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15 男村松、突進

 会場へ戻ると、みんながお酒を持って同じ方向を向いていた。その方向の先で誰かが気持ちよさそうにしゃべっている。


「いやぁ皆さん! 楽しんでますか!? 今回は皆さんのモチベーションアップの為にね、この回を企画させていただきました! あれ? もう何回目だっけ? そうそう十五回目! 皆さんライバルでもあると同時に同じ志を持った仲間でもあるんでね! そのへん団結していければなと思っています!」


 須藤の声だった。彼が主催のようだ。彼は名指しで狙われている可能性がある。できれば彼に直接伝えるべきだが、声も体も動かない。


 まずは渡辺だ。彼女に事を伝えて、須藤の耳に入れねばならない。彼女が陣取っている位置まで戻った。


「あ、ワタナベサンあのっ」


「村松君! どこ行ってたの? 須藤さんが話していたのに~」


「あっいや、ちょっとトイレに……じゃなくってあのっ」


「どうしたの?」


「あ、いやっトイレ行ってたらその、変な人がいて、それでその人がなんかそのCHARINに来るかもしれなくって」


「え、どういうこと? ちょっとごめん今須藤さん話してるから後でね!」


「いや後でっていうか……」


 渡辺は須藤の話に夢中になっているのか、全く聞く耳を持ってくれない。せっかく情報を手にしたのに、これでは何の意味もないではないか。


 とにかく誰かに伝えねばと右往左往する俺。だが、時すでに遅しだった。


「ルシファー参上!!!」


 怒号のような声が、会場にこだまする。マイクを持った須藤のトークがぴたりと止まるぐらいに。


「はい詐欺師集団CHARINの皆さんこんにちわーーー!! クズ撲滅団団長のルシファーだあ!!」


 パソコンを片手に持ったまま、ルシファーは須藤の元へ突進していく。


「おい須藤! 人だまして金稼いでんじゃねえよ!! 金言を水で三十倍薄めたみたいなカスい演説しやがって! おいお前らー! 来い!」


 ルシファーの呼応に合わせて、後からわらわらと十人ぐらいの男がやってくる。皆がCHARINを詐欺団体だとか金の亡者だとか好き勝手罵倒している。ルシファーの仲間たちであることは確定だった。須藤はあっという間にそいつらに囲まれ、滅茶苦茶に罵倒されている。


「誰か警察電話してー酷いやこれ」


 須藤はまるで気にしていないかのように振舞っているが、明らかに目が泳いでいるのがわかった。


 須藤の効いていないアピールに構うことなく、ルシファーらの口撃は続いていく。


「いや警察捕まるのお前だから! 契約書面概要書面出してませんよねこの組織!」


「登録料横領ってまじですかー!? 一部の上層部だけにチューチュー金吸い取られているってひどくないですか!?」


「信者の人たちどう思いますかー!? ねぇ、みんな! てか肉一人五枚までってマジかよ! クソケチじゃん!」


 ルシファーは須藤への追及を他メンバーに任せ、俺たちCHARINのメンバーに矛先を向ける。配信を見ているであろう視聴者に見せる為か、パソコンを両手に持ってメンバーの顔を一周する。


「いやぁこれが未来のお金持ちかー。キラキラしてますねぇ! 詐欺られた金で! おい須藤! 可哀そうじゃないですか? こんな純粋な若者だまして! みんな稼げてなさそー」


 ルシファーは俺や渡辺のいる場所へパソコンを向ける。俺は咄嗟に両腕で顔を隠した。それを見たルシファーが、俺の目の前で立ち止まり、一言。


「お前、一番稼げてなさそうだな。てかバッグ似合ってないですよ!」


 余計なお世話だよ。クソが。俺は心底イラついた。早く警察が来てくれることを祈る。


 会員のみんなも同じ気持ちなのだろうか、鬱陶しそうに騒ぎ立てるルシファーらを動画に撮っていた。これが彼らの抵抗手段なのだろうか。


 だが、ルシファーは動画を撮られることになんの抵抗もないようだった。寧ろもっと撮ってくれと言わんばかりに変顔をしたりおどけたりしてみせている。


 やはり彼等の主張そのものを否定する者が現れない限り、この騒動を収めることはできないのかもしれない。が、会員のみんなは黙って動画を撮るばかりで、それをしようとしなかった。


 ただ、一人を除いて。


「撮るのをやめてください! 警察来ますよ! 須藤さんに近づかないでください!」


 俺の横で、渡辺が震える声でそう叫んだ。


 渡辺も手にスマートフォンを持っている。ルシファー達の横暴なやり口を証拠として残すためだ。


 ルシファーは渡辺のスマートフォンに顔面を触れてしまうのではというぐらいまで近付け、ベーっと舌を出しておどけた。本当に彼等は動画を取られることに抵抗がないのだろうか。それともただの目立ちたがり屋なのだろうか。


「はーい皆さん撮ってもらって結構でーす! 詐欺集団ぶっ潰しているだけなんで! てか須藤なんとか言えよ! お前さっきまでマイクで気持ちよさそーにしゃべってたじゃん!」


 須藤は相変わらず、ルシファーが呼んだ十名ほどの人物に滅茶苦茶にされている。暴力こそ振るわれていないが、その一歩手前まで来ていた。流石の彼も苛立ちを隠せない様子だ。


「須藤さんを離してください! 彼のどこが詐欺師なんですか!? 私達に稼ぐやり方を教えてくれた恩師なんですよ?」


 渡辺の精一杯の大声に、ルシファーの声が止まった。どこか、呆気にとられたような表情をたたえて。


 静まり返った会場で、渡辺が続ける。


「私は! CHARINをはじめるまでは誰とも喋らないような陰キャで、生きる希望とかもなくってなんで生きているのかわからないほど病んでました! でも! CHARINと出会って、須藤さんに色々な言葉を教えてもらって私は変わったんです! 自分にも居場所が出来たんだって! 思えたんです! そんな素敵な場所を! 私達のCHARINを! 詐欺団体だなんて言わないでください!」


 渡辺の必死な訴えが、再び会場にこだまする。するとルシファーの表情ががらりと変わった。


 にやぁっと口角を緩め、まるで新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに、舌なめずりをしていた。


「みんな聞いた!? こいつガチ信者なんだけど!! まじ爆笑!! うっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」


 ルシファーの悪魔のような笑い声に、渡辺は後ずさった。完全にターゲットが自分に変わったことを察したのだろう。


「おいみんな狂信者いるぞー! 教えてもらおうぜ! CHARINの魅力(笑)をさ!!」


 須藤へ突進していた男たちがスマートフォンを渡辺へ向ける。みんな悪そうな笑みを浮かべていた。


 そしてルシファーの合図と共に、渡辺へ突進を始めた。


「CHARINの魅力ってどこなんですかー!?」


「素敵な場所っていうけど実際に稼げているんですかー!?」


「あなたの服装全部ウニクロですよね!? なんで素敵な団体にいるのに服装はちゃっちいんですかー!?」


「やめてください! ちょっ! 触らないで!!」


 渡辺はあっという間にルシファー達にもみくちゃにされてしまった。撮影に持っていたスマートフォンが手から離れ、俺の真下に落ちる。


 渡辺が襲われている。俺の人生を変えるきっかけをくれた彼女が。護摩沢で唯一俺の理解者になってくれるかもしれない彼女が。


 それなのに、体が動かなかった。怖いんだと思う。CHARINの全員が同じなのか、皆がスマートフォンで騒動を録画したまま固まっている。


 警察は何をやっているんだ? もしかしたら、まだ通報すらされていないのかもしれない。


 俺は自分の力不足に絶望した。


 俺は彼女から色々な恩を貰っているのに、何も出来ていない。


 たった一人を会員にすることだって出来なかった。彼女の稼ぎを増やすために、実質的な貢献をすることだってしていない。思えば俺は彼女からCHARINの商品を買わずに会員になっているではないか。


 人生を変えてくれた相手に、俺は何一つ貢献できていない。そんなの、後ろで怯えている渡辺が誘ったほかの四人と同じ、もしくはそれ以下ではないだろうか。


 だからこそ、勇気を持たねばならない。何も出来ていない俺だからこそ、今この状況で彼女を助けることが出来るのならば、喜んで実行しなければならない。


 俺は、彼女の稼ぎ頭――懐刀になるのだから。


 決意を固めると、俺は自分の心臓がどくんどくんとものすごい勢いで鳴り響いているのを感じた。アドレナリンがもの凄まじい勢いで生成されていく。周りの音がぐわんぐわんと周囲を旋回するように聞こえ、意識が遠のきそうになる。


 俺はそれを阻止するために、両手を握り、ゴツンとぶつけ合わせた。大きく突き出た骨同士が当たり、激しく痛む。


「え、あいつなにやってんの。てか表情おもしろ!」


 俺に気が付いたルシファー達が俺を指さして笑う。渡辺は涙目で何かを訴えていた。


「フ―ッ……フーッ……!!」


 今助けるぞ、渡辺。売り上げで貢献できなかった俺だけど、せめてこれくらいはさせてくれ。


 こんなこと、須藤にだってできないだろう?


 俺は痛む拳をぐっと握りしめたまま、渡辺の元へと走る。


「ぎゅうおおおおおえええええあああああああああうおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!! やあああめえああああああっろおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」


「やべえ突進してきた! 逃げろ逃げろ!!」


「撮れ撮れ!! ガチ神回!!」


 俺の意識は、そこで途絶えた。

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