それは将棋倒しのように
※暗く救いのないストーリーです。人によっては不快に感じるかもしれませんので、ご注意ください。
二階からガラガラと凄まじい物音がした。それは、わたしと夫のささやかな新婚生活が崩れ去った瞬間だった。
その日は、久し振りに二人そろっての休みだった。物音は、一階でお弁当の準備をしている段階で耳に入った。
火を止めてから階段を上がると、寝室の方から低いうめき声が聞こえた。起き抜けに向こうずねでサイドテーブルでも倒したかな。そんな楽観的思考でドアを開けると、思わぬ光景が目に飛び込んできた。
サイドテーブルを倒したのは合っていたが、理由は不注意によるものではなかった。
夫は、ベッドと横倒しのサイドテーブルの間に尻餅をつき、左手足をジタバタさせていた。そして、わたしの存在に気付くと、こちらを見ながら呂律の回らない口で何かを訴えようとしてきた。
これはいつもの悪ふざけではなく、ただならぬ緊急事態だ。瞬時にそう直感したわたしは、エプロンからスマホを取り出し、救急車を呼んだ。
それから数時間のことは、ほとんど覚えていない。ただ、その後の記憶から逆算するに、夫は救急隊員によって搬送され、わたしは医師の話を聞かされたあと、一度家に戻って入院に必要な諸々をそろえたらしい。
幸い、夫は今も生きている。ただ、右半身にまひが遺ってしまったため、退院後も定期的な通院が必要となった。そして、別の企業への再就職もせざるを得なかった。わたしも、パートタイムからフルタイムへ仕事時間を増やさなければならなかった。結果的に、以前に増して二人で過ごせる時間が減ってしまった。
この不条理な現実を、わたしは今も受け入れられずにいる。これは悪い夢で、朝になれば以前の日常に戻れるんじゃないか。毎晩、現実逃避でしかない淡い期待を胸に秘めて目をつむるが、そんな都合の良い魔法のような結果は、決して訪れない。
人間の本性というものは、災難に遭った際に如実に露呈するものらしい。一人息子である夫が可愛くて仕方ない義母は、夫の容態を知った途端、わたしが無理をさせたと決めつけて責め立てるようになった。この時ほど、結婚を期に同居しないで良かったと感じたことはない。
いずれは新たな生活を受け容れなければならないと、頭では理解しているつもり。でも、心の中にあるわだかまりは、まるで思春期のニキビのようにフツフツとわいてはわたしの気持ちを千々にかき乱し、いつまでも消えてくれそうにない。
こうも急に慌ただしい生活を送る羽目になると、どうしてもネガティブシンキングに陥ってしまうもの。きっと前向きな気持ちというものは、暮らし向きに落ち着きや余裕がないと生まれないのだろう。まあ、あくまで、わたしの場合だけかもしれないけれど。
世の中には、もっと大変な苦労をして生きている人達がいるのだから、あなたも頑張りなさい。こういう論調の励ましを見聞きする度に、そうだけど、そういうことではないんだよと言い返したくなる。そして、そんな心の弱い自分に嫌悪感をいだく。かといって同情されても、それはそれで困る自分がいるから尚更に厄介だ。
ああ、わたしは何がしたいのだろう。どうすれば良かったのだろう。この先どうしていけば良いのだろう。答えのない問いを、わたしは今日も繰り返している。