壱話目 錫の音、後、落下
うーんと小さい時、私は悪魔に会った事がある。
なんだか【不思議な能力】を貰ってしまったらしく、それ以来【不思議な存在】が見える様になってしまったのだけれど――まぁ嫌な目に会った事はあれど、不自由な思いをした事はないので無問題だ。
でもねぇ、これはどうかと、思うわけですよ。
ハァと溜息を吐いてぐぅるりと辺りを見回した。
私は日本の何処にでもいる普通の女子高生だ。これと云って部活動が優秀なわけでも、これと云って偏差値が良いわけでもない普通の公立高校に、今年の四月に入学したスカートの丈とか、テストの点数とかを気にする普通の女子高生、それが私だ。所属している部活は家庭科部。お裁縫とかお菓子とか作ったりするそれなりに楽しい部活だ。みんな結構勝手にしてる、ゆるゆるなところがポイントだ。
時刻は五時半。もうそろそろ帰ろうかなーと製作途中のマフラーを鞄につっこんで被服室独特の丸椅子を机下のスペースに入れた。
サッカー部の彼氏を待つ部長に、また来週と手を振って冷え冷えとした廊下に出た。
「う、わ・・・さむ」
うちの学校は廊下が吹きさらしなのだ。冬は風がビュウビュウと当たって容赦がない。あまりの寒さに身が縮み奥歯に力を込めた。無意識のうちに全身に不必要な力が入ったので、解す様に大きく息を吐き肩を下げる。さむっ!と慌てて鞄からマフラーを取りだす。濃い茶色に雪を模した白や薄黄色の結晶と、端にはもふもふの玉が付いたお気に入りだ。しかしかなり年季が入っているため少し解れている個所がある。被服部に入ったのだし自分用に縫い直してみようと今は白と黒のボーダーのマフラーを制作中だ。今日は金曜日だしこれは土日中に完成かと一人微笑み慌てて頬を引き締めた。危ない危ない。一人で笑ってるなんて誰かに見られたら気味悪がられる事請負いだ――
そこでハタと気付いた。
この学校は別に県内有数の進学校というわけでもないがそこそこ勉学にも部活動にも力を入れている(あくまで、そこそこ、である。そこら辺は押して測るべし)。そして、毎週末には週末課題なるものが出てくる。
バッと鞄の中を見た。
・・・・・・・・・・ない。
この世で最も忌むべきわが宿敵――数学の問題集が。
おおうそうだよねそういえば先週の課題提出返された後こんなもん見たくないわとロッカーに投げ入れたまま入れっぱなしだ・ぜ☆
って あ ほ か !すぐさま鞄を閉じて自分の教室へ足を向けた。
そう、向けた。向けた、はず、だった。
シャン、ジャラン、と錫の音が。
ジャララン、リン、と涼やかに。
リン、と一際大きく聞こえたその瞬間。
グニャリと世界が捻じ曲がって足許が――そりゃもうバラバラと――崩れ落ちた。
「え、ちょ、なっ・・・はぁあ?!」
ちょっと待てええええてかふざけんなああああああああああああ!!!!
思わず閉じていた目を開け、現在。見渡したそこは信じたくないが森の中。
新緑の若葉が金色の光と涼やかな風と戯れている。地面には柔らかな下草と大きく隆起した木の根っこ。その根を覆う青緑色をした苔。飛び回る薄青色の蝶々は木漏れ日の中をまるで妖精みたいに駆け回っている――おいおいおいおい今何月だと思ってるんだいYOU達。北風小僧が風邪を引く季節だぜ?なんでこんな小春日和どころかちょっと暑いんだよ お か し い だ ろ !
私は立ちあがってプリーツスカートに付いた土埃を払った。ポケットに入っている携帯を取り出して確認する。が、圏外。そりゃね!なんか山奥っぽいしね!うん、予想してた予想してた!・・・くそぅ、絶対駄目だ。パニックになんかなるな自分。なせばなるなさねばならぬひとのみちって奴だよ!頑張れ自分。負けるな自分!
ぐっと携帯を握りしめて深呼吸をする。森林浴!マイナスイオン補充!エネルギー満タンであります隊長!と良く解らないままテンションに任せて自分を鼓舞する。
取り敢えず!第一村人――別に町民でも人なら何だって良い――を探しに!いざ行かん!!と勢い良く歩きだした私は木の根に躓いて危うく転倒するところだった。
・・・・・・・大丈夫だろうか自分。
と大きな木の幹に抱きつきながらまた大きく溜息を吐いたのだった。
また当分主人公の名前が出てこないパターンorz
気長にお待ちください。




