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仮称「四季」  作者: 赤原 藤尾
開戦
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第1章 「起ー 2010年四月」 5

五    事務所にて


              一

 あれからどれ位時間が経ったのだろうか……。

外の雨が上がったのか、夕暮れ時の景色が窓に映り込み、空の大半にはまだ雨雲が見えるが、西は夕暮れ時の琥珀色の空が広がっている。


事務所の中には貴子、洋子と沼田の三人。

洋子は先ほどの仕事の続きなのか、パソコン相手にパンフレットの編集作業で、貴子は相変わらず老眼鏡姿で事務処理をしている。

沼田はルーペを片手にライトボックスを使って昨日のポジのチェック。


少しして壁の時計が5時40分を示したのを見ると、貴子は仕事の手を止め、その姿を見た洋子が「もうすぐね」と話かけ仕事の手を止めた。

ファイルを保存した後、席を立ったが、その時に事務所の扉をノックする人間が一人。中に入ってきたのはスーツ姿の健二だった。


「少し早かったかな?」

「おじさん、お久しぶりです……」


洋子が出迎えたが、考えてみれば洋子は貴子側の親戚なので、健二は当然「おじさん」に当たるが、再婚の時期の関係上、「おじ」と言う感覚は乏しいし、昨日、隠れて貴子の異変を電話で報告していた為、「お久しぶり」と言うセリフも建前上のセリフである。

洋子は挨拶を終えると直ぐに奥の部屋にコーヒーの準備をする為に入った。


「はじめまして……、沼田と申します」

「そ、そうね、初対面だったよね……。うちの主人です」

沼田の台詞に慌てて言葉を継ぎ足す貴子。


「中田です。沼田君の話は家内からよく聞いてるよ。宜しく」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

「もう、だいぶ慣れたかい?」

「はい、多少は……」


中田が席に座ると時間を潰すだけが目的のたわいも無い会話が始まっていた。


              二

 しばらくして又、ノックの音が部屋に響き、扉を開けたのは四〇代の少し背の低い男だった。


「お久しぶり……」


脳天気そうに入って来た男は、少し趣味の悪いジャンパーにスラックス姿で、部屋に入る際に遠慮が無い感じからすると多分、非常に近い人間なのだろう。


「少し太った?」

「気にしてんだ! 言うな」


洋子のツッコミに、そう返す男。貴子の顔を見て、


「おかん、親父は?」


と問いかけた。

多分、この男は貴子と源太の息子なのだろう。


だがそう考えた途端、


――何か違う――


沼田は強烈な違和感を覚えた。

違和感の理由は下手な大阪弁が理由なのか?


「雄介にゲームせがまれて、一緒に買いに行ったよ。

もうすぐ帰ってくるんじゃない?」

「ワザとらしいな、親父っぽい。口実だろう?

人を待つのが嫌いだからな……」


少し微笑む男だったが、多分それが正解で、特に今日みたいな日は尚更なのだろう。


「お久しぶりです、中田さん」

「ほんと、お久しぶり……」


男は続けて中田に挨拶をしたが、もしこの男が貴子の息子なら、この二人の関係は微妙なのかも知れない。ある意味、「義理の父親」とも呼べるが、このよそよそしさから見ると、少なくてもこの男はそうは思っていないらしい。


「和夫の三回忌以来ですかね……」

「そうなるかな……」


少し表情が曇る二人。口調は軽いが言っている内容は重い。


男は少し空気が重いと感じたのか

「今日はお仕事、良いんですか?」

「今日は息子に任している。ま、大丈夫だろ」


と話題を変え、健二は少し表情を戻した。

この男も大人なのだろう。



「タル兄(たるにい 渉兄ちゃんの略)、こちら沼田君……」

洋子が急に二人の会話に割り込んできた。


「沼田です。宜しくお願いします」

健二の時と違い、硬い表情で初対面の挨拶をする沼田。

多分、違和感が警戒心に変わっていったのだろう。


「遠藤 渉です。父と母がお世話になっています」

相手に合わせたのか、「よそよそしい」言い回しだ。


「いえ、こちらこそ……。

 まだ2カ月の新人ですが、宜しくお願いします。

あの……」

「何か?」

「遠藤さんも写真を?」

「ええ、以前はここで仕事をしていました。

 今は独立して何とかやってますが、それが何か?」

「ここのスクラップブックにあなたの名前が書いてあったので……。

失礼しました」


「別に頭を下げるほどの事でもないよ」

遠藤はこの時、この「よそよそしさ」を何とかしないといけないと考えたのかも知れない。


事実、全体の雰囲気は非常に重く、沼田はこの雰囲気に痺れを切らせて、たまらず、「で、今から何が始まるの?」と洋子に問いかけた。


何も聞かされていないのだろう。

沼田が言いたい事は遠藤も理解していた。


――確かにこの雰囲気は息が詰まる――


「洋子、いつからそんなにケバくなったんだ?」

場を和ませるために遠藤が普段より化粧の濃い洋子を見て惚けた。

「今日は失敗したの」

笑顔で背中をひっぱたく洋子。

良いリアクションだ。




それからどれ位時間が経ったのだろうか、扉が開く音。


間違いなく源太だろう。


遠藤が立ち上がると、それに釣られて席を立つ一同。

貴子がドアの方に向かうと、その前にはジャケットを脱ごうとする源太の姿が有った。


「おかえり。雄介は?」

「家に送って行った。今頃ゲームに夢中だろう。

 もっと早く帰ってこれると思ってたが……」


手で一同に座るように指示をする源太。

源太はソファーの前に立つと遠藤を見つけるが、意図的に眼をそらし、

「なんだ、お前も来てたのか……」

と声を掛けた。


「当たり前だろ」

遠藤に笑顔は無く、逆に怒っているようにも見える。


「丁度いい。お前には頼み事があってな……。

一応、みんな揃ってるんだな」


――何だろう、この緊張感――


沼田は息が詰まりそうだったが、恐らくそう思ったのはここにいる全員だろう。


「今日、みんなに集まってもらったのは他でもない。この事務所についてだ」


――ついに始まる――


「その前に、おやじ、聞いて欲しい事がある」

「その話は後回しだ。後で二人になった時に聞くから……」

「おやじ! タマには人の言う事も聞け」

エキサイトし、理性を失いかけた遠藤に対し、

「渉、止めなさい!」

貴子が強い口調で止めに入った。


これまで見た事の無い貴子の迫力に圧倒される沼田。

少し冷静になったか、遠藤が黙って従うと、源太は少し間をおいて話を切り出した。


「じゃ、始めるが、もう殆どが……、と言うより、沼田以外は知ってると思うが、

 俺も厄介な病気にかかったみたいでな……」

「……」


「中田さんの話では、俺の体は後一年くらいしか持たないらしい」

あえて「死」という言葉を使わない源太に対し、沈黙する五人。

沼田一人はその言葉を理解するのに時間が掛かったようだ。


「それで本題だが、

 俺は今年いっぱいでこの事務所を畳もうと思っている。

 それまで持てばの話だが……」

「……」


「そこでだな、渉に頼みがある……。

 洋子と沼田を頼む……。それと俺の客もな……」

リアクションの無い遠藤。


「洋子はお前も知っての通り、そっちに行っても実力的には全く問題ない。

 沼田にはまだ何も教えてないが、筋は良いと思ってる。

 お前の力で沼田を一人前にしてやってくれ」

少し考え、沼田の顔を見た後、黙って肯く遠藤。


源太はその姿を確認した後、

「中田さん……、雄介は、今まで通り二人で頼む。

 あの子が社会人になるまで……」

中田夫婦を見ながら話すと健二は大きく頷き、貴子もその姿を見て肯く。


「それと……、それと、身勝手な話だが……」

「……」

「身勝手な話だが、とりあえず俺はこの通り、今は普通に生活出来る。

 中田さんの話だと、後もう少しは動けるらしい。

 その動ける間、俺は雄介に写真を教えたいと思ってる。

 ロケにも行きたい……、雄介を連れてな。

 仕事じゃなくて、雄介に写真を教える為のロケ……。

 言ってしまえば自己満足だけの為のロケだ」

そう切り出す源太に対し、黙って聞き入る五人。


そして貴子に語りかける。

「誰でもそうだが、孫はかわいい……。

 雄介と遊んでいるだけで時間を忘れる。

 それに『写真』を教えたいんだ、雄介に……。

 まだ早すぎるけど……。

 俺の希望はそれだけだ」


「ほんと、最後まで身勝手ね……。こんな時に、『孫がかわいい』?」

と貴子が少し嫌味を言うが、これが精いっぱいの抵抗なのだろう。

健二はその後、

「一言、言わせてもらっていいですか?

 雄介の保護者、あずかる身として……」

と言ってお伺いを立てた。


「雄介は小学生です。学業に支障が無い範囲でお願いできないですか?」

「具体的には?」

「学校を休ませる事は最小限にしてほしいと言う事です」

「それは確かに大切な事だ。約束しょう」


「もう一つ言って良い?」

話に割って入る貴子と黙って肯く源太。


「そのロケ、沼田君だけじゃ無くて、

 必ず渉も連れてって……、必ず……」


「……」

「雄介とあなた、二人の面倒を沼田君一人に任すの?

 少し荷が重すぎない? 特にあなたの身に何かあった時……」


「俺は良いが、お前はどうなんだ?」


源太が遠藤にそう問いかける。源太は冷静だ。遠藤は少し考えた後、

「俺もそのつもりだ。いや、誰が何と言おうと行くよ」

と答えるが眼は泳いでいる。

「そっちの事務所、どうなんだ? お前が抜けて大丈夫なのか?」

「大丈夫だ」

あえて自分に言い聞かすように二つ返事で答える遠藤。


「お前、今、大切な時期なんだろ? やっと良い仕事が回ってきたって……」

その問いに一度、天を見上げた遠藤は少し考えた後、源太を見て、

「何とかなる……。いや、何とかするよ」

確かに今はリーマンショックの影響が色濃く残る時期で決して景気が良いとは言えず、その影響は遠藤の会社にも襲いかかっていた。

そう言う意味ではこの時期に大黒柱が第一線から離れる事は経営者で無くても痛い事が解る。


「写真教室の生徒、どうするんだ? 教室の時間と被るんじゃないのか?」

「あれは松下に任せるさ。

 あの仕事は元々、あいつに譲るつもりだった。

 あいつもそろそろ独立させてやらないと……」

「独立? あいつを独立させるのか?」

「……」

「それに松下は『先生』ってガラじゃない」

「あいつなら出来るさ」

「本当に大丈夫なのかよ? 」。

沈黙する遠藤に対し、少し考えた後、

「まあ、良いだろう。ただし、あまり無理はするな、いいな」

「ああ」


遠藤が返事をすると、源太は周りの人間を見渡し、異論が無い事を確認すると、

「じゃ、決まりだな?」

と確認したが、そんな中、貴子が


「わたしは?」


と話を切り出した。自分の話が出なかった事に少し不満気味で、考えてみれば一番近い存在でもあるはずの貴子の事が何も決まっていない……。

「お前は隠居生活だ。中田さんも、もうすぐ隠居の身なんだろ?

 残りの人生、二人でゆっくり楽しんだらいい」


「ホント、男の人って身勝手ね……」

言っている事は否定的だが、貴子は少し納得した様子だった。


「じゃ、今度こそ決まりだな。貴子、悪いが来週、取引先に案内を出してくれ。

 特に洋子が絡んでる得意先は……」

「事務所をたたむ事の?」

「たたむと言う言い方じゃなくて、渉の事務所が引き継ぐと……。

 後、大道さんの所だけは出さなくていい。

 俺が直接、あいさつに行く」

「あら、他(の所)は行かないの? 普通なら行かないと……」

「どんな顔して行くんだ?」


その台詞に少し考えた後も何も言えない貴子だったが、源太は暫く周りを見てそれ以上の議論が無い事を確認すると、

「みんなに話す事は以上だ。悪いがこの後、中田さんと二人で話がしたい。

 まだ、病気の話が詳しく聞けてないんだ」

と会の終了を口にするが、

「ちょっと待て。俺の話は?」

と噛みつく遠藤。

「また今度聞くから……」

逃げる源太に、

「おい……」

と追い打ちをかけるが、貴子が大きな声で、

「渉、この人が話を聞くと思ってるの?」

と割って入った。


――さすが元女房――

周りはまた貴子の迫力に圧倒された。


「じゃ、悪いが、中田さん以外はみんな帰ってくれ。

 中田さんは残ってもらえますか?」


と言って源太はこの会を終わらせ、四人は仕方なく渋々荷物をもって部屋を出た。






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