第八十一話 屋敷 その2
予定通り更新です。
物がぶつかり合う音が周辺に響き渡る。
繰り返し起こるぶつかり合う音は、硬い木の音である。
所謂木剣と言われる訓練で使用される剣の形を模した木である。
カンという音が響くこの場所は、訓練場であり、ジュンの屋敷の地下二階のスペースである。
「はぁはぁはぁ。」
「もうバテましたか?」
「くっ!まだまだ!」
ジュンの煽りを受けて、ビアンカは木剣を持ち直してジュンへと向かっていく。
そのまま勢いを利用した刺突をジュンへと繰り出したビアンカ。
ジュンはそれを躱すと、ビアンカに攻撃しようと斬りつける。
それを感じたビアンカは予測していたであろう動きを持って、剣先を引っ込める事なく、そのままジュンへと斬りつけ、ジュンの身体へと木剣が吸い込まれる。
「あぶな!」
その瞬間、ジュンの身体はビアンカの後ろへと移動していた。
「もらった!」
それも予見していたのか、ビアンカは斬りつけた勢いで反転してそのまま横薙ぎでジュンへの身体へと再度斬りつける。
再度の斬りつけは今までとは違い二段階ほどスピードが上がっており、遂にジュンの身体を捉えるかと思われた。
「甘いですよ。」
再度の木剣の重なる音がした後に、床に転がる木剣の音が響いた。
「参りました。」
渋々という感じで降参の言葉を使うビアンカの手には木剣は無い。
ジュンによって叩き落されたのだ。
「今のどうやったの?またスキルを使ったのね?」
「そんなに怒らなくても良いじゃないですか?」
「【瞬間移動】のスキルは本当に厄介ね。ズルい!」
ジュンはスキル【瞬間移動】を多用して避けてビアンカを翻弄したと思わせている。
実際は、ビアンカのレベルを大きく超えて、基礎ステータスが大きく開いた結果、スピードで圧倒しているのだが、ビアンカにそれを打ち明けられずにいる。
「まぁまぁ。落ち着いてください。」
激昂しそうなビアンカを見てジュンが宥めに掛るが、ビアンカは益々感情を昂らせる。
「落ち着けるわけないじゃない!」
ビアンカは剣で生きて来た人間である。
武技も所有しており、この都市国家オヒューカスでは一番の実力であるとの自負がある。
なのに、ジュンに一太刀も入れる事が出来ない現状を許せないでいた。
ジュンに対して気に入らないというよりは、自分の弱さに腹が立っている。
ズルいと言葉にしたが、ジュンが手に入れたスキルであるので、本心では無い。
自分の焦りを誤魔化す言葉でしか無いのだ。
つまり、お互いにすれ違いを起こしているとも言える。
ビアンカもジュンの能力であるのでそれが気に入らない訳じゃない。
ジュンは意識するあまり、ビアンカの自尊心を傷つけるのと、自身を化け物扱いされたくない気持ちで基礎能力しか使っていない事を言えない。
ある意味でくだらない。
ある意味で考えさせる。
不思議なすれ違いを起こしている。
二人は他人の事ではなく、自分自身の事で悩んでいるのである。
「すいません。」
「何で、謝るのよ!もう良いわ!」
なので、こうなる。
ビアンカは肩を怒らせたまま訓練場を出て行ってしまった。
ただ、それを茫然と見つめ、何がビアンカをあそこまで、怒らせてしまうのか分からないとジュンは思うばかりである。
「また、怒らせてしまった。」
前は、ワザとビアンカの攻撃を受けるという手段を用いて、それを見抜かれて怒られているジュンは、どの様にしたらビアンカを怒らせる事にならないで済むのかを考えたが、結論は今先ほど出た訳だ。
「ジュン様。次のご準備を。」
「そうだった。リク君、教えてくれてありがとう。」
感謝を従者のリクに返す。
リクはジュンの従者として秘書の様な役目を今は請け負っている。
リクもメイド達と同じ様に継続してジュンに仕える事になった一人だ。
ジュンは訓練場である地下二階のスペースの中に有るシャワー室へと向かい汗を流した。
このシャワー室はこの世界では建築神ヘパイストスの考えたモノとされており、そこまで普及しているモノではなく、ダンバル一家が独占している製品の一つとなっている。
ザバルティ経由によってこのジュンの屋敷に設置された。
次に向かったのは地下一階を越えて地上一階の食堂だ。
「ちょっと、何か食べたい。」
「はい。先程リクさんよりお聞きしており、準備が出来ています。」
メイドのメアリーが用意してくれたのは【おにぎり】と【うどん】である。
これもザバルティ経由で手に入れた物だ。
ザバルティはシャルマン商会長のラムザと組んでは、色々なモノをこの世界で再現しているらしく、多数のレシピをジュンへと公開しない事を前提にして渡してくれている。
「おぉ。すっごく美味しそう!」
目を輝かせて出された料理を見るジュンを見てメアリーは微笑む。
自身の国の勇者であり、名誉公爵になった自身の主人の喜ぶ顔をみるのが好きなメアリーは母性本能をくすぐられている様子がある。
本人はイマイチ気がついた様子はないのが難点ではあるが。
「ふふふ。お口に合えば良いのですが。」
「うん。美味しい。いつもありがとう。」
「いいえ。お口に合った様で、良かったです。」
メイドであるメアリーとグロリアは他の見習いの元孤児達を指導する立場であり、この家にはまだ執事が居ない為、リクと共に切り盛りを任される存在でもある。
その為、従者も一緒に住むという決断をしたジュンに満足してもらえる様にと、日々料理等の家事関係を二人は交互に分担しおこなっている。
近いうちに、専属の料理人と執事を用意するとジュンは言っているが、その間の料理はメアリーが担当する事になって、レシピと食材をザバルティ経由で貰って以降は日々研鑽を積んでいる。
「本当に、美味しかった。じゃあ、いってくるね。」
「はい。お気をつけて。」
「「お気をつけて。」」
二人のメイド見習いを従えたメアリーに見送られ、ジュンは屋敷を出たのであった。
次回更新は
明日、2021年8月9日(月曜日・祝日)20時
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