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11 老人界隈進出フラグ

「いやぁ拓郎君から会いたいだなんてねぇ。おばあ嬉しいわ。ささっそこ座って! おせんべいあるよ」


「突然ごめん。お邪魔します」


「あらやだ! 拓郎君若いからポテトチップスの方がいいかしら?」


「いや、全然大丈夫。押しかけてきたのは俺だから」


 祖父は既に亡くなっており、祖母は現在一人暮らし。貯金と年金で生活を賄っているようだ。俺は一人で使うには大きすぎるリビングへ案内され、テーブルについた。


「見て、これ。この前登山してきたときの写真。きれーでしょう? 山で一泊したんだけどね、星がほら、満天で」


「一泊したのか。まだまだ元気だな」


 出された煎餅に手を伸ばしながら、俺は無難な答えをする。俺は今日、祖母を相手に営業をかけなければならない。


 祖母は明るくて勉強熱心な人だ。テーブルの上にはどこかのお偉い人の啓発本や認知症予防のナンクロの本が置いてある。定年前は高校の数学教師をやっていた。


 そんな祖母ならば、俺の話も真面目に聞いてくれるのではないだろうか。少なくともビジネスという単語から逃げるようなことはないと思っている。


「それにしてもお父さんに似てきたんじゃない? 目のところとかんもーそっくり!」


「あまりそれは言われないな。俺は誰にも似てないよ」


 高齢者ということで、どれだけ新しいことに挑戦的でいてくれるかが懸念点だ。高齢者の「機械に疎くて」はだいたいやる前からそう決めつけているだけである。実際に使ってみれば案外慣れていくものだが、気持ち的な問題で、ハードルは高い。そのハードル下げてやるのは、俺の話術にかかっているのだろう。


「美味しいでしょうこのおせんべい。これはお友達が京都から帰ってきたお土産でね。おばあ一人じゃ食べきれないからお客さん来るときにだしてるのよ。お茶もあるわよ? 吞むでしょ?」


「じゃあ貰おうかな」


 祖母は友人も多い。願わくばその友人たちにCHARINを広め、老人界隈という新しい稼ぎ口が開拓されて欲しいところだ。そううまくいくかはわからないが、護摩沢の生徒よりもよほど可能性を感じる。


 ネットワークビジネスに年齢の壁はないと、俺が証明して見せる。


「あの、メールでも言ったんだけど……」


 アイスブレイクはこの辺にしておき、俺は本題を切り出した。祖母はそんなこと言ってたっけ? ととぼけたように言っている。忘れてしまったのだろうか。それでも進めねば、ここに来た意味がない。


「話したいことというか、相談したいことがあって来たんだ。決して悪い話じゃないと思うんだけど、聞いてくれるか?」


「なになに。いいわよ全然。おばあでよかったら」


「おばあ、最近なにか買い換えたいものとかあるか? 洗剤とか、家具とか、なんでもいいんだけど」


「買い換えたいもの? どうしたの急に」


「これを見てほしいんだ。俺が今やっていることなんだけど」


 俺はCHARINのパンフレットを祖母に見せる。パンフレットにはCHARINの概要と、CHARINが販売している商品が沢山乗っており、それを相手に見せて購入へ繋げていく。これがCHARINのスポンサー活動のやり方だ。


 相手が祖母だからか、いつもみたいに変に緊張せずに伝えられている気がする。この調子で続けていけば、きっとうまくいくはずだ。祖母は俺のやっていることをいつも褒めてくれていたのだから。


「俺今大学生だけどCHARINっていう会社のブランド商品を販売するっていうビジネスやってて、ほんとにいい商品だからおばあにも買ってほしくて来たんだ。特にほら、この空気清浄機とか銀座の国営ホテルでも利用されているやつなんだ」


 俺は空気清浄機のページを開き、祖母へ見せつける。これはCHARINの得意戦法だ。有名人や有名企業が使っているという話を用いて性能を保証させる。市販の商品と比べて値段が張るので、ブランド力で勝負しなければならない。


 俺の説明を祖母は真剣な面持ちで聞いていた。やはりだ。護摩沢の生徒とは全く違う反応だ。本気で俺の話を聞いてくれている。ここまでしっかり耳を傾けてくれているならば、CHARINの魅力も十分に伝わるはずだ。


「とまぁこんな感じで、購入を検討してくれると嬉しい。空気清浄機なんかは高いだろうから、ほんのちょっとしたものでもいいよ。なんでもあるから」


 俺が話し終えると、祖母は両手を合わせて「んまぁ~!」と感心しているような喜んでいるような声を上げた。


「凄いわねぇ拓郎君! 大学生なのに営業やってるの? 偉いわねぇ~」


「い、いやあ全然俺なんて……でも、ほかの大学生よりは意識高くいたいなとは思っているよ。今のうちに動かないと将来が不安だ」


「そうねぇ拓郎君の世代は年金問題とか色々あるからねぇ。おばあ達より苦労すると思うわ。でも大丈夫、拓郎君賢いから絶対乗り切れると思う!」


「え、えひひ……そうかなぁ。あ、じゃ、じゃあなんかあるかな?」


「そうねぇ。あ、フライパン! フライパンが最近古くなっちゃって~食べ物がくっついちゃうのよ」


「フライパン! あ、あああるよ! いいやつが!」


 流石は祖母だ。ここまで話の分かる人だったとは。思った以上の会話の進みの良さに俺は舞い上がった。この調子ならば、商品を購入させることはたやすいだろう。


「このフライパン、特殊なコーティングがされてて滑りが良いし食べ物が全然くっつかないんだ。ほんと、浮いてるみたいって声もある。長持ちもするんだよ。三十年使っても大丈夫って検証結果も出てる!」


「へぇ~でも七千円って高いわねぇ。そんなお金あるかしら」


「それだけ良いものってことだよ。おばあ老後少しでも楽な生活したいだろうし、良い物でそろえた方がいいよ」


「そうかしら。そうねぇ拓郎君にそう言われちゃったらねぇ」


「俺も孫としておすすめしたい!」


「わかったわ。おばあこれ買う!」


「よっし!!」


 俺は思わず声が出た。初めて自分で商品を売ったのだ。達成感は感じずにはいられない。


「ありがとうおばあ! じゃあこの紙に名前とか送り先とか色々書いてほしい。後日郵送になるから!」


「わかったわ。拓郎君頑張ってるから、応援したくなっちゃったのよ」


 だが、問題はここから。商品を買ってもらった上で、会員になってもらってバーベキュー会に参加してもらう。ここまでがゴールだ。とにかく今日は会員の説明会に参加してもらう約束だけでもしなければならない。


 もし祖母が会員になれば、祖母が祖母の友達にCHARINを伝え、老人界隈という新しい稼ぎ口が生まれる。そうすれば、俺には老人界隈の利益がごっそり入り、そのさらに上の渡辺にそれを献上できる。


 渡辺にとって、俺は無くてはならない存在になる。この夢物語、現実にしてみせる。


「それでなんだけどおばあ。このCHARINっていうビジネス。十八歳以上ならだれでも出来るんだ」


「そうなの? 学生の拓郎君ができてるものねぇ。今話題の副業ってやつかしら?」


「そう、副業! 公務員とかでもやっている人いるんだよ。でさ、CHARINなんだけど……おばあもやってみない?」


「え? おばあが?」


「うん。やっぱりCHARINもいい商品揃えてるから、いろんな人に広めてほしいって思ってて、そこに年齢とか関係ないんだよ。おばあの友達とかにこれを広めて、みんながCHARIN使えばその話題でまた話ができたりするだろうしさ!」


「あ~そうねぇおばあには難しいかもしれないわ。そこまで賢くないもの」


「そんなことないよ。おばあ教師してたんだし、普通の人より絶対賢い! 俺も始めてまだ少ししかたってないし、いっしょに色々学んでいけたらなって思ってる」


「そうねぇ拓郎君と一緒にできるのは凄い嬉しいんだけど、おばあ営業とかそういうのわからないからぁ」


「じゃ、じゃあ説明会! 三日後に説明会あるから一旦それ参加してほしい! そこでCHARINがどういうものなのかわかると思うし、そこで決めるでもいいと思う! 俺も一緒に行くから! どう?」


「三日後みっかご……十一月十七日かしら? ちょっとまってね」


 祖母がカレンダーと手帳を交互に見る。予定を照会しているのだろうか。俺は心の中で祈った。ここで予定があるとか言われたらそれまでだ。バーベキュー会の前にあるセミナーはこれが最後。これを逃したら、もう後はない。


「十七日……予定ないわよ。一日何にもないわ」


「じゃ、じゃあ……」


「拓郎君がどんなことしているのかもっと気になるし、ついて行ってみようかしら」


「!!!」


 俺は飛び上がった。ついにここまで来た。入会から一か月以内で、一人セミナーに連れていく約束を取り付けることが出来た。正直俺の仕事はここまでだろう。後はセミナーの司会者の手腕にかかっている。


 問題は例の三十万円だ。ここで半分の人が脱落していた。この件に関しては敢えて俺の口からは言わないでおくことにした。この段階でだったら辞めておくなんて言われたら対処できない。セミナーで伝えられるCHARINの魅力を知ってもらったり、実際に会員の話を聞いてもらったりさせた方が登録に繋がるだろう。


 どうか祖母には覚悟を決めて決断してほしい。そして俺と一緒に稼いで、良い老後を過ごしてほしい。


 CHARINには、その可能性があるはずだ。


「本当にありがとうおばあ。実はここまで話を聞いてくれたのはおばあが最初だったんだ。みんなビジネスって単語を出すだけで逃げて行って。あり得ない話だ」


「そうなの? でも拓郎君が本気で取り組んでるの凄い伝わったから、興味がわいたのよ。一緒にいきましょ!」


「うん。そしたら俺の今いっしょに頑張っている人も紹介するよ。俺よりもずっと意識が高くって、もう五人も誘えている人なんだ。女性なんだけど……」


「女の子!? あらやだ女の子だなんて……もしかして拓郎君その子とイイ感じなのかしら?」


「い、いやそんなことないよ全然普通の関係! だ、だけど、俺がおばあを誘ったことを報告したら、きっと喜ぶと思う。彼女もCHARINが大好きで、熱心だから」


「あらそう……楽しみだわぁ」


「へへっよろしく」


 その後祖母と色々語り合い、解散となった。俺を見送る祖母はどこか嬉しそうだった。それは俺の顔を久しぶりに見れたからだろうか。それとも、俺とビジネスをすることが出来るからだろうか。


 できれば、後者であってほしい。それは自分のノルマの為でもあるし、祖母の老後の為でもある。


 孫と一緒にやるビジネスというものも、中々悪くないのではないだろうか?

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