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2 夢を掴む組織・CHARIN

 指定された場所は東京都渋谷区のオフィスビル。一人で都会に出たのはこれがはじめてだ。友人や恋人などを作ってこなかった俺としては、こんな場所に来る意味もなかったからだ。


 大きな道路を走る車の音や人々のざわめき、ギラギラしたビルやショッピング施設など、正直この場に存在するだけでくらくらする。将来サラリーマンになると毎日こんなところまで朝から行かなければならないのか。そうなるかもしれないと思うと憂鬱になる。


 どうした吾郎。お前はこれから一足先に社会人と接するのだろう? 都会の空気程度などに臆してなるものか。そう自分を奮い立たせ、セミナーのあるビルの前までやってきた。


「村松く~ん!」


 渡辺が手を振ってこちらに駆け寄ってくる。ちょうど来るタイミングが一緒だったらしい。


「早いね。どう? 緊張している?」


「いや、大丈夫っす……へへっ」


「ほんとに~? まあ全然硬くならなくっていいから。今日の講演は須藤さんだし、ほんとずっと聴けると思う!」


「あ、あの須藤さんか……」


 須藤……。どうやら講師のような立場で彼も参加するらしい。このセミナーも奴の主催ということなのだろうか? 一層その正体が気になるところだ。俺のことはどこまで話しているのだろうか? まああまり目立たないようにはするが、余程のことがあったら少し小突いてやるくらいはするぞ?


 俺は腕を組み、先へ進む渡辺へ続いた。


 二十八階建てのビルの二十五階に会場はあるらしい。随分高いところが好きなようだな。


 二十五階につくと「CHARIN登録講習会会場受付は→」と看板が立てられている。どうやら彼女らの所属する組織はCHARINと言うらしい。渡辺は書いてある方角に従って動いたので、俺もそれに倣った。


 会場は半分ぐらいがすでに埋まっていた。みんなが俺と同じか少し上ぐらいの年齢層で固められている。白い長机にパンフレットや資料のワンセット。それが等間隔に三つ用意されている。後ろのほうの席を取ろうと思ったが、渡辺が前のほうに向かったのでそれに倣う。


「あ~! ナベ今日も来たの~!」


「あ、エリちゃん。一昨日ぶりだね」


 渡辺は既に何人か知り合いがいるのか、先に座っていた参加者や後から入ってきた人たちと言葉を交わしていた。彼女は社交的な一面もある。対して話す相手のいない俺は、軽く資料に目を通す───やはり話を聞いてからのほうが理解できそうだ。


 会場は結局満員になったので驚いた。今波に乗っているというのは本当かもしれない。

 満員になって間もなく、前のスクリーンが光り「CHARIN登録特別講習会」と表示された。それに合わせて皆が静かになる。


「はい、えー定刻になりましたので、CHARIN特別講習会始めていければと思います。みなさんねえ、時間前に全員来られてすごいですね今回。結構やる気に満ち溢れている感じですか?」


 教壇のような場所に立っていた男がマイクを持って司会を進行する。軽い冗談に会場でアハハと笑いが起きた。この男が須藤なのだろうか? 白髪が見えていたりと想像よりずっと年をとっている気がする。


「では早速なんですけども、本日の進行を担当していただく須藤力斗さんに登場していただきましょう。どうぞ!」


 司会の男がそう言うと、参加者の皆が入ってきたドアへ体を向けるので、俺もそれに倣う。どうやら司会の男は須藤ではなかったらしい。それにしても随分豪華な扱いだな。まるで映画の舞台挨拶で入場してくる演者みたいな扱いだ。


 ドアが開き、男が入場する。黒髪ツーブロックに紺のジャケットにアップルウォッチ、シルバーのネックレス。筋骨隆々とガタイがよくギラギラした男という印象だ。年齢は二十八~三十二くらいだろうか。こういう男は本能的に拒絶反応が出る。俺の体は震えていた。


 この男が須藤力斗……。渡辺がいつもうっとりした表情で話す……あの須藤……。


 俺は誰よりも先に姿勢を戻し、下を向いた。


「ご紹介にあずかりました。そうです、僕が須藤です」


 会場が軽い笑いに包まれる。


「早速なんですけど、この中で地方出身の方ってどれくらいいらっしゃいます? できれば挙手をお願いしたいのですが……」


 約半数の参加者が手を挙げる。


「あ、結構いますね、じゃあその中で茨城出身だよって方!」


 三人の男女が手を挙げる。茨城県から参加している人もいるのかと埼玉出身の俺は目を丸くする。というかなんで茨城なんだ?


「お! 三人もいる! 実は僕の出身が茨城なんですよ。だからどうしたってね」


 会場で軽い笑いが起きる。すると須藤も顔を綻ばせ「おっ笑ってくれた! いいねぇ」と反応を示した。


「そうなんです、茨城出身でね。地元の会社で営業マンやってました。その会社がねぇ~んまぁ~ブラックなわけですよ! サビ残当たり前終電当たり前、上司からのパワハラ。朝は七時出社で上りが二十三時とか全然ありましたからね。それで手取りいくつだと思います? 十八万ですよ。もうとんでもない」


 須藤はまるで劇のようにオーバーな感情を込めて語りだす。その度に参加者が「へー」とか「えぇ」とか軽い笑いとかで反応を示す。俺も最初は無反応を貫いたが、次第に頷いたりアクションを起こすようになっていった。


「でね、そんな環境の中でも譲れない趣味があってね。そう自動車。お金かかりそうって思ったでしょ? 想像するよりずっとかかります。しかもこの手取りで買ったのハンボルギーニですからね。ガソリン代だけでももう……すんごい金! ハイオクですからね入れるの」


 とびきり大きい「えぇ!?」が会場にこだまする。この話は渡辺から何度か聞いていた。その渡辺はというと、まるで初見かというくらい大げさにリアクションしていた。


「そう、お金が欲しかったのです。今の仕事じゃあどうしてもお金が稼げない。そう思った僕は……仕事辞めちゃいました! えぇ!? ってなりますよね、どーすんのってなると思います。それで、CHARINの代表でもあり僕の恩師でもあり、よき友人でもある片山浩平の下にいったわけなんですよ。助けて~って、CHARINい~れ~てって言って」


 これには俺も驚いた。まさか仕事を辞めていきなりCHARINとは。ハンボルギーニといい、かなり思い切りのある男ということなのだろうか。


「僕はもうここで必死に頑張りました。ブラック企業出身だったのが下手にいい方向に働いてね、休み返上してでも倒れずに頑張れたんですよ。そしたらね、もうあの時が嘘みたいにジャブジャブお金が入るわけです。だって入って三か月で月百超えましたからね。CHARINは頑張る人を見捨てなかったんです! 今は月だけでまぁ……これくらい?」


 須藤は手で「五」の数字を作る。つまり月に五百万円稼いでいるということだろうか。会場はどよめきに包まれていた。


 とまあこんな感じで五分くらい須藤は自伝を気持ちよさそうに話した後、「つまらない話はこれくらいにして」とCHARINの概要を説明し始めた。


 代表は先ほど名前の出た片山という男。創立してまだ三年しか立っていないのに全国に登録者が八千人以上いるらしい。年齢層は若手中心だが、年代層に特にこだわりは無いらしい。


 結局何をしている会社なのかというと、CHARINに委託されている洗剤や栄養サプリメント、空気清浄機などを身の回りの人間に営業して販売する。そして購入した人をCHARINのスポンサーになりませんか? と勧誘し、CHARINのスポンサーになってもらう。大きく分けるとこの二つが主な活動ということだった。


 一見普通の商品の営業のように思えるが、他と大きく違うところがあった。これが恐らく「楽して稼げる」の正体になるのだろう。それは自分が勧誘した人の売り上げの一部は自分に入ってくるというものだ。


 つまりたくさん勧誘すればするほど、自分にお金が入ってくるというわけだ。自分が勧誘した人がまた勧誘すれば、その人が上げた売り上げがまた一部自分にも入ってくる。


 つまり勧誘すればするほど、ネズミ算にお金が入ってくるというわけだ。


 俺の場合は、渡辺に誘われているので、俺が上げた売り上げの一部は彼女へ入ってくる。渡辺は俺の「アップ」だ。渡辺はまた別の人物に誘われて入っているため、渡辺の売り上げが一部その人へ入ってゆく。そしてその人の売り上げの一部はまた更にその上の人物へ……。


 たしかにこれならばずっと上にいるであろう須藤は、何もしていなくても毎月かなりの額が入ってくるだろう。よくできた商売だ。


 彼の講演はだいたい一時間半にわたって続いた。あらかた何をしている会社でどうやって儲かっているのかはある程度理解できた。自分の努力次第ではなんとか人並以上の生活はできるらしい。定期的に表彰もあるみたいなので、それをモチベーションとするのもよさそうだ。


 そのまま登録作業に進んでいくのかと思った。だが、須藤が壇上から捌けていき教壇の男が「須藤さんありがとうございました」と進行を引き継いだ後、彼の口から想像もしなかったことが語られる。


「はい、では続いて会員登録費用についてのご説明です。私後藤がさせていただきます」


 会員登録費用? お金がかかるということだろうか。そんな話一切聞いていないぞ。


「と言っても月額制とかではなく最初だけです。これからお売りいただく商品の方は一旦皆様で持っていただく形になります。なので商品代金十万円分。それに登録者にお渡しいたします教材や資料、月に配布されます月刊雑誌CHAWINNERの送料、それに登録料ですね。その他諸々併せて三十万円ほどいただきます。もちろん分割でも大丈夫です。基本みんなそうしているかな? すみませんね急にこんな話。まぁ、運転免許もそれくらいかかりますからねぇ」


 三十万円――。その額を聞いた途端、後藤の話は何も入ってこなくなった。まさかそんな大金がかかるなんて。稼げる分、簡単には加入できないということなのだろうか。


「ではですね、これから各自質問と相談の方に入っていければと思います。周りに名札をぶら下げている会員がいますのでね、彼らにわからないところや、不安に思っているところを聞いてもらえればなと思います。三十分後に会員登録の説明に移らせていただきます」


 三十万円という金額が脳内でぐるぐる回る中で、質問の時間が始まった。横の渡辺を含む何名かが、名札をぶら下げて立ち上がる。


「あ、もしこの場でもう自分やらなくても大丈夫かな~って思われた方は、それも全然オーケーです。この段階で後ろのドアからご退室いただければと思います。まぁ元の人生に戻れるわけですからね、そっちの方が良い方もいらっしゃるかもしれません」


 それに合わせて約半数が立ち上がった。どうやら引き返すならば今しかないらしい。三十分後には会員登録が始まってしまう。この場に残るということは会員の意向がある者ということ。即ち三十万円をつぎ込む覚悟を決めるということだ。


 ――どうする? 今戻れば三十万円は失わずに済む……だが渡辺から誘ってもらったこの機会……それでいいのか……?


 退室するかどうするか決定できない俺。そんな自分の隣に渡辺は座り、にこりと笑いかける。


「どうだった? 講演。やっていけそう?」

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