30:刀は振るわれた
剣を振る。
目の前の使いが倒れた。
次、と狙おうと思っていた奴は黒髪の男が刀で斬り倒していた。
「今はこいつら倒すのに協力するってことでいいんだよな?」
「三度目だ、そう何度も言わせるな、勇者よ」
そりぁ不安しかないから聞くでしょうよ。
さあ次の町へ転移、と思って目を開けた先には地獄が広がっていた。
いや、正確には俺にとっての地獄だ。
分からない人にとっては何か強い人が町を守ってるくらいしか感じないだろう。
この町で戦っているのは黒髪の男ただ一人。
天使教会の人達も一応遠くから援護っぽいことをしているが殆どがその戦いを見ている。
その男が刀を振るえば使いの首が飛び、胴体が分かれ、地に落ちる。
一つだけ、現在に限ってのことだがいいことがあるとすれば、あの男は全く疲れた様子もなくそれを行い続けているということ。
つまりあいつに任せておけばこちらはただ見ているだけでいい。
それなら、何でこの町に増援が必要だったのか?
理由を聞けば納得だった。
「変な奴が急にやってきて戦っているので何かあったときに止められる奴が欲しい」
うん。俺もこんな奴に応援に来られた日には絶対絶命のピンチであってもお帰り頂くよ。
話は現在に戻る。
今、黒髪の男と俺は二人でこの町に来る使いを全て相手していた。
二人でと言っても、俺はちまっと残った奴を斬っているだけでほぼここにいる意味は無い。
無いのだがこの男に任せ続けるのは気持ち的に許せないので剣を振り続ける。
他にも一応理由があって、天使教会の本部から「侵略者の殲滅までもう少し」という報せがあったのである程度は無茶しても問題ないというわけだ。
いや、問題はある。あるのだが、やっぱりこの男一人にここを任せるよりはマシであると判断した。
メイリーが付いてこようとしたので「ステイ!」と叫んで置いてきた。
最後に見た彼女の顔はかなりの呆れ顔だったがこの際しょうがない。
「だって侵略者とかもうどうでもいいもん」
「良くはないな」
だってこいつ普通に敵じゃん。
魔王城で相手したときよりどう考えても強そうなのも問題だと思う。
侵略者追い返した後、人族が疲弊したところに襲いかかってくるつもりでしょ。
剣を振る。
一体討伐。
隣で雷を落としている男がいた。
向こうは何体も倒しているようだ。
手数が違う! レフェリー、ハンデお願いします!
剣を振る。
二体同時に斬り飛ばす。
黒髪の男が刀を振ると水の刃が飛んでいってこちらに走ってきていた奴も含めて周囲を一掃した。
ホント俺要らないね。
無理に対抗心燃やすんじゃなかったよ。
剣を振る。
これで近くに残っていたのは全てだ。
「俺は休憩しに行くけど、お前は?」
「そうだな、私も少し休むとしよう」
そう言って二人並んで町まで歩いていく。
「お疲れ様です、どうぞ」
メイリーが二人分の飲み物を持ってきてくれたので俺が二つ受け取って隣の男に渡す。
「じゃ、休んでくるから見張りとか頼んでいいかな」
「…………まぁ、いいですけどね」
隣にいるこの男を一人にするわけにもいかないが、それにメイリーを付き合わせるのは嫌。
そういう気持ちが彼女にも伝わってしまったのか、ため息混じりに返答された。
「ここの人達の携帯食料それなりに美味いんだよね、食べてかない?」
「ふむ、貴様がそこまで言うなら食べてみてもいいだろう」
二人でこの町の天使教会の人達から携帯食料を分けてもらって、そのあと近くにあったベンチに二人並んで座った。
パクリと、黒髪の男が食事をしている姿は、俺にとっては不気味でしかないのだが天使教会の女の人たちには人気があるらしく遠くから眺めている人が何人か居た。
とりあえず今のところ誰も近くに寄ってくる様子はないのでそこだけは安心である。
静かな時間が流れる。
男は既に食事を終えており、時折飲み物を飲むことがあるが、基本座っているだけだ。
カチャリ、と刀を抜く音がする。
俺が静寂に耐えかねて武器の手入れを始めた音である。
男もそれに倣うように刀を抜く。
彼は魔法か何かで刀の手入れを行なっていく。
「興味があるのか?」
あんまりジッと見ているものだから刀の手入れ方法に興味があるのかと聞かれた。
「まあそういう風にやったことないからな」
「私のこれは少し特殊でな。気にかけてやらんと拗ねてしまう」
「そりゃ難儀な刀だな」
はは、と笑う黒髪の男。
彼なりのジョークだと思ったので笑い返してやった。
「やはり貴様はおかしな男だ。敵だと認識している相手と笑い合おうと、理解しようとする」
「いい加減魔王の相手も慣れてきたところだよ」
「先代か。彼女は確かに貴様に似ているな」
「………かもな」
冗談だろ、と言おうと思ったけど、彼が妙に説得力のある喋り方をするので頷いてしまった。
また、しばらく何も話さない時間が続いた。
唐突に周りの空気が変わって慌ただしくなる。
「これが最後だ。期待しているぞ、勇者よ」
「最後って、てか、期待って何?」
静かに立ち上がり動き出した男の後を追っていると、ポニーテールの女の子が近くに寄ってきた。
「天使教会の本部の方から連絡があったみたいで、恐らくこれが最後の戦いになるかと思われます。先輩、準備終わってないならまだ座っててもいいんですよ?」
「終わってる終わってる」
冷たい雰囲気の後輩に返事をして走る。
今回は天使教会の人達も参戦するらしく「〜班が〜〜〜」みたいな感じの会話が聞こえてくる。
いや、何言ってるか分かんないな。
戦場を見ると何体かの使いが既に事切れていた。
それでもまだかなりの数が残っている。
「乱戦かな、二人で行く?」
「二人というなら彼と一緒に戦ったらいいんじゃないですか?」
そう言って一人で無双している男を指す。
言うまでもなく魔王その人である。
「いや、実際俺必要無いって」
「必要無いのに一緒にいたんですか?」
「あのときは必要だと思ったんです」
刀を抜いて近くの使いに当てて進む。
ちょっと辛いかな、これ。
「私の隣には誰かが必要だということですか?」
「むしろ俺の隣に誰かが居て欲しいね」
さっきから小さく笑っているポニーテールの少女を見る。
「はいはい、仕方がないので置いてあげますよ」
「かたじけない」
剣を振る。
一応斬れた。
メイリーは何回か剣を叩きつけて相手の外殻にヒビを入れてから剣を突き込んでトドメを刺している。
一体。
二体。
三体。
メイリーが苦戦しているようなのでその周りの敵を刀で撫でていって注意をこちらに引きつける。
四、五、六体。
纏まってきたので連続で斬った。
天使教会の人達は俺達や現在無双中の男を邪魔しないように、町の近くの使いだけを相手していた。
「先輩!なんかヤバそうなの来ました!」
「ヤバそうなのって……ヤバそうなの居る!」
メイリーに呼ばれてそちらを見ると体の大きさは他と変わらないが、その風格や体色が明らかに違う個体がいた。
他は半透明の白っぽい外殻をしているのに対し、そいつは赤黒かった。
周囲の使いもなんだかそいつを避けているように見えることから上位個体とかだろうか。
遠目に赤黒い使いを見ていると、黒髪の男がこちらにやって来ているのが見えた。
「メイリー、ヘルプ!」
「先輩、落ち着いて下さい。彼は味方です」
「奥の使いの群れとか気にならないくらいの恐怖なんだけど!」
「はいはい。よちよち、先輩はいい子ですから静かにしましょうねー」
「何扱いされてるの俺!?」
騒いでいる間に男はスタッと目の前に立ち、声を放った。
「勇者よ、その力、見せてもらおうか」
「……」
「ほら、早く行って下さい先輩」
「ふむ。いいだろう、その一刀を見せるに相応しい場を用意しよう」
それだけ言うと男はあの赤黒い使いの方に走っていき、ついでとばかりに周囲の使いを屠った。
「いや、あいつ一人で十分でしょ」
後輩にパシッと背中を叩かれるので渋々走り出す。
「………そんなに大したもんじゃないんだけどなぁ」
俺があの男に見せたもので、最も一番斬れたのは前の世界での対魔王戦のときのものだろう。
俺にとってのあれは、本当の意味で終わりだと思って振ったものであり、今やれと言われてもできるとは思えないのだが。
軽く刀を握って、深く呼吸をする。
いつのまにか瞑っていた目を開けると、そこには氷漬けにされた赤黒い使いがあった。
「いや、何してんの」
「場を整えたまでだ」
その隣には黒髪の男。
まあ、とりあえず、その赤黒い使いの近くまで歩いて行く。
刀を抜いてその外殻の上を滑らせた。
金属の擦れる音。
刀は既に鞘から抜かれている。
久しぶりに、目を使って、相手をみることにする。
暗くて、けれども遠くに光がある。
手を伸ばせば届きそうなそれは、どこまでも遠い。
輝くそれに憧れるならば、その道を進むのがいいのだろう。
けれども石ころは石ころのまま。
目指す先にあるのは光り輝くもの。
伸ばす手は伸ばした分だけ自らの重荷となり、その歩みの邪魔をする。
諦めなければ、いつかは届くのかもしれない。
「そっか。 まぁ、残念だけどお前はここで終わってくれ。代わりと言ったら何だけど俺は諦めないからさ」
納刀。
既に刀は振るわれている。
後はそれにいつ気付くかだ。
スルスルと、滑るように落ちていく。
……まぁ、気が付かないというのも悪くはないのだろう。
その道行きに賞賛を。
その願望に決別を。
お読みいただきありがとうございました。
魔王登場によりズレたお話はちゃんと終着点まで辿り着きそうです。