5.卒業式には出ないよ
卒業式当日。
晴天であった。
真っ青な空が何処までも広がっている。
今日は、エイルの卒業式だ。
その日、リシャールは朝から浮かれていた。
馬車から降り、街路樹の影の下、貴族学園の校門を眺めている。
町歩きにも目立たないように、少しくすんだ色をした上着をしていた。
それでも、精霊のような美貌は損なわれず、騒がれるのを嫌うリシャールは、深いフードを被っていた。
隣にはシドが無表情で立っていた。
自分の主人が、仕事そっちのけで、好きでもない平民の婚約者の卒業式を見に来るなんて。と思う反面、なんて主人は慈悲深いのだろうとうっとりと考えていた。
ざわざわと校舎の入り口には、年配の貴族達の姿が見える。
修了式が終わり、卒業生をまつ親だろう。
リシャールは外城視察の名目で、学園近くの施設を選んだ。
書類を渡すだけの簡単な仕事だ。
そのあとに、エイルと一緒に街を歩けばいい。
王都で、エイルと外に遊びに行くのは初めてかもしれない。
エイルが卒業したら、大々的に婚約者として扱っていいと父と約束した。
エイルは、私の事を弟や妹みたいな感覚で可愛がっていることは解っている。
私を子供扱いするなんて、エイルだけだ。
エイルだけ、許してる。
今日は、髪の毛もエイルは喜ぶと思って、少し巻いてきた。
エイルは、私の美少女然とした姿をとても気に入って事を知っている。
もうすぐ、自分は、身長も伸びて身体付きも大人の姿に変わるだろう。
それまで、エイルは私の姿に釘付けにしないと。
男の自分がエイルより綺麗だと思って、エイルは自分の外見に対してとても消極的になってしまった。
磨いたら、誰よりも綺麗なのに。
でも、まだ皆には教えてあげない。
エイルが私のエイルになったら、綺麗な鳥籠に入れて綺麗もので飾って、綺麗なエイルにするんだ。
リシャールは、初めての街デートだと胸が高鳴っていた。
きょろりも周りを見渡した。
「どうされました、リシャール様?」
「いない」
「誰がですか?」
「エイルは?」
式はとっくに終わっている。
貴族の子たちは、まだ学園にいるようだが、他の卒業生はぞろぞろと親の元に歩いて来ている。
エイルは、無駄話をしないから、一番に外に出てくると思ったのに。
しばらくリシャールはぼんやりと人並みをみていた。
「あの女は、出ていきましたね。やっとですね。これでリシャール様の邪魔はされません」
控えていた護衛の一人が、軽口を叩いた。
「・・・・?」
不可解そうにリシャールが目を向けたが、気付いてくれたと勘違いした護衛は、言葉を続けた。
「いつもチョロチョロ、目障りでしたよね」
「・・・・お前、誰だ?」
不思議そうな顔をして、リシャールは護衛の一人を見た。
「二年前より、リシャール様の護衛をさせて貰っていますっ!」
名前を名乗ろうとして、リシャールはその護衛の言葉を遮った。
「・・・・何故、お前ごときがエイルを侮辱するんだ?お前、いらない。シド、エイルは?」
絶句する護衛に眉ねを潜め、シドに振り返り、尋ねた。
リシャールは、感情がのっていない硝子玉のような目をしていた。
「エ、エイル嬢は・・・・」
いいよどむシドに、リシャールは問う。
「・・・・?エイルは今日、卒業だ。もう、式は終わってる。昼からの仕事も入ってなかった。学校が終わったら、エイルに声をかけていいはずだ」
「・・・・・・」
「もしかして、後輩たちと話しているのかな。エイルは、世話好きだし」
「・・・・かもしれません」
シドは声を絞り出した。
「早く出てこないかな。外で、声をかけるのは初めてだから、記念にもなるね。でも、本当にエイルが好きならものがいいか。屋敷に帰る前に、店に寄ろう。エイルは、花よりも換金できる宝石がいいだろうな。エイルと一緒に選ぼう」
エイルはかわいらしい陶器の人形が好きだから、それも一緒に。
何がいいだろうと、嬉しそうに微笑んだ。
こんなに人間らしく笑う姿を、周りは見たことなかった。
そして
シドたちは、その時、自分たちが大きな勘違いをしていることに気付いていた。
自分たちは、敬愛してやまない主人の最愛を、遠ざけようとしていたのだ。
今日、エイルは来ない。
市街に行ってるし、仕事を探すと言っていた。
シドは、軽く肩をすくめて、皮肉を返したのだ。
リシャールは、そわそわと門の前を見ている。
まるで、普通の少年のように、期待と不安を合わせた瞳をしていた。
「・・・・リシャール、様。エイル嬢は、お好きなの、ですか?」
シドは震える声で、確認した。
「お前、何を言ってるんだ?当たり前だ。エイルは、私の婚約者だぞ。私の子供を産むんだ」
「エイル嬢と話されて、いません、でしたよね?」
「だから、何を言ってるんだ、お前は?エイルは働いているんだ。邪魔をしては駄目だろう。エイルは真面目だから、怒られてしまう」
外では話しかけない。
そう約束した。
自分がいたら、周りが騒いで仕事にならないと言われてしまった。
エイルから嫌われるのは嫌だから、我慢していた。
エイルは、知らないふりをしてほしいと言った。
だから、リシャールは完璧に、エイルに興味がないように振る舞った。
「・・・・・・」
「ずっと一緒に居たかったのに。屋敷でしか、声をかけるなと言われていたし、在学中はエイルの邪魔をすることは許さないと言われて、ずっと我慢していた」
リシャールはエイルを探すように、目をさ迷わせた。
「明日から、私の隣に居ても、誰も文句を言わない」
嬉しそうに、リシャールは呟いた。
「でも、なんでエイルは、居ないんだろう?」
リシャールは、その後エイルを見つけることが出来なかった。
渋々、屋敷に戻ったが、シドたちが、ずっと無言であったのは気にかかった。
屋敷の前で、別れるときもふらついていたのは何故なのだろう。
そして、リシャールは、父親のタジハールから、エイルが婚約解消の書類にサインをして、屋敷から出ていった事を聞いた。
リシャールは、書類を持ちながら、呆然としていた。
見たことがないくらいに、落ち込むリシャールに、タジハール公爵は声をかけることが出来なかった。