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1.落ちました

「職が決まらない・・・・」

学園の食堂は、卒業式間近のせいか、人もまばらだ。

がっくりと肩を落とし、少女が虚ろな眼差しをしている。

手入れをすれば輝くだろう金髪を無造作にひっつめ、団子にして、眼鏡の奥から青色の瞳が何度も紙を見直している。

「自信あったのに・・・・」

水の入ったカップを前におき、今年卒業予定でもあるため、ため息を付きながら求人募集の紙の束を見つめていた。

貴族の子供が多く通う学園は、貴族の嗜む知識作りに重きを置き、就職活動をする人間は少ない。

ただ、一種のステイタスになっているのでこの貴族学園の卒業となれば箔がつく。

だから、成金の商家の息子や娘、豪農の子供が王宮で働く為と顔繋ぎのために入学する。


就職活動中の、ため息をつく少女は、一応貴族籍を持つ準貴族だが、卒業と同時に籍は平民になる。

名前は、エイル=アラベスタ・ルデイ。今年16歳になる。

卒業と同時に、エイルという名前だけになる予定だ。



だから、エイルは焦っていた。

何のために、遊びもせず机に向かっていたのか。

アルバイトの合間に必死に勉強して、試験では好成績を取り続けた自負もある。

高級取りになって、弟達を養っていかなければいけないのだ。


全て不採用だった。

結構、ペーパーテストは良かったから、いいところに行けるかなと思っていたが。

そんなに現実は甘くなかった。

城使え、高位貴族の女中、商会の経理、果ては街のウェイトレスまで、希望した。

見直した筆記試験は、全部、合格ラインを超えていたと思う。

王宮女官だって、筆記は満点に近かった。

面接時は確かに、手応えを感じたのに。

そう思っていたのに。

配属元が募集を中止したってどういう事よ。

不運すぎる。



面接、どこが悪かったの?

無愛想だったかしら?それとも、望む答えではなかった?

顔?顔が悪かったの?

売り子のアルバイトもしてたから、柔和な笑みは定評がある。

にこにこ淀みなく答えれたはず。

身分も顔も高くないから、勉強だけは頑張っていたのに。



居候先のおじ様が紹介してくれた就職先しか残っていないが、そこに頼りたくない。

迷惑を掛けられないから、自分で何とかしようとしてこの様だ。



エイルはため息を付きながら、コップの水を飲んだ。

「おい、エイル嬢、こんな所にいたのか。勝手にちょろちょろするな」

若い青年になったばかりの声が聞こえた。

エイルが見上げると、見知った顔がある。


眉間に皺を寄せ、エイルと同世代の少年が、仁王立ちして、エイルをに見つけている。

居候している公爵家の嫡男の側近の一人だ。

シドと名乗っているが、本当は長ったらしい名前があるらしい。

が、エイルは興味がないので聞いていない。

「あら、シドさん、こんにちは」


「勝手に出歩かないでください。悪いと思うなら、私の目の届く範囲にいないでください」

茶色の肩まで伸びた髪は一つに結び、薄い緑の瞳は嫌そうにエイルを睨んだ。

涼しげな目元に、均整の取れた身体、騎士然とした丁寧な口調と仕草は、学園の女子達に人気があったようだが、エイルは興味がない。

それに、自分に対しては随分ぞんざいな接し方をされるので、彼の〝騎士のような礼儀正しさと優しさ〟は見たことがない。


「勝手にしてるのは、貴方でしょ。放っておいて頂戴」

少し小馬鹿にした言い方は、相変わらずイラつく。

「放っていいなら、すぐに放ります。残念ながら貴方は、名目上リシャール様の婚約者だ。護衛は必要ですから」

「ご苦労様ね」

面倒臭そうに、エイルが呟いた。

カチンとした顔で、シドが睨んだ。

私も好き好んで、貴方なんか。そう呟く声を拾い、ああ、面倒臭いのに絡まれた。

エイルはため息をついた。

「まだ、リシャール様を理解した方なら、わかるのに。どうして、貴方はリシャール様の素晴らしさをわからないのですか?」

始まった。とエイルは遠い目をした。



シドの長いリシャール賛美を聞き流しながら、ぼんやりと今後の面接の方向を考えていた。


エイルは一応、貴族籍を持っていた。

歴史だけは古く、伯爵の称号だ。

アラベスタ伯爵家は、国の創成当時から、あったらしい。当時は中央の職に就き、金も名声もあったそうだ。

過去形なのは、幼い頃に没落してしまったからだ。

何代か前に、博打にはまり詐欺にもあったぼんくら当主がいたらしく、土地も人も手放したそうだ。

宮仕えで細々と暮らしていた。


エイルの母親は、元々平民だった。

地方の商人の娘で、学園でたまたま一緒になったそうだ。

普通、平民と貴族は結婚出来ない。

当時、周りを押しきって結婚したときく。

縁を切る覚悟で二人は結ばれた。

美談として言われるが、嘲りも含まれている。

だから、エイルには、周りに親しい親族は居ない。


そして、結婚12年後、アラベスタ伯爵であった父親は、大雨で決壊した土地を直す治水事業に参加し、配属された土地で流行り病であっけなく亡くなった。

エイルが10歳の時だった。

あの時、取り乱した母親を宥めるのに精一杯で、あっという間に葬儀は終わってしまった。



魂が抜けたようになった使い物にならない母親と、まだ幼い弟たちを見て、エイルは途方に暮れていた。

貴族以外の商人や街の人達が多く参列してくれたが、貴族は数人だった。

元々貧乏伯爵家で、領地を持っていないアラベスタ家に、誰も見向きはしなかった。

当面の生活費は、遺産が少し残っていたので大丈夫だったが、誰も働けない状態で先は見えなかった。



あの時、エイルたちを助けてくれた貴族は、ダジハール公爵家のみだった。

白金の髪に強い青色の瞳をした穏和な顔つきをしたダジハール家当主である宰相は、葬儀の席で声を殺して泣いていた。

父とは、学友時代からの親友だったそうだ。


アラベスタ伯爵家が没落して、子供の貴族籍が抜かれるのが確定したのは、父親が亡くなってから半年後だった。

当主不在による没落の場合、家を継ぐ嫡男だけは成人した後に復権できた。王宮への多額の献金が条件だが。

他の子供たちは、教育の観点から、16歳までは、準貴族として貴族学園に通える。

エイルは、早々に、双子である弟達に家督の権限を譲った。


貴族なんて、くそくらえだ。



エイルは元々、貴族ではなく、商人としての生活に興味があった。

貴族の淑女には一切興味が無かった。


本当は、弟たちのために、すぐにでも働きたかった。

冷たい貴族なんて、しがみつきたくない。

けれど、貴族が保障される権利は、ずば抜けている。

だから、自分が平民になって、がむしゃらに働いて、幼い弟たちだけは、貴族として残ってほしいと思った。

貴族以外の子女子は、十代前半で働いている。

平民だった母方の親族は、王都を離れて田舎にいたから、頼っていける距離ではなかった。



それに、エイルはすぐに働きたかったが、身元保証人であるダジハール公爵は許してくれなかった。

『エイルは、私の息子の大切な婚約者だから』

そう言って押しきられた。

そして、心が弱った母親と幼い弟たちのために、タウンハウスの別邸に住まわせてくれた。


エイルの嫡男との、婚約者という称号も眉唾物である。

まだ、父親が存命のころ、ダジハール公爵は、エイルを嫡男の婚約者に指名した。


本当に遊びの一つにだったのだ。

母親同士のお茶会で連れて来られたエイルは、嫡男と遊んでいた。

それを見た母親達が、軽い感じで『結婚しちゃえばいいじゃない』と言った。

そう、エイルは記憶している。

本当に遊びで出た口約束だ。

けれど、面白がった公爵が文書におこしてしまった。

そして、すぐに父親の事故だ。


伯爵だった父が亡くなり、残った書類の婚約解除する予定であったが、公爵はその手続きを行わなかった。

エイルたち姉弟達を、路頭に迷わせないためにという優しさなのは分かっている。


しかし、公爵の嫡男は、自分には出来すぎていて、分相応ではないのだ。


嫡男の名前は、リシャール。

エイルより二歳年下だが、幼い頃から天才と呼ばれていた。

美しい緩やかなカーブを描くプラチナブロンドに深い泉のような青い瞳。白い肌と整った顔は、ダジハール公爵によく似ていた。

親から受け継いだ美貌と才能は、リシャールに多分なる祝福を与えた。


弟みたいなものだと思っているが、自分より二才年下のリシャールは、とても大人びている。

1を言えば10を知る。

産まれて、2歳で言葉を話し、考えを述べた。

3歳で師の言葉を理解する。


公爵は、慌てて国一の様々なプロフェッショナルを集め、リシャールの教師とした。

リシャールは反発することなく、教えられた事を湯水のように吸収していった。


ただし、その反動で、感情の起伏が全く面に出なかったようだが。

喜怒哀楽が見えない顔でも、それを上回る美貌と才能がリシャールにはあった。

まるで神のように崇める人間まで出始めた。



リシャールの中では、周りは白と黒しかない。

自分が興味があるかないかだ。

必要以上の言葉を発さず、自分の中で完結してしまうリシャール。

公爵家は、リシャールが困らないように、周りに側近や護衛を固めて、リシャールの手足にした。

宰相さえも継がせる気なのだろうと、子供だったエイルが見てもわかった。


明らかにエイルには、身の丈が合わない。

エイルに対しては、リシャールは姉のように慕ってくれていて、可愛い弟の一人なのだが。



ただ、側にいたエイルは、何でも出来るリシャールに対して、卑屈になることはなかった。

あまりの天才っぷりに、比較出来なかったというのが正しいかもしれない。

自分は凡人で顔もよく無いことを草々に理解して、せめて勉強だけはまともになろうと思ったのだ。

自分が婚約者という事実は、今でも実感はない。

体よくリシャールの成人するまでの虫よけだと、エイルはわかっていた。

それに、父が亡くなった時に、貴族にならないと決めたのだ。

貴族で女性である場合、ほぼ働くことはないが、エイルは体を動かしたいし、お金を稼ぎたいと小さい頃から思っていた。

母方の商人の血かも知れない。

だから、勉強して、座学で合格できる免許は出来るだけ取った。

手に職があったほうが就職に有利になるからだ。


止めなければ延々と、リシャールの素晴らしさを説くジドはリシャールの側近になる。

宰相の側近の次男とかなんとか聞いたが、覚えていない。

リシャールに付く人間たちは、まるでリシャールを神のように崇め妄信するから、エイルは本気で気味が悪いと思っていた。

変なフェロモンでも出しているのかもしれない。

それとも、リシャールは自分が知らない間に、怪しげな魔術でも完成させているのかもしれないと確信している。


「聞いているのですか?エイル嬢」

「はあ、聞いてます」

シドは、エイルが準貴族になり、卒業と同時に平民に堕ちる事を知っている。


公爵の酔狂で、婚約者という型にすがり付いているが、平民に堕ちたら、解消されるだろう。

それがリシャールの側近たちの見立だ。


「貴方は、リシャール様の婚約者には不似合いです。没落した下位貴族なんて」

狂信者の一人でもあるシドは憎々しげに言う。


確かに、神に選ばれたリシャールに、周りから見てもエイルは明らかに不適切な婚約者だった。

「・・・・・そんなの分かってるわよ」

「たまたま居候先が、リシャール様のご生家で良かったですね」

「はいはい、棚ぼたなんでしょ。ちゃんとわきまえて生活してるわ」

別に、エイルはシドが嫌いな訳ではない。

憎まれ口を言うが、ただただ自分の主人に似合わないという事を分からせたいだけだと知っているからだ。

だだの虫除けだから、図に乗るなと言いたいのだ。

まるで、子犬がキャンキャン吠えているみたいで、可愛いものだ。

火に油を注ぎそうなので言わないが。

「見目だって、十人並みじゃないですか。リシャール様の隣に釣り合わない。頭はいいみたいだから、どこかで働いた方がいいんじゃないんですか?引く手あまたでしょ」

落とされまくっている自分に、塩を塗るような事を言わないでほしい。


どんなにエイルが否定しても、リシャールの親衛隊は、エイルがすがっていると思っている。

エイルは、あと数ヶ月でその嫌な思いも失くなるとわかっているので、気にしていない。


汚水をかけたり、池に突き飛ばされたりしたが、ストレスが溜まったお嬢様方の戯れだとエイルは思ってる。

リシャールに訴えれば、すぐに改善するだろうが、自分が居なくなってから、しこりを残したくない。

それに、エイルは本当に辛いのは、お金が無くて、明日が見えない事だと知ってる。


「紹介してくれるの?」

この際誰でもいいから、紹介してくれないかしら?

シドだったら、いい伝がありそうだ。

「え、?」

シドは戸惑った声を出した。

「探してるのよ、今。」

そう言ってエイルはまた、ため息を付いた。




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