4.お嬢様は友達になりたい
卒業式迄、あと数日になった。
授業がない卒業する人間たちは、ほぼ登校していない。
いるのは、式の関係者か、図書館を利用するものだけだ。
「ごきげんよう。エイルさん、どこに行かれるの?」
エイルは人がまばらな廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
透き通った声だ。鈴を鳴らしたような凛とした声音。
「ジレ様、おはようございます。今日は授業がありませんので、図書館に行く予定です」
くるりと振り向き、エイルはカテーシーをして深々とお辞儀をした。
ジレはにっこりと微笑んでいる。
まるで咲き誇る薔薇のようだ。
「相変わらず勉強家ですのね。私も見習わないと」
「ありがとうございます。至らない事が多くて、学園では充分に学ばせていただいています」
「堅苦しい挨拶はいいのよ、エイルさん。首席の貴方が言ったら、嫌味に聞こえてしまうわ。私と貴方の仲じゃない。砕けた話し方でいいわ」
「・・・・・・」
エイルは沈黙した。
友達でも何でもないのですが。
後ろには、側近の女性徒一人が、侍女のように控えている。
助けてくれと目線を送るが、彼女はさらりと視線を外した。
ジレラール・ド・レ・ラファン。現国王陛下の姉が嫁いだラファン家の嫡子だ。
リシャールとも遠縁に当たるらしい。
公爵家の面々は本当に美男美女しかいないのねと、リシャールを見慣れているエイルは、いつもジレを見るたびに思う。
さらさらのストレートの銀の長い髪は、まるで光の滝のように輝いている。
白いきめ細かな肌に相まって、淡い緑色の瞳はキラキラ輝いている。
まるで一輪の艶やかな白ゆりのようで、皆と同じ制服姿でさえ気品に溢れている。
皆は姫と彼女の事を、密かに呼んでいた。
勿論、雲の上の存在と思っているエイルも、ジレの事を『姫様』と認識している。
そして、その姫は、何故か事あるごとに、エイルに突っかかってくるのだ。
他の令嬢のように嫌がらせではなく、〝淑女のマナー〟や〝淑女の嗜み〟をエイルに諭すのだ。
平民になるエイルにとって、まだ嫌がらせの方がましだった。
ジレ姫が、善意でしている行為と解っているので、無下に断れないからだ。
曖昧に笑うエイルに、にっこりと屈託なくジレは言う。
「・・・・エイルさんは、友達いらっしゃないの?いつも一人ね」
「はい」
貴族の友人は、本当にいないので、普通に頷いた。
その言葉に、ジレは少し赤くなったり青くなったりして、そして、早口で言った。
「わ、私が一緒に行ってあげても、よくてよ」
「ジレ様、お誘いありがとうございます。勿体ないお言葉です。申しわけありません。午前中は、先生に提出するレポートの整理がありますので」
「そう、なの・・・・。式の予行練習はされたの?貴方、代表でしょう?」
学園長には辞退する事をすでに言っている。
準貴族の自分が学園代表になるのはどうかと、押しきった。
ただ、副生徒会長であるジレ姫が、エイルを気にかけているので、エイル本人の意向で生徒たちには言わないように、口止めしてもらってる。
彼女は、何故かお膳立てしようと、騒ぐのだ。
いつ、ジレ姫に眼をつけられてしまったのか。
心当たりは一つしかない。
成績が優秀だったエイルは、生徒会に誘われていたが、アルバイトを理由に蹴ったことがある。
その時に、少し揉めたのだ。
生徒会役員のお手伝いという話しで落ち着き、二、三度、ジレにも勉強を教えた事もある。
ジレは、その時から、妙にエイルに説教をするようになった。
公にしていないが、リシャールの婚約者と言うことも関係しているのかもしれない。
エイルが婚約していることを知らない貴族籍でない友人から、ジレ姫とタジハール家の嫡男が婚約するらしいと聞いたことがあった。
勿論、庶民の下世話な勘繰りの噂であったが、美男美女でお似合いだとエイルは思った。
ジレは勿論、リシャールとエイルが婚約していることを知っていたし、タジハール公爵家に相応しい所作等を、悪意なく教えてくれた。
それが、エイルにとってはお節介だと思っていても。
「私、祝辞を聞く耳には自信があるの。エイルさんは、働いてらっしゃるから、聞いてくれる方がいらっしゃないでしょう?」
ジレは、少し伺うような顔をしながら、強気に言った。
ジレ姫は、貴族や商家の子供たちの中で、勉強とアルバイトしかしていないエイルが珍しいのだと思う。
お姫様の戯れの珍獣枠かな?
エイルは、ぐいぐいくるジレ姫に、いつも困惑ししていた。
「代表挨拶の練習を見てあげてもいいわ。せ、生徒会室で、ゆっくりお茶でもいかが?貴方が食べた事がない珍しいお菓子もあるのよ。と、特別に、お出ししますわ」
少し震えるような声で、つんとした動作でジレが言った。
エイルは、ジレの言葉に対して、特に気にしなかった。
別の違う次元の人間だと、認識しているからだ。
「はい。お気遣い、ありがとうございます。挨拶は先生方と話しておりますので・・・・」
エイルは下手に出ながら、やんわりと断った。
「そう・・・・」
残念そうに言うジレに、何故かエイルの胸が痛んだ。
だが、エイルは軽く頭を下げると、図書館に行こうと踵を返した。