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仮称「四季」  作者: 赤原 藤尾
開戦
18/19

第2章 「承ー2010年5月」 5 OFFICE E

 五             OFFICE E


 ゴールデンウイークが明けて一週間……、この日、遠藤は四日ぶりに自らが経営する事務所「OFFICE E」に出社していた。


 松下に多くの業務を任せているとはいえ、社長決裁が必要な案件や松下が苦手とする営業関連、金回りの判断は任せられない。四月以降、遠藤は週に一、二度のペースで出社していた。

 この日も朝から営業実績の報告、スタッフの稼働状況、今後の戦略確認を含めた営業会議に出席し、十三時からは経営戦略会議、十六時からは撮影スタッフのミーティングという予定が組まれている。現場を離れたとはいえ、“経営者”としての責任から逃げることはできない。

 

 ただこの日は色々な意味で特別だった。


 まず一つは、洋子と沼田を会社に連れて来ていたのである。


 洋子と沼田が来月から正式にこの会社の社員になる事が決まり、その顔見せの為で、朝礼の時に二人が正式に紹介された。洋子自身、学生時代の夏休みにここでアルバイトをしていた事もあって、古株の人間を中心に一部の社員とは面識があり、紹介の場は和やかな雰囲気に包まれていたが、沼田は周りの人間の殆どが初対面だった事もあって、緊張気味だった。


 そんな沼田の姿を冷静に見ていたのが、この二人の直属の上司になると同時に沼田の教育係にもなる松下だった。これまでに何度か会う機会が有って、沼田の()()()()()は十分に把握しているつもりだったが、いざ、上司として接するとなると話は別だ。特に初心者で一から教え込む必要がある事と、源太や洋子との関係の事も有って潰すわけにはいかない上、他の部下とのバランスを取るのも難しい。

 また、二人が実際にこの事務所で勤務する事になるのは源太の事務所が畳まれた後の話で、それまでの間は源太の事務所に”出向”と言う扱いになる為、中途半端に教育が()()()になる事も予想できるだけに厄介だ。


 結局、この日は松下自身も各会議に出席しないといけない事もあり、二人を「経理・総務課」の人間に預け、直接指導する事は無かった。二人のこの日は、入社に向けた事務処理に多くの時間が掛けられ、残りの時間は各部署の紹介など、社内のオリエンテーション的な事に使われた。


 もう一つの”特別な点”は朝礼直後から始まった”営業会議”の内容だった。


 その日の営業会議は”緊急会議”で、序盤から荒れた。


 今月度の営業実績の発表で営業担当者たちが口を揃えて言ったのは――「”T"案件の変化……」。


 事実上、日本の広告業界を牛耳る超巨大企業 ”T”……


 当然、コマーシャルフォト界で仕事をする限り避けて通れるはずのない”絶対的存在”だが、「OFFICE E」のような”小物”はその”T"と直接取引するための口座を持たない。その為、これまでは立川のような“口座を持つ事務所”を通して”T"の案件を受注せざるを得なかった。

 以前は立川自ら”T"の仕事をやっていた時期があったが、今では何故かブローカー業に徹していて、”T"の仕事欲しさに駆け出しのカメラマンが群がっているのだが、遠藤もその一人と思ってもらえれば良い。

 ”T"の仕事の中には立川に中間マージンを取られる関係上、単価的に割に合わないモノもあるが大口顧客が多く、メディアの露出も多い。ある意味、”T”の仕事をやれるだけで一種のステイタス性もあって宣伝効果も期待できる為、これまでは積極的に受けてきた。


 だが、ここに来て急に潮目が変わった。

これまで指名発注だった”T”の案件の全てが片っ端から“相見積もり”に変わったのだ。


 特に痛いのは京都に本社を構える大手下着メーカー ”Y"の案件……


 ここに関しては遠藤が独立して直後ぐらいからコンスタントに受注があり、15年以上の付き合いがあった。最近ではカタログ撮影は勿論、各種イベント、新製品のプロモーションの企画段階でお呼びが掛かる程、お互いの信頼関係は非常に強固で、遠藤に限らず、「OFFICE E」にとって”Yとの関係”は取引金額的には勿論、精神的にも”支柱”と言える。それだけに”Yの失注の可能性”は絶望感を与えるに十分な内容だった。


 恐らく今の半値ぐらいを提示しなければ”この仕事”は取れないだろう……


 遠藤はすぐに悟った。


――これは立川からの “Show The Flag” だ。


――今、俺は立川に試されている。

  「これからも俺についてくるつもりがあるのか?」

  「それとも、ここで縁を切るのか?」

   立川は、そう問いかけている――


 見積依頼の際、営業サイドは「値下げしてでも取りに行くべき」と主張している。


――この世界は”椅子取りゲーム”……椅子を失うと言う事は”退場”を意味する――


ふと、遠藤は学生時代に聞いた源太のセリフを思い出していた……


 競合他社も当然、同じ事を考えている。言ってしまえば”千載一遇のチャンス”で積極的に攻めてくるだろう。営業担当者たちは焦りを隠せず個々に声を荒げた。


――かつて、ここまで荒れた会議があっただろうか?――


 営業達は個々に自らの相場観を語り、”落とせる金額”を必死に模索している……


だが、それに “NO” と言ったのは遠藤だった。


――相手がどこまで本気なのか?――

――次にどんな手を打ってくるのか?――

――関係改善の余地は残っているのか?――


それが見えない以上、下手な手は打てない。長年の付き合いがあるからこそ、立川の性格もよく知っている。


――立川の立場で考えれば、俺を切っても何の損もない。

――むしろ「安く()()使()()()、文句を言ってきたら切ればいい」程度にしか思っていないだろう。


そう考えた末の判断だった。


「一度受注金額を下げると、二度と元には戻らない」


遠藤は営業サイドにそう告げた。


「これ以上、分が悪い状況になってまで立川と付き合うつもりはない」


「せめて、”Y"の案件だけでも……」


と食い下がる営業もいたが遠藤は首を横に振った。


 それが遠藤の結論だった。だがその代償はあまりにも大きい。この判断は事実上、「OFFICE E」が総売上金額の四分の一を失い、業績が確実に悪化する道を選んだに等しい。それ以上に精神的支柱を失う営業担当者たちからは、もはや“叫び”に近い声が上がっていた。

 遠藤は「当面、立川絡みの仕事は見込めない。新規顧客の開拓に注力してくれ」と指示するのが精一杯だった。だが簡単にこのマイナスを埋められるはずがない。


 会議室には重い空気が残り、誰もが言葉を失ったまま朝の営業会議は終わった。


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