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仮称「四季」  作者: 赤原 藤尾
開戦
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第1章 「起ー 2010年四月」 7

七    告知の翌日


              一

 遠藤が立川の事務所が有る建物を出ると外はどんよりとした曇り。


周りはオフィス街で車線の多い幅広の車道が一等地だと物語っていた。さすがに昼間でも人通りは多く、何処となく忙しない印象を持つ街だ。

 遠藤が右を見ると直ぐにハザードランプを点滅させた黒いマークXが横に着ける。どうやら直ぐ手前で待っていたようだ。遠藤は助手席のドアを開けると中に座り込み、閉めると同時に車は走り出した。


「思っていたより早かったですね」


松下が微笑みながらハンドルを握っている。この台詞は嫌みなのか、それとも本心なのか?


「そうか? 俺はもっと早く出てくるつもりだったが……」


シートベルトをセットした遠藤は直ぐに煙草に火を点ける。


「あのおっさん、もっとしつこいと思ってましたよ」

「ああ、十分にしつこかった」


遠藤は機嫌が良さそうで、つい先ほど土下座をした男とは思えない。


「十分に怒らして来ました? 先生なら、『立つ鳥、跡を濁す』とばかりに、

きっと火に油を注いでくると思ってたんですが……」


松下は茶化す時に限って遠藤の事を「先生」と呼ぶ。


「期待してた?」

「ええ、部屋と言う部屋に油をバラまいて、大惨事にしてから帰ってくると……」


松下の最高に口の悪い賛辞だった。


「ああ、それも考えたが何しろ五月蠅かったから……。

 最後だからそう言ったサービスをしても良かったかな?」


「ええ、きっとその方があそこの人間から喜ばれたと思いますよ。

 どうせならあのオッサンの頭の血管をブチ切ってあげた方が、

 あそこの社員の為だったんじゃないですか?」


「俺も暇なら、そうしたんだけどな。

 生憎、親父から呼び出されていて……。

 悪いがこの車、親父の事務所まで頼む」


「解りました」

そう言って車をターンさせる松下。


 ――何故だろう?――


 ヤケに機嫌の良い二人だった。

きっと二人にとって立川は間違いなく嫌なヤツで、その彼と縁が切れたのが嬉しかったのかも知れない。


だが、少し冷静ななったのか、暫く会話が途切れた後、


「遠藤さん……、本当に良かったんですか? あの仕事……」


少しマジな表情で確認する松下。


「ん?」


遠藤の表情は明るい。


「いや、本当に……」


もう一度問いかける松下。

煙草に手をかける。


「こんな時、悔しがった方が良いかな?」


遠藤は相変わらず脳天気な表情だ。


「……」

「悔しがってあの仕事が手に入るなら、ナンボでも悔しがるんだけどな……」

「確かに……」

「ま、あのおっさんが仕切る限り、あの仕事はこっちには回ってこないだろうな」


遠藤を見て少し笑う松下。


「笑うな! 人が悪いぞ。俺が凹んでるって言うのに……」

「全然凹んでる感じ、してないですよ。逆に、『清々した』って感じに見えますが……」

「そう見えるか?」


ネクタイを緩めながら少し笑顔を見せる遠藤。


「ま、あのおっさん、そう長くは無いさ。

 結構、敵が多いって話だし、あまり良い話を聞かないからな」


松下にはその台詞が強がりに聞こえたが、あえて聞き流した。


「しかし遠藤さんのスーツ姿、いつ見ても似合わないですね」

「ほっとけ。俺も着たくて着てるんじゃない。

親父が連れていきたい所があるからスーツ着て来いって……。

昼からちょっと、行ってくるわ」


「立川さんに謝る為じゃなかったんですか?」


「どうせ、あのおっさんとは縁が切れるんだ。何着て行っても同じだろ?

 元々あの仕事の話が無かったら、あんなおっさんには近づかないさ」


「本音が出た」


笑う二人。


「しかし、何処に連れていくつもりなんでしょうね?

 親父さんは……」


「多分、大道さんのところだろな……、あの『オオミチ』の……」


 遠くを見る遠藤。

その姿を見て松下は会話を止めた。


              二

 事務所内で普段通り仕事をする貴子と洋子、そして沼田。


「おはよう」

「おはようございます。今日は?」


沼田が予想外の遠藤に登場に驚いたのか、慌てて問いかけた。

正直、沼田にとっては遠藤の登場は有り難かったのかも知れない。


「親父に呼ばれてるんだ」

「お・は・よ。何か悪い事でもしたの、その姿?」


スーツ姿の遠藤を見て少し微笑む洋子。

昨日と違って薄化粧だ。


「さっき、松下にも言われたよ、似合わないって……」

「松下さん、来てたの?」

「ああ、ここまで送ってもらった」

「だったら、顔を出せば良いのに」


少し不満そうな顔をする洋子。

遠藤は少し微笑んだ後、沼田の顔を見た。

自分が別れた後、洋子と二人きりになったはずで、その後の二人の事が少し気になったが、それを直接聞くのは気が引けたのか、あえて口にはしなかった。


「親父は?」

「もうすぐ帰ってくる。コンビニにでも行ったみたい」


 そんな時に中に入ってくるスーツ姿の源太。

どうやら着替えてきたみたいだ。

源太のスーツ姿に一同驚く。


「スーツに着替えてきたの?」

「ああ、行く所があってな。渉、来てたか。

 お前、もう少しマシなスーツ、無かったのか?」

「……」


「まあ良い。母さん、ちょっと渉、連れてくよ」


「ええ、どこに行くの? そんな姿で……」

久しぶりに聞く「母さん」のセリフに一瞬、思考回路が止まる貴子。

感慨深い物を感じながらも普段通りに接する。


確かに離婚後、源太はたとえ遠藤や和夫が居てもあえて「母さん」とは呼ばず「専務」と呼んでいた。

この二日間で「貴子」と呼ばれる事も有り、それはそれで感慨深かったが、「母さん」はそれ以上だった。 久しぶりに聞くその台詞に、かつて家族として一緒に暮らしてきた頃の思い出が頭をよぎる


「大道さんに昨日の晩、連絡を入れたら、『今日、来てくれ』って……」

「いきなりね」

「ああ、まさか今日とは思わなかった。 あ、そうだ。 沼田、お前も来い」

「俺もですか? このかっこでも良いんですか?」

「ああ、お前は運転手だ。そこにある荷物、車に積んでくれ」


机の上の荷物を指さす源太。三月に撮った肖像画だった。

それを沼田が持つと、


「じゃ、行ってくる。

 夕方には帰るつもりだが、俺たちの帰りが遅かったら、待たなくて良い」


そう言って外に出る源太。遠藤と沼田が慌てて後を追う。


「いってらっしゃい」


 三人を見送る貴子は「母さん」の言葉の余韻に浸っていた。

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