ナリはチョコレートが食べたい
このお話は本編とは別の世界線です。
永遠の3歳を楽しむナリをお楽しみください!
ことの発端は一ヶ月前に遡る。
「零ー!今日は何の日か知ってるかにゃ?」
二月十四日。私は課題をやっているという零の背中に声をかけた。
「ふんどしの日」
「いやいやいや!もっと他に有名なのあるにゃ!」
「んー?あー……バレンタインデーか……」
零はパソコンのカレンダーを見て、やっと思い出したみたいな声を上げた。あまり興味は無さそうだった。
「んで?なんだ?」
回転イスをくるりと回転させ、やっとこちらを向いてくれた。ちょっとムカついたけど、気持ちを静め、私はラッピングしたお菓子を手渡した。
「これ!女子皆で手作りしたんだにゃ。チョコチップクッキー!」
「へー……美味しそうだな。いただきます」
零は包みを開き、中に入っていたクッキーを美味しそうに食べた。
「お!美味しいな。チョコがいいアクセントになってる。ありがとな」
「やったにゃあ!皆で考えた甲斐があったにゃ!」
私が飛び上がって喜んでいるところに、零が声をかけた。
「一か月後、待ってろよ。ちゃんとお返しするから」
零はそう言って、また課題に取り組み始めた。その時は、お返しがもらえるだのチョコがいいだのと、騒ぎながら部屋に戻った記憶がある。
そして、その一か月後。私は、零の不在中に大変なことに気付いてしまった。
「猫って……チョコレート食べられなくないかにゃ!?」
昔猫を飼っていたから分かる。食べさせてはいけないものに、チョコレートがあるのだ。
犬や猫にとって、チョコレートは中毒症状を起こしてしまうものであり、最悪の場合死に至る。
「や、やばいにゃ……チョコがいいって言っちゃったにゃ……朝そういう話もしないで大学行っちゃったけど、もしかしたらあの時の話覚えてるかもにゃ……!ど、どうしようかにゃ!?」
掃除機を持つ手が忙しなく働いた。尻尾がゆらりゆらりと揺れる。
「いやそもそも……私って獣人族になっていることの方が多いにゃ。獣人族ってチョコ食べられるのかにゃ?猫と人間の間だけど……猫扱いかにゃ?人間扱いかにゃ?分かんないにゃ!そんなの気にしたことなかったにゃ!ソルンボルじゃチョコなんてなかったし……どうしようにゃ!?」
はにゃにゃ、はにゃにゃと言いながら掃除機をかけた。もしかしたらあまり埃が取れていないかもしれない。私はそんなことも気にせず、掃除機の電源を切った。
掃除機をかけ終わっても、あまりいい案は思い浮かばなかった。もう零がお返しを忘れているか、チョコ以外のものを買ってきてくれるのを待つしかない。
「でも……チョコレート食べたい……チョコじゃにゃくてもいいから、何かしら食べたい……甘いの欲しい……」
ソファの上に倒れこんだ。いつもそうやって倒れ込むと毛がソファに付くって零に怒られるけど、今日は気にしないことにした。何しろ一大事なのだ。
「そうだ。千里も犬なんだから、この前のチョコチップクッキー食べた時、何かあったかもしれない。行ってみよう!善は急げ、にゃ!」
寝っ転がると、いいアイデアが思いつくものだ。私は《異形》で人間の姿になり、千里の家に向かった。
千里の家の前まで来た。公園の梅の香りが風に運ばれて、いい匂いがした。
前に千里の家に行った時は、人間の姿で正面から入った。だが今日はアポなし。犬のことだから正攻法で行くと断られるはずだ。私は隠れて《異形》で猫の姿になり、屋根を伝って千里の部屋の上まで行った。
千里は窓際の机で勉強していた。頭を抱えているようで、先程からシャーペンが止まっている。
せっかくだし、驚かせてやろう。千里が分からなくて顔を上げたら、それが合図だ。
千里が顔を上げた!よし……
「にゃあ!」
「うわぁ!また猫か!?」
屋根から身を乗り出し、窓に張り付いた。足で体を支えているけれど、なかなかきつい。
「何してるんだ、猫。また落ちるよ」
「お、驚かせようと思って……千里!窓開けてにゃ!」
千里が渋々といった風に窓を開けた。私は勢いをつけて、千里の家の中に入った。私がくっつけていたのか、梅の花びらが部屋の中に入ってきた。千里はそれを手に取り「もう春なんだな」と呟いていた。
「ふー!落ちるかと思ってヒヤヒヤしたにゃ……にゃっと」
私はまた窓の縁に座り、千里と彼のノートを見た。三角比のようで、どうも分からなくて苦戦しているらしい。
「それで?何しに来たのさ、猫。わざわざ僕に会いに来るって、何かよっぽどの用でもあるの?」
「にゃあ。千里、今日ってにゃんの日か知ってるかにゃ?」
「僕が三角比を呪った日」
「そんにゃに言わにゃくとも……ちにゃみに、高校生ににゃったら三角関数っていうのが出てくるから安心するにゃ」
「何も安心できない。で、今日は何の日なの?」
「今日はホワイトデーにゃ!」
「今すぐ帰れ」
千里が強引に窓を閉めようとしだした。毛が窓に引っかかってとても痛い。
「いにゃにゃにゃにゃ!痛いにゃ!千里!ちょっと待つにゃ!」
「待たない。僕にお返しでもねだりに来たの?残念だけど僕は何も用意してないから。そんな理由で来たとか暇なの?」
「違うのにゃ!三角比教えるから今すぐ窓閉めるのやめてにゃ!」
千里はそれを聞き、やっと窓を閉めるのをやめてくれた。痛みから解放される。引っ張られたせいか、毛が何本か抜けてしまった。
「はあ……そんにゃに強く引っ張らにゃいで欲しいにゃ。めっちゃ痛かったにゃ」
「あっそ。で、お返しねだりに来た訳でもない猫は何しに来たの?」
「実は、今日零がお返しくれそうにゃんだけど……猫や犬ってチョコ食べられにゃいのにゃ」
千里はそれを聞いて、そういえば、みたいな面食らった顔をした。面白そうだと思ったのか、私のことを興味津々で見つめてくる。
「一か月前、私チョコ欲しいって言っちゃったにゃ!だから、同じ獣人族である千里に、前にあげたチョコチップクッキーが大丈夫だったか聞きに来たにゃ」
「チョコチップクッキー?ああ、前に詩乃がくれたやつか。形はあまり良くなかったけど、結構美味しかったな。僕は大丈夫だったよ、全然」
「そうにゃのかにゃ!?にゃら私も……!」
「でも、元々人間の僕が人間として食べるのと、元々猫のお前が獣人族だかなんだかで食べるのでは、話が違うんじゃないか?」
千里にそう言われて、確かに、と思ってしまった。千里はムカつくけど、たまに正論を言うから困る。
「猫が《異形》した時、体の中でどういう風に変化しているのかは知らないけど、体自体は人間でも中身は猫だったら……もしかしたら、体が受け付けないかもしれない」
「そ、それは困るにゃ……ど、どうすればいいかにゃ!?」
千里はうーんと考え込んで、何か閃いたように「あっ」と小さく叫んだ。
「月島零がチョコ渡すかどうか分からないのなら、最初から断ればいいのでは」
「それは嫌にゃ!」
「なんでさ。最初から見返りを求めてクッキー渡したの?」
「い、いや、そんにゃことにゃいけど……女子はにゃんだかんだ期待しちゃうものにゃのにゃ!」
千里はそれが分からない様子だ。呆れたのだろうか、千里はため息をついた。
「なら、他を当たりなよ。僕が言えるのはそれだけだ。もっと、料理が得意な……土屋美波とか」
「確かににゃ。じゃあ早速……」
私が帰ろうとしたのが、ビビッと来た痛みで止められた。千里が尻尾を引っ張ったらしい。
「いたっ!にゃんだにゃ、今から美波の所に……」
「待て。三角比教えてもらってない。教えてから行け。そういう約束じゃんか」
「ええー……まあ、言ったからいいけどにゃあ……」
結局、私は千里に三角比を教えてから聞きに行くことにした。千里が自力で出来るようになった頃には、日が傾いていた。
「にゃ?も、もうこんな時間かにゃ!?美波に聞く時間がなくなってしまったにゃ!」
「ふう……癪だけど、猫。分かりやすくて良かったよ。ありがとう」
「それはよかったにゃ。でもこんな時間ににゃっちゃったし、もうすぐ零も帰ってくるし……うーん、家で電話しようかにゃ」
「あっそ。じゃ頑張りなよ」
千里はそう言ってすぐに窓を閉めてしまった。なんともつれない奴だ。
でもそうのんびりしていられない。私は猫の姿のまま、屋根を伝って家に帰った。
梅の香りが、急ぐ私の心を癒してくれた。
家に帰ると、まだ零は帰っていなかった。それで私は急いで美波に電話してみた。
「え?ナリちゃんがチョコ欲しいって前に零くんに頼んだけど、チョコが食べられるか分からない?うーん、確かに猫はチョコ食べちゃダメって言うよね……不安だったら、チョコ、食べないでみたら?零くんには申し訳ないけど、ちゃんと謝ったら許してくれるよ。他の人にも聞いてみたら?」
その流れで、私は陽斗にも電話した。
「チョコか、なるほどね……零がチョコをくれるだなんてまだ決まってないけどさ、せっかくの好意を無下にしちゃいけないよ。うーん、でもアレルギーみたいなものだもんね……零だって気付くんじゃないかな?ナリが食べちゃいけないものだって。零って細かいところにも気付く人だから、分かるんじゃないかな。他の人にも聞いてみたら?」
次に私は、詩乃に電話してみた。
「チョコね、ふーん……ネットで調べてみた?もしかしたら何か分かるかもしれないよ?うんうん、もう調べた?何も出てこない?じゃあ諦めなよ!零ってあの零だよ?鈍感なんだから、チョコ食べられないなんて気付かないって!んじゃ、める写真撮影があるから!じゃねー!」
結局四人の話をまとめると、チョコは食べない方が良い、ということになる。
「まじかにゃ……チョコかなって楽しみにしてたのににゃ……」
私はまた獣人族となって、ソファの上に寝っ転がった。もう日は暮れ、烏がカーと鳴いていた。
「ああ……チョコぉ……チョコじゃないならいいけど、チョコなら断らないと……そもそも忘れていたら私悲しいにゃ……」
そんな風に呟いた、その時。
「ただいまー。ナリー、いるかー?」
零が帰ってきてしまった。いつもなら喜んで出迎えるのに、今日は気が乗らない。ため息をつきながら玄関に向かった。
「おかえりにゃ、零……」
「なにそんなに落ち込んでんだよ。ナリ、今日は何の日か知ってるか?」
「ホワイトデーにゃ……それが何か……」
そう言いかけた私の手の平の上に、何か軽い箱を載せた。見ると、プラスチックの箱の中で、何枚かのクッキーが黄色い緩衝材に優しく包まれていた。
「これは……」
「バレンタインのお返し。お前、自分がチョコ食べられないの、知らなかっただろ。普通のプレーンクッキーだから、お前も食べられると思うぞ」
なんと嬉しいことか。零はちゃんと気を配っていたなんて!私はなんで零を疑ってしまったのだろう。
「やったにゃー!すっごく嬉しいにゃ、ありがとう零!」
「良かったよ。すぐ夕飯にしよう。あとで食べろよ、それ」
「分かってるにゃ!やったー!バレンタインデーのお返しもらえたにゃー!」
夕飯の後食べたけれど、素朴で甘くて美味しかった。もらえないか食べられないかを考えていたので、嬉しいサプライズだった。なんと素晴らしい日だろうか!
「ところでさ、お前チョコチップクッキー作ってたじゃん?」
「にゃ?」
「その時に味見とかしなかったのか?試作食べたりとか……」
「試作、食べたりにゃ……?」
零の言葉によって、一か月前のことが思い起こされる。美波の家で、女子全員でチョコチップクッキーを作っていた時だ。
「ナリちゃん!ちょっと食べてみてよ、チョコが甘くて美味しいよ!」
「ほんとかにゃ?あむ……ほんとだ、チョコチップが美味しいにゃ!」
その時、美波に試作を食べるよう言われた。その時は今のように獣人族で、それでいて私は……
「チョコ食べたにゃん!!」
盲点だった。そもそも作る段階で大丈夫だったなんて!
隣で零は爆笑している。私の顔が面白かったのか、私の今日の話を聞いたうえで面白かったのか。
最初から気付けばよかった。これを報告するのも恥ずかしい。ああ、なんてサプライズが多い日だろう!
後日、零は改めてチョコを買ってきてくれた。とても甘くて美味しかったけど、十四日に感じた私の恥ずかしさは未だに消えていない。なんというか、心配して損したというか……
零は私が恥ずかしいと思っているのを未だに笑っているみたいだ。零が話したようで、千里にも笑われたし。今年のホワイトデーは、なんとも恥ずかしい思いをした。春の風を浴びながら、そんな風に思った。
ハッピーホワイトデー!
ホワイトデーに男性が女性にお返しをするのは世界じゃ珍しいらしいですよ。
1年ぶりのナリ番外編更新です。まだ小説を書く感覚を思い出せていないので、しばらく番外編を書こうと考えています。
不定期更新になると思いますが、お付き合い下さい。よろしくお願いします!
朝那月貴




