第七十一話 鏡の世界 その2
川を流れる水の音と、風が吹き抜ける音に、木が囁く音だけが流れていく。
自然を満喫している。と言えばそうだが、今はそれが目的ではない。
アンジェラ王女殿下の父上と母上を探しているのだ。
それも異空間と呼べる場所を。
「何をキョロキョロしている?」
僕が周辺を伺いながら歩く様子を不審に思ったのか、ビアンカ様が聞いて来た。
「いや、何か変なんですよね~。何か感じませんか?」
「変?特に何も感じないが?」
ビアンカ様は特に何も感じないらしいから、僕の気の所為かもしれない。
「変ですか?たしかに様子がオカシイ気はしましたけど、私が城から出る事が少ないからそう感じるのかと思っていました。やはりオカシイですよね?」
「はい。何がと明言する事は出来ないのですが、この空間はオカシイと思います。まぁ、異空間なので違いが有っても不思議では無いですけど。」
アンジェラ王女殿下は僕と同じ様に感じていた様だ。
「アンジェラ王女殿下まで。」
とビアンカ様は驚いている。
「とにかく、その正体というか、原因が分からないし、その所為で危険かと言われると分からないので、気にする事では無いかもしれませんけどね。」
「そうですわね。」
分からないモノは分からない。
危険であれば、気にしなければいけないけど、危険を感じる訳では無い。
違和感が付き纏うが、現状では解決策が無いし、優先すべきはアンジェラ王女殿下の両親を探す事の為、今は頭の片隅に追いやる事にした。
「それにしても、結構歩きますね~。」
「そうですわね。まだまだ見えませんわね。」
僕等はこの空間の住人らしき人から教わった集落へと向かう為の目印となる川を下っている。
見渡す限り、平野と川しか見えないのだ。
「まぁ、もう少し歩けば見えるんじゃないかな?」
そんな軽い気持ちで歩き続けた。
◇◇◇◆◇◇◇
「かれこれ三時間位は歩いたハズだが。」
ビアンカ様の言葉に僕もアンジェラ王女殿下も頷いた。
「教えて頂いた場所は遠いいのかもしれませんね。」
「そのようですわね。」
辺りは川と平野に森が加わった状態だ。
もしかすると森の方にあるのかもしれないし、今は見えないだけかもしれない。
「とにかく、進んでみましょう。」
「はい。」
僕等は進むしか無い。
例え、間違っていたとしても手掛かりはそれしかないのだから。
それから二時間進んでも集落は見えてこなかった。
森が後ろになり、日が傾いて来た。
「今日は、ここで野営をしましょう。」
「そうですね。では僕は燃えるモノを集めてきますね。」
野営準備を始めて三人揃って休む。
「それにしても、お腹が空きましたね~。」
「はい。ですが動物は見つける事は出来ません。それに、この辺りでは木の実や果実も見つけるのは難しいでしょうね。」
「今日は水だけで我慢しましょう。」
「それにしても魂の存在になっているハズですのに、お腹が空くのは不思議な事ですね。」
「そうですね。」
アンジェラ王女殿下の言う様に、異空間でも魂としてこの空間に来ているので肉体は無いハズだ。
なのに、お腹が空くし、喉が渇く。
「それに動物も魔物も居ないですね。」
「はい。こうなると、あのディエゴと名乗った人はどういう方なのでしょうか?」
「異空間の人?ですよね?敵対する必要が無かったので、聞いた通りに僕達は動いていますけど。」
この空間の事で分かるのは鏡の世界という事だけだ。
そして、魂だけでこの空間に来ているのだが、肉体がある様に存在しているという事だ。
夢の中の世界とでも言えば良いのだろうか?
「それより、ザバルティさんからん定時連絡が無いのも気になりますね。」
向こうの世界から定時連絡をしてくれる事になっている。
一時間毎にくれる事になっているのだが、今の所一度も無い。
つまり、向こうの時間では一時間も経っていないのか、それとも連絡が取れない環境になっているのかのどちらかであるという事だ。
時間の進み方が違うという事は、ある意味で僕等にとって都合が良い。
現実世界では僕等の体があり、生きているのだから。
だが、不具合が生じていて連絡がないのは良い事では無い。
そんな事を考えていると、不意に頭の中に言葉が届いた。
『とりあえずは、無事な様だね。』
ザバルティさんの声だった。
僕はもちろんの事、アンジェラ王女殿下もビアンカ様も安堵の表情になる。
『一時間たったが、進展はあったかい?』
「今は集落を探して歩いています。」
その他、この世界の住人らしき人であるディエゴさんの事等、状況報告を含めて話をした。
『なるほど。やはり簡単にはいかないか。わかった。とにかく十分注意して行動してくれ。また一時間後にといってもそちらではかなり時間が経つようだが、また連絡する。』
ザバルティさんとの定時通信を終えた僕等は、念の為順番に休む事にした。
精神世界だというのに、眠気や疲れを感じるのは不思議だが、睡眠をとる事にしたのだ。
◇◇◇◆◇◇◇
『このままでは、彼らの任務の成功確率は20%をきります。』
『そこまで低いか。やはり介入しなければダメか?』
ザバルティは深く息を吐いた。
目の前には三人の体が横たわっており、その向こうにはこの都市国家オヒューカスの王と王妃が寝具の上で横になっている。
それを見渡し、ザバルティは覚悟を決めた顔になる。
『では、ギンチヨを呼んでくれ。時間は少ない。』
『かしこまりました。』
ザバルティは近くにいたメイドに声を掛けた。
「間もなく、私の仲間が一人この城に来る。【ギンチヨ】という者だ。ここへの案内を頼みたい。」
「か、かしこまりました。」
メイドはビックリした様子を見せるが、直ぐに頷き、部屋を出て行った。