表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮称「四季」  作者: 赤原 藤尾
開戦
3/17

第1章 「起ー 2010年四月」 2

二    プロラボにて


              一

外では雨が本降りになっていた。


沼田が走って小型車に乗り込むと玄関にその車を回し、そこで待つ源太を乗せた。


「じゃ、行きますね」


助手席の源太は黙って肯くが、何かを考えている様子だ。

とりあえず車を発進させた沼田だったが、少し迷っていた。


――何か話しかける方が良いのか、それとも黙っていた方が良いのか――


話をするのであれば別の話題にするのも有りだが、避けて通れそうも無いと思ったか、赤信号で車が止まっている時に、


「さっき、専務の表情、急に変わりましたよね……。

 何か、あったんですか?」


と改めて問いかけた。


「……」

「何か変でしたよ……」

「解らん……」


――解っていてトボケているのか――


あえてこの会話を選んだのは、この騒ぎが今日一日で終わる内容には思えなかったからである。


「何か、NGワードを言ってしまったとか?」


あえてお茶らけた台詞を使う事で雰囲気が重くなり過ぎないように気を使ったのだろう。


「知らん!」

「そう言えば専務って、社長の元奥さんでしたよね?」


切り口を変える沼田。

それで無くてもこの二人には謎が多い。


何故源太と別れた貴子がここで働いていて毎日顔を合わせているか?


それ以外でも聴きたい事が沼田には山のようにあった。

確かに源太は貴子の元旦那で、ついでに言ってしまえば洋子は貴子の姪に当たるため、源太にとっては「元姪」に当たる。

源太が洋子を呼び捨てにする理由はそこに有ったが、多分貴子がここに居るのは洋子の事があるからだろう。


「ああ。ただ、10数年も前の話だ……」

「やっぱり解らないもんなんですかね、元夫婦でも……」

「昔から、『女心と何とやら……』って言うだろう。

 お前も気を付けろ」

「お、俺もですか?」


――その台詞は源太の本音なのだろうか、それともオトボケなのか――


結局源太はその後、物思いにふけるように黙って遠くの景色を見つめ、口を開く事は無かった。

沼田も何かを感じたのか話すのを止める。


車は大阪市内に向かって国道一号線を走っていた。


              二

 二人はプロラボに到着すると、沼田が朝撮影したフィルムをカウンターの人間に預けたが、その直後に奥からその営業所の所長、大久保が顔を出した。


この頃になると映像のデジタル化が進み、現像所も以前に比べると少し暇になっているようだ。

二人の会話の感じからすると大久保と源太は比較的仲が良いのだろう。

大久保が二人を応接室に案内すると3人の会話の続きが始まった。


「今日は残念でしたね……。 朝から曇っていたのですか?」

「ええ、朝までは持つと思っていたんですがね……」


笑って答える源太だったが、沼田は未だに今朝のロケの件で違和感を引きずっている。


「ただ今晩から、かなりの雨が降るってテレビで言ってましたけど……」

「今年の桜もこの雨で終わりでしょうね、多分……」

「残念ですね。今年はまだ一回しか行ってないのでは?」

「ええ、明日も行くつもりでしたが……」


ノックの後、女性が入ってきて三人にコーヒーを出し、一礼をして出ていく。


「そう言えば、沼田君は確か、(この仕事に就いて)三カ月ぐらいになるのかな?」

「いえ、まだ二ヶ月ちょっとです。まだまだ解らない事が多くて……」

「若いんだから焦る必要はないよ。源さんにじっくり教えてもらうといい」

「はい……。 ただ、今は何が何だか解らない状態です」


沼田のその台詞に笑う大久保。

源太もニヤつきながらコーヒーを飲んでいる。

今度は源太の方を見て、


「そう言えば、沼田君に『あの写真』、見せたんですか?」


――あの写真?――


「いえ、まだです。

 今朝のロケが終わるまでは見せない方が良いと思ってね。

 『あの写真を先に見るのはどうかな? 』って……」


「と言う事は、もう良いんですね?」

ニヤリと笑う大久保。


「ええ」

「それなら、うちに(源さんの写真の)色見本があるから取ってこよう。

 源さんのあの桜は別格だ……。

 見ておいた方が良い」


大久保は何故か積極的だ。


――何故、大久保さんは俺にその写真を見せたいのだろうか――


沼田は少しその事を考えたが理由が解らないまま、


「えっ、よろしいんですか?」

「じゃ、ちょっと取ってくるね」


大久保はそう言うと席を立った。


このプロラボは独自のサービスで、主にプロカメラマンを対象に色見本帳を保管するというサービスを行っている。

と言うのは、印画紙がモデルチェンジした際、以前の印画紙とニュアンスが変わる場合が多いが、それを嫌うユーザーが多い為、以前の印画紙で焼き付けた写真を色見本として保管し、新規の受注の際、それに合わせ込む目安にしている。


大久保を待つ間、黙ってコーヒーを飲む源太。その沈黙が怖くなったのか、沼田が口を開いた。


「私がこの部屋に入るのは、最初の時のあいさつ以来ですね」

「そうだったかな?」

トボケる源太。


「所長さんとは長いんですか?」

「あの人がこの営業所に来たのが5年くらい前かな……。

 それ以来になる」

「感じの良い方ですね」


 そんな話をしていた時にノックの音がして、大久保が部屋に入って来た。


「ちょっと待っててね」

席に着いた大久保は、沼田に見えないように写真帳のページをめくりながら例の写真を探す。

何処かワクワクした感じだ。


「有りました。見せて良いんですね?」

「ええ、良いですよ。どうせ見せるつもりでしたから……」

大久保はその返事を確認すると机の上に写真帳を広げた。



そこには、まさに完璧としか言えないような、また源太の写真感がそのまま伝わってきそうな写真が一枚……。

――確かに今朝の桜だ――


沼田はその力に圧倒された後、目を大きく見開いて最初は遠目に、徐々に近づきながらその細部まで目をやった。

ただ、今朝の絵と根本的に違う事は見てすぐに解っていた。

その違いは「構図」である。


今見ている写真は沼田が最初に想像したとおり王道と呼べる構図で撮影されているが、今朝の構図は誰がどう見てもアンバランスな物だった。

その事が余計、沼田を惑わせていた。


「これが源さんの写真だ……。 すごいだろ?」

黙って肯く沼田。


「源さんは毎年、この時期になると必ずここに詰めるんですよね……。

 もう何年になるんです?」

「十年以上かな? これは十一年前の写真だ」


源太のその笑みに、この作品が源太の最高傑作か、それに近い作品だと沼田は確信した。


ただ、疑問を感じ続けていた沼田が、

「すみませんが、一つ、素人の質問をしていいですか?」

と話を切り出した。


沼田の顔を見る源太。


「いや、止めておきます」


少しプレッシャーを感じたのか?沼田が躊躇いそうになった時、


「良いから言ってみろ」

源太が少しニヤけた。



沼田は気を取り直したか、少し遠慮気味に、

「社長は今朝、どんなカットを撮ろうとしていたんですか?

 この写真、有る意味、完成してると思うんですが、

今朝の構図は意図的にずらしていた……。

 どんな意図があるんですか?」

と口を開いた。


「ここに通うっていう事は、まだ何かこの写真に足りない物があるからじゃ……」


多分大久保がこの写真を沼田に見せた本当の理由は、沼田と同じようにその理由が知りたかったのだろう。


「写真に100点満点なんて無いよ……」


源太のその台詞に解ったような解らないような複雑な表情で黙って肯く沼田。


確かに正論に思えるが、その台詞は源太の本心で無い事はその後の表情で解る。

源太は沼田の様子を見ながらニヤけてはいるが、その後、その事で口を開く事は無かった。


恐らく、「その答えは自分で見つけろ!」と無言で伝えているのだろう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ