第五十四話 目を開けよ。
予定通り更新。
僕は目を開いた。
さっき迄、薄くぼけていた視界はくっきりと良好だ。
って、僕は息を止めた。
目の前に見えるのはミノタウロスが僕へと振りかざした斧が頭の少し上に来ているからだ。
「クッ!」
僕は目を強く瞑る。
『何してんの?ちゃんと目を開けてよく見てごらんよ。』
その声に従って目を開けると、先ほどと寸分違わぬ位置にミノタウロスの斧があり、ミノタウロスの体も見えた。
?
おかしい。動く気配が全くない。
それでも、先ほど味わった恐怖が脳裏を過り、その場から横にズレた。
『本当に何やってんの?見たら分かるでしょ?止まっている事ぐらい。』
止まっている。
だけど、どうやって?
『もう、鈍いな~。時を止めたんだよ・・・僕がね。』
時を止めた?
そんな事が出来る存在なんて居るの?
「誰なんだ?」
『誰?君の目の前に居る僕だよ。』
さっき迄は見えていなかったその存在をようやく僕は感知し、視界に入ってきた。
その瞬間から、僕の体は震えに震えた。
圧倒的存在感。
認識していなかった先ほど迄には感じなかった存在。
なのに、一度認識してしまうとその暴力的なまでの存在感によって、僕の体は震えていた。
心の奥底からくる畏怖。あまりにも隔絶した格の違いを感じて、体は僕の意志とは関係なく頭を垂れそうになる。体が、細胞の一つ一つがその存在を理解し敬おうとする様な感覚。
『あっ、ごめん、ごめん。久ぶりに人の前に現れたから、忘れていたよ。』
『パチン♪』とその存在は指を鳴らした。
すると、さっき迄の圧倒的存在感は消え去り、僕は圧迫感から解放された。
『うん。これで大丈夫かな?』
僕は、頷く。
『それにしても、君は弱すぎるね。』
その一言で、僕の心は抉られた。
その通り、僕は弱い。それを改めて痛感させられた。反論のしようが無い。
『せっかく、トヨちゃんのお気に入りが来てくれたから、楽しんでもらおうといつもより強いのを用意したのに、予想外だったよ。』
「うっ、すいません。」
少し調子に乗っていたのかもしれない。
ちょっとばかり強くなったから、油断していたのかもしれない。
正直言えば、なんで勝手に強い敵を用意するの?という思いもあるが、事実は事実として受け入れる方が良いだろうと思った。
『うんうん。良い心掛けだね~。』
やっぱり心を読んでいるんだな~。心がダダ洩れかぁ~。
まぁ、神様なら仕方が無いか・・・神様?!
「すいません。神様なのですね?」
『そう、君達の様な人族は僕みたいなのを神様と呼んでいるね。まぁそういう存在であるのは間違いないね。僕の名前はテティス。トヨちゃんの友達であり親友だよ。』
そうやってエッヘンと胸を張るおかっぱ頭の少女の様な姿をしておられ、髪は金髪で蒼い目をしており、フランス人形姿に日本人形の雰囲気を持った感じと言えば良いのだろうか?整った顔立ちは美少女然としており、神々しさを纏っている。
『ふむふむ。微妙ではあるが、誉めてくれている感想の様だね。見る目があるじゃないか。』
まんざらでもない様子を見せる女神テティス様。
今にも鼻歌を歌いそうになっている様子は正しく少女と言えなくもない。
『うん。そうだ。良い事を思いついたよ。』
「な、なんでしょうか?」
名案!と書いてありそうな顔になる女神テティス様。
僕は一抹の不安を抱いた。
『その前に質問なのだが、君は強くなりたいかい?』
「そ、それはもちろん強くなりたいです。」
この世界は物騒だ。
すぐそこに死がある世界だ。
それにしたい事も出来た。強くなれるのであれば、強くなりたい。
『うんうん。良い心掛けだね~。トヨちゃんが見込む事だけはあるね~。そこで提案なんだが、僕の試練を受けてみる気はないかい?』
「試練ですか?」
『そう試練。僕が与える試練はスキルを手にする事が出来る。代わりに経験値は手に入らない。つまりレベルアップはしない。というモノだ。』
「もちろん、受けたいです。ですが・・・。」
『その心配は無用だよ。時間は止まったままだ。正確に言うと、その場所に入るとここの世界とは隔離される。よって時間の経過は起こらない。隔絶された空間に試練場があるんだよ。だから、例え、そこで何百年を過ごそうがこの世界の時間は動かない。だからそこは気にしなくて良い。』
時間の経過の無い世界へ行くという事か、だから時間の経過は気にしなくて良い?
あれ?それは夢の様な話じゃないか?
『うん。そうだね。その面では確かに夢の様な話だね。だけど。』
「だけど?」
『僕の試練はクリアしないと、出て来られない。例え出て来れても心が壊れてないとは言えないね。なにせ、クリアするまで何年でも何百年でもそれこそ何億年でも出てくる事が出来ないからね。それでもやるかい?』
ニヤリと挑戦的な笑顔を作る女神テティス様。
僕は一瞬、躊躇う。
『あぁ、そうそう。僕の試練を乗り越えたら、ミノタウロスも余裕で倒せる存在になれるだろうね。』
やらなければ、やられる。
そんな環境の中で僕は死にかけた。
死を覚悟した。
これから先の事を考えて、ド素人の僕がこの世界で生き残る為には、強さが必要であると思う。少しでも強くなれるかもしれないのなら、一か八かで賭けてみるのも悪くないと思えた。
だって、死にかけたのだから。いや、死んでいたのだから。
「わかりました。よろしくお願いします。」
僕は覚悟を決めたのだった。
次回更新は、
明日、2021年6月6日(日曜日)20時
よろしくお願いします。