12 祖母、渋谷に参上
約一か月ぶりの渋谷だった。しかし、前回のように圧倒されるような感じはしない。都会に慣れてきているということだろうか。しかも、今回は俺一人ではない。
「渋谷なんていつぶりかしら。おばあ浮いてるわよねえ。やあねぇ」
「最先端のビジネスだからな。場所も都会の中心だ」
「んまぁ~凄いわねぇおばあ誇らしいわ! 孫がこんな都会で働いているなんて!」
「まだ働いてはないけどね。でもCHARINで成功できたら、こんな都会で暮らすこともできる」
祖母は渋谷の街並みをデジタルカメラで撮影しながら進んでいる。その為、進むペースが遅くなっており、俺はセミナーまでの時間を気にしながら彼女を先導した。
「ちょっとおばあ、写真もいいけどセミナーまでそんな時間ないから進まないと」
「あら、ごめんなさいね。最近写真撮らないと気が済まなくって」
結局、開始から二十分前くらいの時間に俺たちは到着した。思ったよりも遅くなってしまった。本当は三十分くらい前に到着しておきたかったが……。会員とのコミュニケーションもあるし。
会場に入るなり、俺はその人の多さに圧倒された。
前回よりも更に多くの人間がセミナーにやってきている。たった一か月でここまでの拡散力を持っているとは。俺は改めてCHARINという組織の成長速度に驚かされることとなった。
俺は席を二つ確保し、一つに祖母を座らせる。俺はその隣に座り、説明のフォローに勤めることとした。
「村松くん!」
座りかけていた俺を呼び止める声があった。渡辺だ。
「村松君、あらためて凄いよ! まさか本当に一か月以内に一人連れてきちゃうなんて!」
「いや全然そんなこと……へへっ」
「いやぁほんとに村松君のこと誘ってよかった! そちらの方が村松君のおばあさん?」
そう言って祖母へ視線を移した渡辺。俺はハッとなり、祖母の肩を叩いた。紹介が遅れてしまった。
「あっ、俺の祖母です。CHARINに興味があるっていうから誘いました」
「いつも拓郎がお世話になっております。ご迷惑はかけておりませんか?」
「いえいえ全然そんな! 拓郎君は本当に勉強熱心で凄い成長を見せてくれています! 私も頑張らないとって活力になってます!」
「あらぁよかった。そう言っていただけて心がスッと楽になりましたわ。こんな美人な方がねぇ~。拓郎のこと、よろしくお願いしますね」
「はいっ! 拓郎君と一緒に成長していければと思っています!」
流石は祖母だ。礼儀というものがわかっている。ただ、身内と渡辺が話していることに、少し恥ずかしさを覚えた。これではまるで、ガールフレンドを家族に紹介しているみたいじゃないか。
「おお~まさか、ここにいるのは未来の稼ぎ頭じゃないかい?」
聞き覚えのある声が、俺の背中から聞こえた。この低くて通りの良い声……まさか。
「須藤さん! な、なんで!?」
「今日ちょっと予定が空いたからね。遊びに来ちゃった! それに司会が俺の直属の部下っていうのもあってな」
俺はまた驚いた。まさか須藤は俺のことを覚えていたのか。一か月前のセミナー以降全く連絡も取り合っていなかったというのにも関わらずだ。それくらい、俺の存在は彼にとっても大きかったということなのだろうか。
「ひっさしぶりじゃあ~ん未来の稼ぎ頭クン! どうCHARINは? 馴染めてきた?」
「あっいや、結構まあ色々あって……それなりにっていうか」
「なに硬くなっちゃってんの! 全然もう友達みたいな感じでいいんだよ。仲間なんだから」
「あ……あざっす」
須藤は、呆気に取られている俺の肩を組んで楽しそうに言う。彼からは高そうな香水の香りがした。
どうやら須藤は、俺を高く買ってくれているらしい。ならば俺も、自分の成果を彼に伝えなければ。
「あっこの人俺の祖母で、今日説明会に来てくれました」
「おぉ~おばあ様ですか! ご足労いただきありがとうございます。微力ながら、村松君のような若い世代の教育を担当している者でして、須藤と申します」
須藤は今までの軽い態度から一変し、祖母へ頭を下げる。この切り替えの早さ、やはり第一線で活躍している者のビジネススキルは凄い。
「おばあ。この人CHARINの偉い人」
俺は戸惑っているような祖母の耳元で、須藤を軽く紹介する。祖母はハッとなった様子で須藤へ向き直り、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「偉そうですみませんが、おたくのお孫さん中々良い筋をしておりましてね、将来有望なんですよ。おばあさまとしても、できればより近くでその様子を見守っていただきたくてですね、是非CHARINのメンバーとしてご登録いただければと思います」
「貴方のような凄い方にそう言ってもらえて鼻が高いですわ。ぜひ前向きに検討させてください」
おお、おおおおお。前向きにという言葉が出た。これは説明前からかなりの好感触なのではないだろうか。このまま登録まで行ってくれれば、無事にノルマ達成だ。司会者の須藤の後輩とやらがどれくらい優秀な人物なのかはわからないが、頼んだぞ。といったところだ。
説明開始五分前といったところで、予備のチャイムが鳴った。渡辺も須藤も、ハッとなって自分の席へ戻ってゆく。それまでずっと祖母と仲良さげに話していた。少なくとも双方悪い印象はないはずだ。
「あっ」
席へ戻っていったはずの渡辺が立ち止まり、俺の方へ急ぎ足で駆け戻ってくる。そのまま俺の耳元まで近づき、一言。
「説明の時、リアクション多めにね」
「リアクション?」
「この前みたいに司会の人がしゃべったら拍手とか声に出して反応するの。会員みんなやってるから、村松君もお願いね」
「わ、わかったっす」
再び自分の席へ戻っていく渡辺の背中を目で追い、俺は一か月前の説明会を思い出した。
須藤の説明に合わせて「へー」とか「おぉ」とか拍手とか、あのリアクションのことだろうか。
確かにそれがあれば、説明会の臨場感も増す。会員ならば、やっておくべきことだろう。意識するよう心がけねば。
そのまま定刻となるまで、祖母はじっくり資料に目を通していた。俺も同じことをしていたような気がする。でも結局理解できなかったが、祖母はどうだろうか。
そして、始まりのチャイムが鳴り響いた。
「はい、定刻となりましたので、CHARIN登録前説明会の方を始めさせていただきます。まず、始めてこられた方へCHARINがどんな会社でどんなビジネスをしているかについての説明をさせていただきます」
説明会はそつなく進んでいった。祖母は熱心にノートへメモを取っている。俺が入り込む隙が無いくらいだ。最初は俺もメモを取ろうと思ったが、何を取っていいかわからず途中で断念したことを思い出した。祖母はしっかりとれているだろうか。
「では本日のメインプレゼンターにご登場いただこうと思います! 成田健司さんです!」
俺は大きく拍手した。だが、それですら埋もれてしまうくらい、周りの拍手の音が大きかった。俺も負けてられない。
盛大な拍手で迎えられた成田という男は、まるで須藤の生き写しのような姿をしていた。ギラギラのネックレスにワックスでギチギチに固められた髪の毛。そしてホワイトニングされた真っ白な歯。こういう男が、成功していくようになっているのだろうか。もしそうならば、俺もいつかは歯を真っ白にしなければならないということだが。
「いやぁ皆さんありがとうございます! 正直めちゃくちゃ緊張していましたが、すごくパワー貰いました! あざあっす!!」
「いよっ! 今日の主役!」
俺の後ろから野次が飛ぶ。須藤の声だった。それに合わせて周りで「あはは」という笑い声が続いた。これもリアクションの一つなのだろうか。俺も少し遅れてあははと笑ってみせた。
そのまま成田という男の司会は進んでいった。須藤ほどではないが、堂々としている。
祖母はというと、すごく真剣そうな顔でメモを取っていた。明らかに雑談でしかない所でも真面目にメモを取っている。悪くない。そこまで真剣になってくれているということは、本気でCHARINに興味を持ってくれているということだ。
そんな祖母の横顔を見ながら、俺は祈った。どうか、そのまま登録してくれますようにと。