第6話
路線バス、地下鉄、飛行機……
それらは過去の文明の遺物だということの説明を受けながら、僕らは過去の幸福郷へと進んで行った。
幸福郷、文明社会の分岐点と呼ばれたこの場所は過去に爆発事故で崩壊した。
歴史の授業で聞く話はこの程度だったが、エイトは更に詳しく説明してくれた。
「死者を甦らせる実験や特殊な石を用いたエネルギー実験をしてたっぽくて、その実験中の事故によって爆発が起きてしまい……世界の理までもが歪んでしまい、最終的には終末と呼ばれる世界規模の地殻変動を伴う大洪水があったんだよ。」
「それによって、世界は3つの山……地殻変動によって隆起した願峰岳、世界最大の山脈、シリェーナ山脈、それと火の神に護られていたと言われているボグオーニャ火山を除いて全て沈んじゃったんだ……あっ、ボクはチキンで、信忠はどっちにする?」
「……ビーフで。」
シリアスな話をしてくれていたと思えば、気が抜けてしまう。
「結果的に終末は理の歪みを少しは矯正出来たとはいえ、それによって失われた様々な命は京どころか、咳すらも内包しきれない程の数に及ぶんだ……」
失われた命に対してエイトが表情を曇らせる。
自分の責任でも無い過去にここまで凹んでいるところは元でも天使、と言ったところだろうか。
「信忠、機内食にりんごジュースついてるよ!」
「切り替え早すぎない?」
「いやー、やっと着いたねー。」
「ここが、幸福郷か……機械しか飛んでないぞ?」
エイトが何か設定したのだろうか?
半壊の街中には、同じく半壊の蟲型の機械が飛んでいる以外は他の生物が一切居ないように感じる。
「うん、時間軸の志向性を物語の亀裂発生直後に設定したからね。」
「なるほど……生命の爆発ってので理が歪んだんだよな?」
「その時はまだボクら産まれて居ないから、影響を受ける心配はないよ。」
何かに誘われるように壊れた扉に手を掛けると、エイトに手を止められる。
「あんまり、中は気持ちいいものじゃないと思うから、見ない方がいいと思うな。」
「あ、あぁ、分かった。」
「ほら物語の亀裂まで向かおっ。」
街は何かを嘆き呻くように風切り音を響かせる。
壊れ傷付いた壁が人のような顔を浮かべ、街路樹から生える愛玩動物は既に息絶え、口から樹液を垂れ流している。
道路からは幾許かの水道管の様なものが露出しており、ドクン、ドクンと脈動している。
「ま、まだ付かないのか?」
先程の扉を開けなかったのは正解だった。
街中でさえこうなっているのだ、もしかしたら家の中は更にグロテスクな光景が広がっているかもしれない。
「あと少しだよ、あの紫に光る柱の場所だから……っ。」
目前に広がる光の柱は、妖しく紫に光り輝いている。
「入るけど、絶対はぐれないでね?」
エイトが僕の手を握る。
そのまま2人で、ゆっくりと光の柱に飲み込まれていく。
"やっと繋がった。"
[Pause.]
[Changeling.]
[Del......Error.]
"やっぱり消せないか……
まぁいいだろう。"
[Restarting....]
───────
水の流れる音が聞こえる。
あれ、僕はどうして1人で……
確か、紫の光に飛び込んで……
「エイト!!」
いない、どこにもいない、ここはどこだ?
彼岸花が咲き乱れている、川が流れている、船で誰かが来る。
エイト、エイトか?
違う、誰だ、誰なんだ!?
「おや、久しぶり……いや、君の記憶だともうはじめましてだっけ?」
「えっ、と、だ、誰ですか?」
「ふふっ、キミの元同級生にして、今はこの川の舟渡……」
黒い髪を靡かせながら彼女は言った。
「夜美川 花蘭だよ。」
後頭部がズキリと痛んだ。