弐話目 初遭遇 前篇
付けていた腕時計を見ると時刻は午後七時。つまりあれから約一時間半経ったという事だ。
まだ、誰にも会えておりません、隊長・・・。もう、泣いても良いですか?
フゥと軽く溜息を吐いて木の根に腰を下ろす。慣れない山道にローファーで挑戦するのは流石に拙かったなぁ、と一度脱ぐ。学校指定の紺色の靴下には靴ずれでできた傷から滲んだ血が見えた。生憎と、絆創膏の持ち合わせはない。胡坐を掻いてフンっと鼻を鳴らした。此処が何処だか知らないし、自分が何でこんな所に居るのかなんて全然解りはしないけど、こう云う【不思議な事】は大抵あの悪魔が云った【イイモノ】のせいなのだ。
別に私にとっては【イイモノ】でもなんでもなかったけど!
ただ単に【感覚】を鋭くされたのと、ちょっと病気がちだった身体が丈夫になっただけだ。
サンサンと照りつける太陽が憎いぜと木漏れ日を見上げる。本当に、勘弁して欲しい。足は痛いし疲れたしお腹も空いた。あ、そう云えば鞄の中にお菓子があるんだった。と鞄をゴソゴソと漁る。チョコクッキーは昔から大好きだ。唯、一応お年ごろとして、チョコは控えなければならない。油分が多すぎる。最近は結構我慢にしていたけど偶にはいいかなと作ってきたのだ。教室用はみんなで綺麗に完食したけれど、部活用は今日私と部長しか来ていなかったので半分も消費されていなかった。タッパーを開けてモグモグと口を動かす。
考えてみれば、今、結構間抜けな絵面だと思う。ウチの学校の制服は正直云ってすごくって訳でもないけれどそれなりに可愛い。白いワイシャツに襟元と袖を止めるボタンは黒。赤色のリボンに黒に近い紺色のブレザーに赤いチェックの入ったブレザーと同色のプリーツスカート。黒い髪を茶色いシュシュでポニーテールにしている女子高生が大きな木の根っこに腰を下ろして胡坐を掻いてチョコクッキーを貪っているのだ。中々にシュールじゃなかろうか・・・。まぁまず胡坐をやめようかと足を伸ばす。体育座りだともし真正面に誰かが来た時中が見えかねない。まぁスパッツは穿いているけれど。踵に靴ずれがあるので微妙に横に向ける。タイツが汚れるけど、まぁそんなに気にするほどでもないかなと今度は水筒を取り出して中に入れてきた紅茶をゴクリ。
『ねぇ、あれなにかな』
『おいしそう・・・あまいにおいがするよ!おきつねさま!!』
『えぇい!黙っておれ幼子たちよ!あの者に気取られたらどうするのじゃ!!』
『おきつねさまこそ、うるさーい』
うるさ-いと小さな子特有の甲高い声で唱和されて【オキツネサマ】とやらは言葉に詰まった様だ。実はさっきから――と云っても此処に座ってからなのだけれど――気付いていたのだ。ゴソゴソと聞こえる会話に。そしてその声が小さな子供の様に聞こえると理解した時、私はお菓子を出すことにした。だってさ、ほら、子供って、甘い物に釣られるでしょ?【不思議な存在】である彼らはそう簡単に甘いものなんて食べられないだろうし、これで釣るっきゃない。というか、いい加減独りで淋しかったのだ。話し相手が欲しい。
「あーやっぱチョコクッキーはおいしいなぁ~最高だね!全くこれを食べた事の無い人が気の毒でたまらないよ!居るんなら分けてあげたいなぁ!」
多少わざとらしいのは、しょうがない。流石にそこまで思いながら食べているわけではないのだから。しかしあちらさんには効果絶大だったようである。シン・・・と一瞬静まり返ったかと思うと俄かに草叢が賑やかになり『えぇい、解った!妾が行ってきてやろうっ!』と女性の(様な)声が聞こえたかと思うと、一瞬で辺りが薄暗くなる。
おや、と思っているとふよふよと大きな赤と青の火の玉が浮かび、頬を生温かい風が撫でた。ガサリと草叢が揺れて、出てきたのは美しい一匹の狐。目の下に赤い模様のある美しい白金。その尻尾は、九つ。これが昔話とか漫画とかに出てくる九尾って奴かぁと一人感動しているとその美しい獣は『娘や』と囁いた。静かで妖艶なその声に驚き目を見張ると、もう一度『娘』と狐は口を開く。
『何故、この様な場所におるのだ?此処は人の子は入れぬ場所。娘や、娘。お前はなぜ此処におるのかや?』
強い【能力】を感じた。思わず息を潜めるほどの。そう云えば九尾ってすっごく永い時間を生きた狐が【能力】を持って成る姿の事だったっけ。猫又になら会った事があったのだけれど、九尾はそれよりも強い【能力】を持っている様だった。
だけど、その昔出会った悪魔と比べたらこれくらいなんでもない。
それに今の私には情報が必要だ。
何故自分は此処に居るのか。
誰に連れてこられたのか。
どうやって此処まで来たのか。
どうやったら帰れるのか。
私はあのゲームから生きて帰ったのだから、これぐらい、なんともない。
そう、大丈夫。怖くなんかない。
震える掌を固く握りしめた。
主人公、一応女の子だもんで。
ちょっぴりですけども不安で怖がっとります。




