公爵令嬢とペット
久しぶりのオリジナルなので変なところが多々あるかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
「本当にやるのか?」
舞踏会の日、不良生徒のアルは真剣な顔で最後の確認をした。
今はエルドラ学園の生徒にとって大切な時間。周囲を見渡せば煌びやかな衣服を纏い、微笑みを交わす生徒が目に入る。卒業式を終え、友人や愛する人と卒業を祝い、酒を酌み交わす。一生に一度しかない舞踏会に誰もが浮かれていた。
暗い顔をしているのはアルくらいのものだろう。何せ、これからこの幸せな雰囲気を壊すことになるのだから。
今思えば、とんでもない話に乗ってしまったとアルは後悔した。しかし、この話を持ってきたシルビアの決意は固いようだった。
「当たり前でしょ。最後くらい悪い子になってもいいでしょ?」
「もっといい方法があったんじゃないのか? 引き返すなら今だぞ」
「貴方ってホント見かけによらず女々しいわね。……もう私は決めたのよ。あなたは?」
「俺は……」
手にしたグラスを回しながらシルビアは尋ねた。その堂々とした振る舞いにアルは圧倒されてしまう。おまけに青いドレスを身にまとった彼女は一段と美しく直視できない。
彼女はアルの飼い主。冗談と思うかもしれないが冗談ではない。もちろん不健全な意味でもなく、給金を貰って命令を聞く召使のようなもの。
周囲に噛み付くアルを大人しくさせるためにシルビアが持ちかけた契約。最初は金のために働いていたアルだったがシルビアに仕えるうちに彼女の優しさに触れ、次第に丸くなっていった。そうしている内にシルビアに恋心を抱くようになった。とは言え、相手は公爵令嬢で王子の婚約者、自分は卑しい狩人の生まれ。この気持ちは墓場まで持っていこうと心に決めた。
そんな時だった。シルビアから話を持ち掛けられたのは。
内容は『卒業式後の舞踏会でエレノアの頬を叩きたい。でも王子が邪魔をするから止めしてほしい』と言うもの。最初に聞いたときは耳を疑ったが、エレノアという少女の悪行を聞くとシルビアに同情せざるを得なかった。
彼女は婚約者がいるにも関わらずエドワード王子に言い寄り、シルビアを陥れるために自分がいじめられているという嘘を流した。最悪なのはエドワードがその嘘を信じたこと、救いがあるとすればシルビアが王子に愛想を尽かせたことだろうか。
もちろんアルは二つ返事で話に乗った。愛しい人の力になれるのは嬉しいことだし、この学園で一番の思い出になる。
過去を思い出しながらアルはもう一度シルビアを見て言った。
「覚悟決めたんだったな。悪かった」
「良い返事だわ。……さて、そろそろ王子が来る時間ね」
アルの返事にシルビアは満足そうな微笑みを返すと、残ったワインを一気に流し込みグラスをアルに押し付ける。彼女も最後の覚悟を決めたのだろう。
これで最後か。ハンカチで口を拭くシルビアを見ながら、ふとアルの脳裏にその言葉が過った。
順調に行けばシルビアは結婚破棄を告げられ、エレノアの罪を暴いたうえで彼女の頬をぶって自分の領地に戻る。アルは自力で逃げるよう支度をしてきた為、シルビアと話すのはこれが最後になる。
これで良いのか。彼女に気持ちを伝えなくて良いのか。でも気持ちは墓場まで持っていくと決めた。様々な言葉がアルの頭の中を埋め尽くす。
そうして、言葉が頭の中をぐるぐると巡ると、アルの口が勝手に動いた。
「なぁ、最後に謝っても良いか?」
「こんな時に何? 手短に言って」
「……お前に協力したのは下心があったからだなんだ。ああ、もちろん変な意味じゃなくて。いや、変な意味か。その、つまり、なんだ、俺はお前のことが……」
思いを伝えようとしたものの、上手く言葉が紡げない。大事なところで上手くできないのはアルの悪いところだった。
そうして、言葉に詰まっているとシルビアの指がアルの唇に触れた。ドキッとして丸くした目には優しく微笑むシルビアが映っている。
「知ってるわ。でも、もう時間よ。話はまた後で」
「あ、あぁ、そうだな。頑張れよ……」
「もちろんよ。あなたにも期待してるわよ」
シルビアは手を振って別れを告げる。それに対してアルは呆然と手を振り返すことしか出来なかった。
不甲斐ない自分に思わず溜息が出る。周りの人にはすぐ噛み付く癖に思い人の前では何とも女々しいものである。
近くのテーブルにグラスを置き、別のワインを一気に煽るものの貴族の酒では気分を紛れるほど酔えない。
ラムでもあればな。そんなことを考えながら覚悟を決めて中央の広場へ目を落とす。
中央にはエドワード王子がおり、これ見よがしにエレノアが腕を絡めている。一国の王子ともあろう男が婚約者を放っておいて別の女と手をつなぐのはどうだろうと思ったが、これから痛い目を見ると思うと寛容になれる。
そして王子の姿を見た生徒達がどよめく中、シルビアが広場へと現れ王子へ頭を下げた。
「ごきげんよう。エドワード王子」
「ごきげんようだと? よくも僕の前に姿を現せたものだな」
シルビアに冷たい言葉が放たれる。まるで親の敵でも見るかのように王子の目には憎しみが宿っていた。
シルビアへの態度も明確に怒りを露わにしているが、彼女は臆することなく堂々と顔を上げる。もう闘いは始まっているらしい。
「いかがしましたか? 穏やかではありませんね」
「当たり前だ! 君のような冷酷な人間を前にしているんだからな!」
エドワードの怒号が会場に響き渡る。それと同時にエレノアがエドワードに身を寄せた。その豊満な胸を押し付けるようにべったりと。
そしてエドワードはまくし立てるようにシルビアへありもしない罪を着せ始める。
「君がエレノア嬢をいじめていたことは知っている。権力ほしさに僕の婚約者になったこともな」
「失礼ですが何のことでございましょう? 私には身に覚えがなさすぎで話について行けません」
呆れたと言わんばかりにシルビアは言う。何も知らない生徒達からすれば、惚けているように見えるかもしれないが彼女からすれば本当に身に覚えがない為、当然の反応だ。
しかし、追い詰めるようにエレノアが口を開く。
「嘘です! シルビア様は嘘をついています!」
「ああ、大丈夫、皆わかっているよ。エレノア」
震える声で言うエレノア。もちろん同情を買うための演技だが、迫真過ぎて呆れを通りこして感心する。役者になれば大成しそうだとアルは思ったが、おそらくシルビアも同じことを考えているだろう。
それからエレノアは嘘の罪を次々と並べ立てていく。道を歩いていたら悪口を言われただの、教科書を燃やされただの、階段から突き落とされて頭を怪我しただの。どれもシルビアを陥れるために考えられた偽りの罪ばかり。どうやら演出家の才能は本当にあるらしい。話している間もエレノアは涙を浮かべたり、顔を覆ったり、王子に泣きついたりと忙しく動いていた。
品行方正を絵にかいたようなシルビアがそんなことをするわけがないのにとアルは思った。
エドワードもエドワードで本当の愛がどうこうと言っていたが聞く気が起こらなかった。ただ、よく人前で恥ずかしげもなく気障なセリフが吐けるなとは感じた。
さて、話が終わるとエドワードがシルビアへと告げる。
「シルビア! 僕は君との婚約を破棄する!」
あまりにも一方的に告げられた言葉。これには流石のシルビアも傷ついたと思ったのだろう。エドワードとエレノアは清々しい顔をしている。
しかしながら、シルビアの表情は変わっておらず、「あ、そうですか」と言った具合。加えて素直に「わかりました」と潔く受け入れているではないか。まあ、事前に婚約破棄されると知っていたのだから驚くはずもない。
そして、シルビアは2人に続けた。
「結婚破棄は了承しましたが、私は無実の罪を被る気はありません。エドワード王子、失礼ですが私が彼女をいじめていた証拠を提示していただけますか?」
「君が彼女をいじめている現場を見た生徒がいる」
「それだけですか? 先程言っていた燃やされた教科書はあるのですか?」
「え、ああ、それは……」
(いや、なんで、そこで詰まる!)
シルビアがそう言うとエドワードは言いよどむ。呆れたアルは心の中で突っ込んだ。
おそらく2人は状況証拠だけで罪を着せようとしていたのだろう。仮にそうじゃないとしてもお粗末すぎる。
もちろんシルビアがその隙を逃すはずもない。
「階段から落ちた時、私は図書室で本を借りていたので彼女を突き落とすのは不可能です。疑うのでしたら司書に聞いてみてください」
「き、君なら取り巻きを使って実行できるだろう」
「おまけに、数日前に頭を打ったばかりなのに彼女の頭に傷が無いのはどういうことでしょう? 随分と傷の治りが早いのですね」
「そ、それは……」
エドワードの話を無視してエレノアを追い詰めていく。王子の話を無視した生徒なんて後にも先にもシルビアくらいだろう。
次々に2人の証言の穴を突くシルビアの姿に会場にはどよめき、シルビアが正しいのではないかという空気が流れた。いや、実際シルビアが正しいのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
そうして論破したシルビアは一呼吸おいて言う。
「まぁ、ここまで色々と証言させていただきましたが、本当はそんなことどうでも良いのです」
「どうでもいいだと? エレノアを傷つけておいて……」
「ええ、そうです。どうでも良いのです。エドワード様に見放された今、私にとっては全てがどうでも良いことなのです」
シルビアは顔を覆い絞り出したような声で言う。まるで今まで我慢していた気持ちが溢れたかのように。
もちろんシルビアの態度が一変したことに会場の生徒達は驚いていた。ただ一人アルを除いて。
なぜなら、シルビアが顔を覆うのが行動開始の合図だから。
(さて、行くか……)
アルは群衆に紛れて静かにエドワードを仕留められる位置に移動を始める。森での狩りとは違い、獲物が止まってくれている分やりやすい。おまけに相手は上を警戒するような危機感を持っていない。自分だけは絶対に安全だと無意識に油断している。
群衆の間をすり抜け、慎重に歩みを進める。怪しまれないように焦らず、ゆっくりと。シルビアの声を聴きながら。
「王子、貴方は私の全てでした。もう貴方に愛されないと思うと、胸が張り裂ける思いです」
「シルビア、そんなに僕のことを……?」
「王子様、騙されないでください! きっと演技に決まっています!」
急にしおらしくなったシルビアにエドワードも驚いていた。もちろんエレノアが声を上げ正気に戻されるのだが、それもシルビアは分かっている。
馬鹿だなと思いながらアルは位置に着く。これから起こることを知らない彼らを見ると滑稽でならない。
シルビアが顔を上げた。その顔はあっけらかんとしていて涙など流していない。
「だから、少し自棄を起こそうと思います」
「な、何? こっちに来ないで!」
「エレノアに近づくな!」
シルビアはエレノアを見据えて真っ直ぐ向かってくる。明らかに手を挙げるながれだが、あまりにも淡々とし過ぎているシルビアに周りはついて行けず唖然としているしかなかった。
ただ、エドワードだけはエレノアを護るためにシルビアに近づく。
その瞬間、アルは二階から飛び出してシャンデリアに捕まると、魔法の鎖でエドワードを拘束してつるし上げる。魔法の扱いだけが取り柄のアルに人ひとりを拘束するなんて造作もない。
もちろんアルを止める人物はいない。何せ相手は何人もの生徒を保健室送りにしてきた不良生徒なのだから。
仕事を終えたアルはエドワードを嘲笑した。
「よう、王子様。下々の者を見下ろす気分はどうだ?」
「ふざけるな! 今すぐ降ろせ! ……衛兵!何をしている! 早く僕を助けろ!」
「アンタ、口は閉じておいた方がいいな。色男が台無しだぜ」
「この平民ごときが! 僕を誰だと思ってるんだ!」
「んー、浮気王子?」
アルが馬鹿にすればするだけエドワードは無様な声を上げる。足を拘束されて逆さ釣りになった王子の無様なこと。その様子を見たシルビアは残念そうに溜息をついていたが、面白いのでアルは気にしないことにした。
エレノアはと言うと自分を守ってくれる王子様が居なくなったことで狼狽えていた。そして何とか自分だけは逃げようと踵を返したものの、アルは片手間でつるし上げる。
そして恐怖で顔をゆがめるエレノアの頬にシルビアの平手打ちが入りパチンと良い音が鳴る。
「うん、スッキリしたわ」
「ふ、ふえぇ、お母様にも叩かれたことないのにぃ……」
「まぁ、なんて顔しているの? 未来の女王がそんな顔でどうするの?」
「わぁ! 2度もぶったぁ!」
「はあ、やかましい子ねぇ」
パチンと再びエレノアの頬を叩く。心なしか1回目よりも力が強いような気がする。もちろんエレノアは涙を流す。ここまでエレノアに悪く言われてきたシルビアだったが、ここで本当の悪女っぷりを発揮した。
しかし、1度や2度でシルビアは止まらない。3回目は手の内と外で2回も頬を打つ。その時はシルビアもエレノアに言葉をかけていたが、4回目からは無言で頬を打ち始めていた。
1回だけだと思っていたアルはそこで違和感を覚えた。恨みが溜まっているのは知っていたが、そこまで何度も叩くほどだろうか。
「痛っ! いや、あの、ヒギィ! もうやめ……キャァ!」
「ふ、ふふ、ごめんなさい。でも、もう1回だけ……。そう、もう1回だけで終わるから」
「おいやめろ! それ以上エレノアに手を出すな!」
「おいおい、大変なことになってんな」
わーわーと喚く王子を他所にアルはシルビアに近づき彼女の手を止める。
振り返ったシルビアは頬を赤らめ今まで見たこともないくらい恍惚とした表情をしていた。恨みや憎しみとは関係なくエレノアを叩くことを楽しんでいることは明らかだ。
どうやらシルビアは開いてはいけない扉が開いたらしい。アルは何とか止めようとしたがシルビアは言うことを聞かない。
「お願い! あと1回だけ! それで終わりにするから!」
「待て!頼むから、そっちに目覚めるのだけはやめてくれ!」
「ごめんなさい! もう叩かないでください!」
「衛兵! 衛兵はどこだ!」
シルビアを羽交い絞めにして止めるアルだったが彼女の暴走は止まる気配がない。エレノアは顔を真っ赤に腫らして泣きじゃくっているし、エドワードは相変わらず空中で喚き散らしている。
舞踏会は一瞬にして混沌とし始めた。周りの生徒は意味がわからず呆然としているか、関わりたくないと会場を出ている。衛兵も来るには来たが事件の犯人が犯人を止めているという状況に困惑して狼狽えているだけだった。
それからアルはシルビアを羽交い絞めにしたまま会場を出た。馬車に乗るまで興奮が冷めなかったシルビアだったが、おかげでアルは同じ馬車に乗ることが出来た。
最後に馬車の中で思いを伝えようかと思ったが、シルビアは自分の突拍子もない行動に自己嫌悪に陥っており、それどころではなさそうだった。
「違うの。けっこう酔ってて……あぁ、酔っていてもダメよねぇ」
「まあ、元気出せよ。アレもアレで可愛いもんだったぜ」
「それ慰めてるつもり? 全くセンスがないわ」
「ドS令嬢に言われたく無い」
アルとシルビアは互いに顔を見合わせた。そして少しの沈黙の後、互いに笑みがこぼれた。
その後、舞踏会を騒がせた2人だったがシルビアの家の力でお咎めなしになった。
現在アルは未だ思いを告げられずにいるが、正式にシルビアの使用人となり彼女を支えている。
シルビアはと言うと王城の拷問官の試験を受けるために必死に勉強していた。アルも最初はどうかと思ったが、人生はやりたいことをやる方がよいと思い、とりあえずムチをプレゼントしておいた。
ちなみに、舞踏会の一件は後に『王族つるし上げ事件』として後世まで語り継がれることになるのだが、それはまた別の話。
お疲れ様でした。読んでいただきありがとうございます。もうそろそろ何かを執筆しないと心が死ぬなと感じたので勢いで書き上げました。楽しんでいただけたら自分も嬉しいです。
心身共に落ち込むことも多々ありますが書くことはやめたくない心持ちですので、失踪と復活をくり返しながらでも何か書いていこうと思います。
また、ブックマーク等していただけると作者の命が紡がれます。
これからも、よろしくお願いします。