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仮称「四季」  作者: 赤原 藤尾
開戦
12/19

第1章 「起ー 2010年四月」 11 大道栄作

 八             大道 栄作


               一


 沼田は源太の指示どおりに車を進め、大道邸の前へと到着した。塀の長さと重厚さだけで敷地の広さが常識外れであることが分かる。まるで小さな城郭のような威圧感に沼田は思わず息を呑んだ。無理もない。ここは日本有数の巨大企業を築き上げた創設者――大道栄作の豪邸。国内でも指折りの“本物の豪邸”である。

 源太の指示どおり、門の前に車を停めると、源太がひとり車を降り、インターホンへ向かった。何かを短く告げるとしばらくの沈黙のあと、重厚な門がゆっくりと開いていく。戻ってきた源太が軽く顎をしゃくる。

 車はそのまま邸内へと進入し、玄関前へ回り込んだ。玄関は、まるで美術館のエントランスのように広く、磨き上げられた石畳が淡く光を返している。車が停まると源太と遠藤が荷物を持って降りた。沼田は係員の誘導に従い、車を駐車場へと回す。その間も胸の奥のざわつきは収まらなかった。


「昔来た時と感じが変わってる。改築したのかな?」

「ああ、もう五年になるかな? お前が来たのはいつだっけ?」

「八年前かな? あそこの建物はあの時には無くて、確か池が有ったよな」

「ああ、よく覚えてるな」


 玄関の扉が静かに開き、和服姿の大道夫人――香が姿を現した。その所作は一つひとつが滑らかで、まるで空気ごと整えてしまうような気品があった。そのすぐ後ろには、洋服姿の家政婦が数名、控えるように並んでいる。彼女たちは一斉に深く頭を下げ、まるで舞台の幕が開くように、玄関の空気が変わった。


 源太たちも頭を下げながら中へと足を踏み入れた。香の容姿は見るからに上品だった。細い線の身体に控えめながらも確かな存在感をまとい、彼女が身につける和服はどんな布でも“高価なもの”に見えてしまう。その美しさは、貴子に負けない――いや、場合によってはそれ以上かもしれない。静かに微笑むだけで、場の空気が柔らかくなる。しかし同時に、近づきがたいほどの格もある。


「いらっしゃい。お待ちしてました」


 思っていたよりも接しやすい明るい感じで出迎える香。二人は少し照れながら軽く頭を下げた。


「あら、今日は渉さんも一緒なんですね。それにスーツ姿……」

「お久しぶりです。ええ、今日は少しお話が有りまして……」


 何かを悟ったのだろう。ただ、それを隠すように直ぐに笑顔を見せ、


「どうぞ、中に入ってください。主人も待ちくたびれてます」


冗談っぽくそう言って中に自ら案内した。


「お邪魔します」


 応接間に通された源太と遠藤は勧められるままソファに腰を下ろした。だが遠藤は落ち着かない。視線をどこに置けばいいのか分からず、背筋を伸ばしたまま、ぎこちなく膝の上で手を組んだ。この部屋に通されるのは、おそらく初めてなのだろう。

 壁一面の調度品、磨き上げられた床、静かに香る白檀――どれもが“別世界”の匂いを放っている。そして何より、部屋の一番目立つ場所に飾られた一枚の写真。源太が撮った”あの桜”の写真だ。全倍サイズに引き伸ばされ、明らかに高価な額装が施されている。その存在感は圧倒的で、遠藤は思わず息を呑んだ。


――こんな場所に親父の写真が――。


 居心地の悪さが更に胸の奥をざわつかせる。遠藤は落ち着かない様子で視線を泳がせた。


「いや、お久しぶり」


 大道の表情は最高に明るい。


「お久しぶりです」


 軽く頭を下げる源太だったが、少し表情が硬い。


「昨日の今日で済まなかった。今日しか空いてなかったもんでな」


 誰が見ても機嫌が良いのがわかる。風格が邪魔をしているが、鎧を外した大道の姿は返って無邪気に見えるのは不思議な話だ。


「渉君も久しぶりだな。どうぞ、どうぞ、座って、座って」


 大道の言葉も有って、ソファーに座る二人。


 香がコーヒーを持って部屋に入ってくる。


「いつでも気軽に来てくださいね。

 こっちは源さんや渉さんが来るの、大歓迎だから」


 そう言って笑顔で三人にコーヒーを出す香。


「源さんが来ると、いつもこの人、機嫌が良いの。

 娘は『毎日来てくれたらいいのに』なんて言うんですよ…」


「有り難うございます」


 源太が言葉少なげに感謝を伝える。遠藤も源太の笑顔を見て少しは緊張が和らいだようだ。

 頭を下げ、奥に引き込む香。


「その雰囲気からすると何か話があるみたいだが、ま、とりあえず、冷めないうちに……」


とお茶を勧める大道。


「今日はお仕事は?」

「たまたま休みを取っていたんでな。明日からは又、忙しくなる」

「いつまでも現役ですね」

「そうでもないよ、再発が怖くてな……」


その後、二人での若干の世間話のアドリブが続く。


 話が一段落したのか、


「じゃ、話の前に、写真を見せてもらおうか」

「ええ、では……」


 源太は三十年以上の間、大道の肖像画を撮り続けている。これは公式な物で、ホームページは勿論、各種資料、印刷物などオフィシャルに使う大道の肖像画は全て源太が撮った物だと思って良い。既にデジタルデータと社長室等で飾る物に関しては納品済みだったが、自宅で保管する物は未だだった為、この日に持ち込んだのである。

 納品が終わるとしばらく雑談をした後、香がお茶をもって部屋に入って来たが、空気を読んだのか、お茶を配ると何も言わずに部屋を出た。


「じゃ、本題に入るか……。あまり聞きたい話じゃないみたいだが」

「ええ、非常に申し上げにくい話ですが……」


 言葉を濁し、少し間を置く。お茶に手を伸ばし、一口飲むと、


「私事ですが……

 今年いっぱいで事務所をたたむ事になりまして、今日はそのご挨拶に……」



「引退ですか……」


 さみしそうな表情を見せる。


「ええ、私ももう歳ですし……」

「そうか……」


「大道さんには非常に良くしてもらって……

 本当に感謝しております。お世話になりました」


「ほんと、寂しくなるな。楽しかったよ」


 息を大きく一つ飲む大道。


「な、源さん……、

 こんな事を言うのも何だが、写真は引退しても、たまに遊びに来てくれんか?

ワシの話し相手になって欲しい」


大道の優しさがそのまま言葉になる。

 少し考えた後、大きく肯く源太。


「ありがとう」


 その言葉の重さを感じ取り、少し余韻に浸った後、


「こんな時に言うのもなんですが……」

「どうぞ……」


 大道には源太が今から言う事の大半は想像がついていた。


「コイツ、まだ半人前なんですけど、

 ご存じの通り、事務所を構えてるんですよ、私のより大きな事務所を……。

 言い難いんですが、コイツに何かあった時、相談相手になってもらいたいんですが……」


 頭を深々と下げる源太と、その姿を見て真似るように頭を下げる遠藤。やはり大道の予想通りだったようだが、源太のその言葉の裏の意味を考える。 単に引退するだけならこんなセリフはいらないはずで、その台詞に隠された物が何かを感じ取ろうとしていた。


「まるで源さんよりワシの方が長生きするような言い回しだな?」


「……」

「わかった。源さんの頼みは断れないな…… 渉君……」

「は、はい」


「何かあったら何時でも遠慮なく言ってきなさい。

 和夫君が亡くなった時、何もする事が出来なかった。

 ワシはそれが悔しいと思っている……

 遠慮はいらない。何かあったら親のように頼ってくれ」


「は、ありがとうございます」


 ようやく頭を上げる源太。遠藤はまだ頭を下げ続けている。


「最初からそのつもりで渉君を連れてきたんだろ?」


 大道が源太に微笑みかける。


「はい」


 源太は表情を変えない。


「渉君も頭を上げて…… 源さんも今まで通りに来てほしい、今まで通りに……」


 大きく肯く源太。優しさと寂しさ、そして悲しさが溢れる眼で大道が二人を見つめる。


               二


 帰るために玄関で靴を履く源太と遠藤の二人。それを見送るために玄関まで送る大道。香が奥から何かを持って急ぎ足で向かって来た。


「どうぞ、これ、持って帰ってください」


 香が源太に何かを渡す。


「どうも、いつもありがとうございます。渉も覚えてるだろ? あの()()()だ」


 香が渡した荷物の包み紙は遠藤の記憶にあり、大きく頷き最高の笑顔を見せた。


「あ、有り難うございます。子供の頃から、いつも美味しく頂いていました。

 実は、この()()()、親父が何処でもらってくるのか知らなかったんですよ。

 大人になってもこの味が忘れなくて……

 どこで売ってるのか探し回ったんですけど……

 ありがとうございます」


 遠藤がこの日一番の表情を見せ、その言葉に微笑む香。その姿を見てさらに微笑む大道。


「そうか……。そう言ってもらえるとお前も嬉しいだろ?」

「ええ」


 大きくうなずく香。


「では、ここで……」


 源太が頭を下げる。


「また来てくださいね……、必ず」


 香の台詞に対して大きくうなずく源太と遠藤。そのまま玄関を出る。


 寂しさを隠す為か、少し複雑な笑顔で大道と香は見送った……


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