第五十三話 咆哮と強者。
予定通り更新。
『咆哮』
猛獣などがほえたける事。
獲物や敵と認定した者を見た時に、猛獣が行なう行動の一つ。
咆哮を浴びたモノは恐れを抱き、立ちすくんでしまう。
強さの差があればあるほどに、その効果は絶大である。
僕は今まさに、その『咆哮』を浴びている。
猛獣ではなく魔物であるミノタウロスの『咆哮』を受けている。
恐ろしさが体を硬直してしまいそうになる。
僕は、この目の前の魔物より弱いのではないか?
今この場所に置いて、僕は狩られる側であると強く認識してしまった。
どうする?
ミノタウロスはその右手に大きな斧を持っている。
所謂、ミノタウロスの斧だと思う。
あれが僕の頭をカチ割るイメージしか湧かなくなっていく。
少しずつ、ほんの少しずつだが、僕の頭は負けるイメージが覆っていく。
死のイメージが振り払えなくなっていく。
自然と、体は震えだす。
死は怖い。古の武将たちは死人という概念を持って戦に臨んだと聞く。
でも、僕は現代日本人。そんなモノは無い。
やらなければ、やられる。
それだけが、僕の頭に最後に残った言葉だ。
生死与奪の権利を相手に渡してはダメだ。
僕は、自分を奮い立たせる。
「うぉぉぉぉ!」
僕は足に力を入れる。
震える足は中々言う事を聞いてくれないが、何とか飛び出せると思えた。
ミノタウロスの眼光は僕を逸らさない。
強者の余裕なのか、僕を見ているだけだ。
僕は足に力を入れて、クサナギを構える。
やるしかない。と自分の心に叫び続けながら、僕はミノタウロスへと飛び込んだ。
「うぉぉぉぉ~!」
正面からの突撃。
『グォォォォ~ン!!』
ミノタウロスは改めて咆哮を放つと右手を振りかぶっていた。
現代知識を考えて、ミノタウロスはパワータイプ。
スピードは僕の方が勝るハズと考えていた。
そのまま、突き進むが、左脳の奥からチリチリとした感覚を受ける。
チラリとミノタウロスの右上腕を見ると筋肉が割れんばかりに盛り上がっていた。
その瞬間に、マズいと感じ前に出ていた左足の向きを変え強引に右へを進路を変えた。
流石に無茶をした動きをしたという感覚を覚えた瞬間に僕の体は地面に倒れ込む。
それと同時に『ブン』という音が聞えた。
前転をして顔を上げると僕の頭を過ぎ去っていった斧と右腕が見えた。
ミノタウロスの見た目から想像していた重たいイメージと遅い動きのイメージはその時に瞬時に消えた。
確かに、ミノタウロスの体はスピードを求める為の筋肉ではないとは思う。
しかし、一撃という攻撃力がパワーのみで形成されているという考え方は間違っていたのだと痛感させられた。
圧倒的パワーから放たれた右腕の振り下ろされるスピードは圧倒的スピードを持っていたのだ。
僕は慌てて追撃を受けない様にとその場から飛びのく。
その考えは間違っていなかったらしく、僕がさっき迄居た場所にミノタウロスの斧が深々と刺さった。
『ドコンっ!!』
すぐさま刺さった斧を引っ張りだしたミノタウロスは嗤った。
いや、嗤った様に見えたのだ。
そこからは、一方的にミノタウロスの連続攻撃が続いた。
圧倒的パワーから放たれる圧倒的スピードを持ったミノタウロスの斧は『ブン!』という音が僕の耳には遅れて届く。
そして、僕の体にはミノタウロスが腕を振るうた簿に、少しずつだが紅い線を刻んでいく。
「くそっ!」
僕はクサナギを利用して逸らしたり、体をフル活用して避けたりをしてミノタウロスの斬撃を耐える。が、遂に捉えられそうになる。斬撃を躱す為にクサナギを利用して逸らそうとした。逸らしきれずに体の重心をずらしてしまった。次の瞬間ミノタウロスの左肩が僕の体を捉えた。
「ぐぁっ!」
ミノタウロスの左肩をモロに受けてしまった僕の体は悲鳴を上げる。
骨が砕けた感覚を覚えると共に口の端から血が滴り、息が強制的に吐き出される。
そして僕は数メートル後ろの壁へと激突させられた。
硬い壁に物凄い勢いでぶつかった僕は跳ね返る事もなく、衝撃を体で受け止めてしまった。
「ガッ!」
少しそのまま壁に刺さっていたが、重力の慣性に従い、真下へとドサッと落ちる。
「ゴッ!」
一撃でこれかよ。
僕の口からはヒューヒューという音が漏れ出る。
視界も大きく開ける事が出来ず、うっすらと見えるのはミノタウロスと思えるモノがこちらへと向かって来る所。
そして、そいつは近くに来て立ち止まると、咆哮を上げた。
僕など、ミノタウロスからすれば、ブンブンと五月蠅いハエに見えていたのかもしれない。
今の僕は頭を壁に仰向けになっている。
鈍い輝きが見える。それが少し離れた。
ああ、殺される。
僕はこんな所で死んでしまうのか。情けないな~。
それにしても、あっけない死に方だなぁ~。
まだ、何も成し得てないのにな。皆は大丈夫かな?
国樹神様に怒られちゃうかな?
それにテオ君の友達たちは大丈夫かな?ちゃんとみつかうんだろうか?
気がつくと、カラ笑いが口から洩れていた。
『これは予想外だよ。これじゃ、トヨちゃんに僕が叱られちゃうじゃないか。仕方ないなぁ~。』
そんな声が聞えて来た気がした。
幻聴かな?何かの思い出だろうか?でも、聞いた事がない声だと思うんだけど。
そんな事を考える。
『パチン♪』
指を鳴らした音が聞えた。いや、響いたという方が正しいのかもしれない。
が、少なくとも僕には聞こえたのだ。
次回更新は、
2021年6月5日(土曜日)20時
よろしくお願いします。