5 新生村松拓郎、誕生
我ながら、思い切った発言をしてしまったと思った。だがそんなことはどうでもいいくらい俺のテンションは上がっていた。エナジードリンクを飲んだ時のように、心臓がバクバク高鳴っている。
俺の強気な発言は、二人を想像以上に驚かせたようだった。会話はぴたりと止まり、俺の方を向く。そして少しの間をおいて、須藤がうーんと美味しいものを噛みしめるような声で唸った。
「その心意気、すごくいいよ! いや、ちょっと感動しちゃった。そうだよ、ここで人生変えるんだよ! その為に僕らがいる! その為にCHARINがある!」
「村松君がそう言ってくれてほんっとにうれしい! 一緒に人生変えよう?」
須藤の感嘆に渡辺も続く。そうだ。俺はお前の人生も変えてやるんだ。お前が適当に誘ったこの俺がな。
心を決めた今の俺には、三十万円など全く枷にならなかった。そもそも貯金額は四十万ある。失ったところで十万円は手元に残るではないか。失う三十万円だって、その何十倍の金を連れて帰ってくると思えば安いものだ。
俺は三十万円を支払う手続きをしながらも、未来に待つであろう「人生に勝利した最強の自分」の想像が止まらなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「いやぁホントありがとう! 村松君が入ってくれたら絶対心強いと思ってたんだよー」
セミナーの帰り道、俺は渡辺と駅まで歩いていた。空は既に群青色。朝よりもくたびれた顔をしたサラリーマンと何度もすれ違う。
渡辺は本当に嬉しそうにしていた。はたしてそれは俺と人生を変えることが出来るからなのか。それとも稼ぎ口が増えたからなのか。憶測するだけ無駄だが、今はどっちでもいい。
「さっきは無理やりなこと言っちゃってごめんね。でも私、ホントに村松君に後悔してほしくなくって」
「あっ大丈夫っす……やりますんで」
「人生変えるって言ったの、かっこよかったよ」
「いやまああれはちょっとテンションあがっちゃって……へへっ」
「じゃあ、人生変えたい村松君に宿題!」
渡辺は俺の少し前で歩くのを止め、振り返る。
「十一月二十日のバーベキュー会までに、自分で最低一人以上会員を連れてくること! もちろん商品も買ってもらって!」
「……え?」
「ちょっといきなりかもだけど、本気で人生変えるんだから、これくらい頑張ろう!」
渡辺の突然の宿題に、俺は面食らう。今日は十月十七日。あと一か月しかない。それまでに最低一人を会員を捕まえてくるだと?
「私、今日の村松君見て、あっ村松君って速攻で動いた方が能力発揮できるんだなって思ったんだよ。時間は有限すぐ実行! ね、私も勧誘また頑張るからさ」
「あ、いやまあ……あうえ」
声にならない音が口から漏れ出す。渡辺は俺のアップに当たる人物。彼女の指示は聞かなければならない。
それに人生を変えるといったのは自分だ。本気でそう思っているのならば、確かにすぐに行動に移すべきだ。須藤もそうだったが、思い切りが大事だ。
俺は首を縦に振った。
「さっすが! 一か月で人集められたら須藤さんも驚くと思う! 私も絶対力になるからさ」
「まあなんとか……やってみまっす」
そういうと、渡辺はまた嬉しそうに笑った。彼女の笑顔は眩しい。だが、須藤に見せた羨望の眼差しの方がより眩しいと感じてしまう。彼女は俺の話を聞いて凄いと言ってくれたことはあったが、同じ眼差しを向けられたことはなかった。
いつか、その眼差しを、俺が独占してやる――。
その為ならばこんな試練、簡単に乗り越えてみせる。
「あっそーいえば」
渡辺が何かを思い出したのか、両手をパンと叩く。
「LOIN、持ってなかったよね」
LOINとはスマートフォンで連絡を取り合うコミュニケーションアプリだ。渡辺とは顔なじみだったが、LOINは持っていなかった。
俺はスマートフォンを取り出し、彼女のLOINのQRコードを読み取り、連絡先を入手した。これから連絡を取り合い、CHARINの連携を取っていくのだろう。
そうしていると駅についたので、この日はそのまま解散となった。
俺はまだ興奮が冷めなかった。今までなにもしてこなかった俺が、初めて都会に一人で出て、ビジネスのセミナーに参加し、三十万円をかけてそれをはじめ、期限一か月のノルマまで与えられてしまった。
今日一日で俺の人生ががらりと変わった気がする。朝はあれだけ気になった都会の雰囲気も満員電車も全く気にならなかった。
俺は今ここで、誕生したんだ。