毒舌メイドと暮らします
僕はいつだって平穏な日常を求めている。
誰かに邪魔される事無く、他人に必要以上に関わる事もしない。それが僕の主義だ。
出張ばかりであまり家に帰ってこないキャリアウーマンの母親は、僕にとっては悪いが都合のいい事情だった。
そうして、僕はいつものように一人きりの下校で、家にたどり着いた。そして、いつものように玄関のドアの鍵を開けて扉を開くと…
「お帰りなさいませ、ご主人様……って、今時こんな典型的な挨拶で喜ぶのは、ご主人様くらいです」
家に帰ると、
――メイドさんがいた。
◆ ◆
カップに紅茶が注がれる音と匂い。
カップとその下に置かれた皿の擦れる音。
そして、僕の目の前にそれは置かれる。
「紅茶です。私もご主人様の好みを逐一把握する程暇では無いので、キッチンにあったアールグレイを勝手に淹れさせて頂きました」
「えっと……」
「好みには合いませんでしたか? 出したらほかの物を用意いたしますが」
メイドさんは一切表情を変えずに、そう言った。だけど、僕の疑問点はそんな所じゃない。
「いや、それは大丈夫なんだけどさ……」
「でしたら何がご不満ですか? 」
「その……君は誰? 」
思い切って、質問してみた。もしかしたら新手のそういう詐欺とか、本当は僕は今監禁されていたのかも知れないとか、というか夢なんじゃないかとか色々不安はある。
「私の名前は和泉藤花です。本日からこの家でメイドとして働かせて頂くことになりました。身長は160㎝、体重は44.5キロ、胸のサイズはB……初対面の相手にバストサイズを答えさせるとか、やっぱりご主人様は鬼畜ですね」
「君が勝手に言ったんじゃないか! 」
僕はどんな人間に見えてるって言うんだ。
いやいや、それよりも閑話休題。
「……えっと、君はどうしてここにいるのかな」
「逐一説明しなくてはいけませんか? 」
メイドさんは面倒そうにそう答える。
そもそも、常識的に考えてこの状況に普通に順応出来る方が異常だと思うよ。
玄関のドアを開けたら口の悪いメイドさんがいたという状況に出くわした事がある有識者が居たら、僕に教えて欲しい。
「私、家出をしたんです」
声のトーンは一定のままで彼女は答えた。
「家出? 」
「はい、そうして雨風を凌げる所を探していた所で、ご主人様のお母様と出逢いました」
「母さんと? 」
「ええ、そして、この手紙を渡して欲しいと」
メイドさんは胸の谷間に手を入れる。そして、そこから手紙を取り出した。
なんでそこから……。
よくよく見ると、彼女の着てるメイド服のデザイン、露出は少ないけどラインがしっかり出ているからか、ドキドキしてしまう。
「今、変な事を考えていましたね。気持ち悪いです。死んでください」
「か、考えて無いって! 」
「ですが、私はご主人様のメイドなのでご主人様が命令すれば、恥ずかしい事もしなくては行けません」
「頼まないよ! 」
僕はどんなキャラに見られてるのだろうか。
それよりも、手紙の方を確認しないと。
僕はメイドさんから手紙を受け取って、開いてみる。パッと見た感じそんなに濃い文章ではなさそうだ。
『急で悪いけど、今日から仕事で海外出張しなくちゃいけなくなったの。あんたのお世話はそこのメイドさんに任せておくわ。んじゃ、そゆことで、よろしくー 母より』
……。
そんな軽いる感じでよろしくって言われましても……。
確かにうちの母親は、バリバリのキャリアウーマンで、軽い出張で家に帰って来れない日もしばしばあったけど、海外出張は初めてだ。しかもメイドさんがお世話してくれるみたいな事がかいてあったけど、このメイドさんただの家出少女じゃないか。
というか、これって誘拐とかになるんじゃ?
「い、今の家に君の家に連絡した方が! 」
「……私の家なら問題はありません」
「でも、親御さんとかが心配するんじゃ……」
「しませんよ」
メイドさんはきっぱり言った。
それは、家に帰りたくない家出少女の嘘という感じでもない。ただ、僕の席の横で人形の様に立っている。
「ですからご主人様が、この家に滞在する事を拒むのでしたら、私の家はこれから学校の視聴覚室の隅になります。ご主人様のせいで、私に面白くもない教材用のビデオを毎日見無くてはいけませんが……まぁ、仕方ないですね」
「脅迫をするな! そして、家出をするにしても滞在場所はもっと候補がある筈だ! 」
確かに面白くもないのは分かるけどさ。
すると、彼女は少し目線を下に下げた。
「ですから……その……」
彼女の声が初めて、一定のトーンから外れた。それは人形の様に静止していた彼女の人間味を初めて感じさせたものかもしれない。
……別に同情した訳じゃない。
そもそも母さんが決めた事を破るわけにも行かないし、家事をしてくれると言うならもってのこいだ。
僕は手を伸ばして、目の前のカップを手に取った。そして、一気に全部飲み干した。
「ご、ご主人様? 」
まだだいぶ熱くて、舌が火傷するかと思った。結構後悔してる。いや、本当に。
飲み干した僕は彼女の方を向いた。
「この紅茶、美味しかったから……明日も、お願いしていいかな? 」
彼女は目を見開いた。どうやら驚いた様だ。そして、それから数秒した後、瞬きをした。
「何ですかその回りくどい言い方、そんなんじゃ恋人どころかご友人すら作れませんよ。……けど、ありがとうございます」
彼女の頬は少し赤く染っていた。
「そういえば、名前を名乗って無かった。僕の名前は、最上雪。最上川の最上に天気の雪」
僕が名乗ると、彼女はいつもの鋭い目付きに戻って言った。
「ナヨナヨしたご主人様らしい名前ですね。雪ちゃんとでもお呼びしましょうか? ……なんて、冗談ですよ。これからよろしくお願いしますね、ご主人様 」
かくして僕は、この毒舌なメイドさんを雇うこととなった。平穏な日常へからは、かけ離れた生活への路線変更が余儀なくされた。