事を待つ。半分ほど食べ進めた後、返事が来た。
『お前、なんか騙されていないか?』
騙されているだと。どういうことだかよくわからない。いきなりの変化を見て、高橋も驚いているのだろうか。
『騙されているわけじゃない。意識を持って変わろうって思っただけだよ』
『いやいやwいきなりブランドとか現金とか載せてポエム載せるとか、どう考えてもマルチじゃんwww』
『マルチ商法じゃない。ネットワークビジネスだって言っていた』
『はい出たお決まり文句w言い方変えてるだけじゃんwww』
なんだこいつは、どうしてこんなに笑っているんだ。
俺を笑いものにしているかのような対応に、俺は苛立った。こいつは高校時代、俺より成績が悪かった。故に今は名前も聞いたことの無いようなわけのわからない大学に行き、無駄な時間を過ごしている。
高校時代はこんな男じゃなかったんだが、大学に行って悪い方向に変わってしまったのだろうか。
自分を変えてくれたCHARINの名誉を挽回する為、俺はここで会話を終わらせるわけにはいかなかった。あわよくば目を覚まさせ、彼を会員として迎え入れたい。
『お前は何か勘違いをしているらしいな。俺がやっていることは完全に合法だし説明会でもそう言っていた。疑うなら一度来てみるか?』
『説明会で合法だの違法だの言ってる時点でおかしいよ。普通の会社説明会でそんな話しないでしょwww』
『それはこのビジネスをよく思わないアンチ達が違法だと騒いでいるだけなんだ。確かに批判を受けている企業ではあるが、それはこのビジネスが稼げている上に、将来的に楽が出来るからという理由でその方式を受け入れられない層が多いだけなんだ。確かにまじめに働いている人からすれば、将来的に何もしなくてもお金が入ってくる俺たちに嫉妬する気持ちもわかる』
『じゃあお前は稼げているのかよ。なんか高そうなバッグ買ってるけど』
『俺はまだ入って一週間だ。バッグは自己投資で買った。これから稼げることが分かっているからな。俺の知り合いにはこのバッグを一気に五つ買う人もいるし、今日集まった連中全員がブランド物を持っていた。それはこのビジネスがホンモノの証だし、やらない方が損だよ』
『お前、稼げていないのにそんなバッグ買ったの? 貯金とか大丈夫なの?』
『分割払いにすれば買える。後はビジネスで稼いで払っていく予定。すぐに取り返せるよ』
『お前ホントに騙されていない? そんなバッグ買ってもお前のスペックは何も変わらないぞ?』
『いい物を買えば、それだけ意識が変わるんだよ。俺のビジネスで売っている商品も中々いい物でさ、俳優のナカムーやアスリートの横田恵一も使っているんだよ。お前の身の回りでなんか枯渇している部材とかあったりする?』
『いやなんだよ急に。別に枯渇なんてしていないし、俺はお前が騙されていると思っているんだよ』
ダメだこいつ。先入観が抜けていない。
説明会でも言っていた。CHARINは周囲から批判を受けている企業であると。
ネットワークビジネスというものは、稼げるようになると寝ていてもお金が入ってくるようになる。その方式が認められないフルタイムで働いているサラリーマンや公務員等からの批判の声が大きく、それでCHARINを含めたネットワークビジネスへのイメージダウンに繋がっているということだった。
俺としては、新しい稼ぎ方をこうして頭ごなしに批判するのは何とももったいないと思う。こういう高橋のような先入観に囚われた男こそ、今日の集会で刺激を与えてあげたいところだが……。
批判的とはいえ、せっかくCHARIN関連の話題で食いついてきた男だ。簡単に会話を終わらせたくない俺は、追加のLOINを打ち込む。
『俺は騙されてなんかいない。そう思うなら一度本当に商品を使ってみてくれ。エナジードリンクとかもあるから。批判するなら実際に使ってから批判しろ』
『いや、俺はどっちかっつうとお前がそのビジネスとやらに心酔して過度な自己投資していることにおかしいと思っているんだけど。誰かにいいように言われたんじゃないの?』
『俺がそんな洗脳みたいなことを簡単にされるわけないだろ。全部自分の意志だよ』
『いやいや、そうやって自分から行動させるようにそそのかして意識を改変させたり本来買わなかったようなもん買わされたりしてるんだろ? 洗脳じゃんそんなの』
『違げえよ。やってもいねえくせに先入観だけで俺の仲間のこと悪く言うのやめろよ』
渡辺も、須藤も、今日バッグを買うのに付き添ってくれた男二人も、俺の行動力や才能を認めてくれた同志だ。実際に現場に居合わせてすらいない高橋が、彼らのことをまるで悪人のように扱うことが許せなかった。
CHARINの仲間たちに悪気がないのなんて話していればわかるし、みんな稼ぐために一生懸命努力している。その努力の方法が一般的なものでないだけであって成功したいという思いはみんな同じなはずだ。
方法が受け入れられない。たったそれだけのことで犯罪者扱いをされるなんて我慢ならない。
『お前みたいに新しいことを受け入れられずに頭ごなしに批判してくる奴が一番くだらねえ。冷やかしているつもりなら消えてもらって結構だ。後で俺がどんどん成り上がっていくのを見て後悔しても知らないから』
『は? 最初は確かにちょっと煽ってたのは認めるけど、段々シャレにならないって思って今は結構ガチ目に心配しているんだけど。そこまで言われる筋合いねえわ』
『お前が俺の仲間のこと悪く言うからだろ。一回謝れよ。それに対して』
『別に謝る義理ねえし。そこまで言うんだったら俺ホントに知らないからな。お金無くなって俺に金貸してとか言ってきても絶対貸さないから』
『いや別に結構だわ。謝んないならもういいわ。お前がここまでなんもわからないやつだとは思わなかった。成功した俺を見て精々羨ましんでいろ』
『ハイハイわかりましたwこれからも自己投資とか言う理由で中身素人のまま装備品だけ立派に課金して見掛け倒しのビジネスごっこで大好きな同志(笑)達にチューチュー持ち金吸い取られていろwww』
その瞬間、俺はブロックボタンを押した。ブロックすればもう相手からの連絡はやって来ない。それほど今の高橋の文章は不快だった。箸を持つ手に力が入り、プルプルと震える。食べたばかりのハンバーグが逆流してきそうなほど強い動悸に襲われていた。
「拓郎? どうしたのそんなに震えて」
ランニングから帰ってきた母親が不思議そうに俺を見やる。その言葉でハッとなった俺は、置いてあった麦茶を一気飲みしてから「別に」と答えた。
「そう。お風呂入ったの?」
「入っていない。先入ってて」
母親からの質問にいら立ちを感じながら適当に答えつつ、俺は平然を装う。高橋との会話を削除し、再びタイムロインの反応をチェックしていると、一件通知が入った。渡辺からだった。
『え!! ルビーヴィトンのバッグじゃん!! 初めての自己投資でこんな高いの買えるの凄いよ……村松君の気持ちすっごい伝わった!』
渡辺からの反応に、俺はスーッと嫌な感情が抜けていくのを感じた。やはり俺の行動は間違えてなんかいない。彼女ならば、俺の心も分かってくれる。自己投資の価値を分かってくれる。
そう思った俺は、渡辺へ続ける。
『実は俺のタイムロインを見て騙されているって思っていたやつが連絡してきて、対処していた所だった』
『え!? なんか言われちゃった?』
『俺が洗脳されているとか言ってきた。もちろんそんなことないって言ったけど、本当にこういうこと言ってくる人っているんだな』
『洗脳かぁ。村松君頭いいから、仮に洗脳してくる人がいても騙されないと思うよ笑。CHARINはホントに的にされてて、前やってて稼げなくて辞めた人からの批判とかすっごい注目されてて、もう大変なの。嫌な思いさせてごめんね』
『全然大丈夫。俺も仲間のこと悪く言うなら消えろって言って抹殺しておいたし笑。本当に興味のある人からの連絡を待っているところ』
『連絡来るといいね。もし来なかったら自分から連絡入れてみたり、大学のゼミの人たちとか授業一緒の人たちとかに実際に声かけてみるのもいいかも! 私はそうやって村松君と出会えたから笑』
『おけ』
渡辺の優しい一言に、俺は救われた気がした。彼女となら、きっと成功できると俺は信じている。そしてもし彼女に合わせるならば、高橋のような頭ごなしに批判してくるような連中ではなく、しっかりとCHARINに興味を持ってくれた人を合わせてあげたい。
彼女から課せられたノルマが、段々自分の意志とリンクしていく。自分の為にも、彼女の為にも、達成したい。
一回の投稿では足りない。もっと日常的にタイムロインに投稿し、反応をもらわなければ。