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1:最悪の目覚め、最高の始まり

こちらが第一話となります。

もし、筆者の頭の中の妄想がねじ曲がったなら、この一話は、旧一話となり。新たな一話が投稿されることになるでしょう。

まぁ、つまり、終着点がふわふわということです。


色々言いましたが、こちらに来てくださってありがとうございます。

よかったらお楽しみ下さい。


追記:ちょっと色々書き込んでみました。



一人、荒れ果てた地面に立っている男が居た。

その男は涙も枯れたと言わんばかりの悲痛な顔をしていて、見るのものに普通の感性が備わっていたならば悲しそうだ、と思うことだろう。

とても。とても。


男は泣いていたのだろうか?それとも何も思っていなかったのだろうか?

達成感にでも満ちていたのだろうか?


ただ、一つ自分が思うこととしては。


ああは成りたくないな。


男が歩き出したように見えた。




「おはようございます」


ぼんやりとした頭の中、届いた声を頼りに体を起こしてそちらを向いて目を開ける。


頭が酷く重たい、体を起こすのも面倒だった。

気分が悪過ぎる、酷く嫌な夢を見た気がする。


「どうも、あなたが世界を救うって聞いたので少し手伝うことにしました。きろ…キューロックです。キューさんでもロックさんでもお好きに呼んでくださいね」


早口で喋るその女性はキューロックと言うらしい。

何処のどなたでしょうか。


「天使教会から来たんですよ、勇者さんのサポートに」


サポート。


サポート?


「まぁ、とりあえず事情としましては世界の危機なのでできるだけさっくり魔王を倒してもらおうかなと」


え。いまなんて?


「みた方が早いですよ」


みる?


「はい、みてください」


……何を?


「過去を」


「……天使教会ってのはそういうことも分かるのか」


やっと声が出た。


「いいえ。私は少々特殊な例ですよ」


とりあえず言われた通り、目を使って過去を見る。



当然のことだが世界には過去というものと未来というものがある。

過去は現在がある限り必ずあるもので、

未来は現在が続く限り無くならないものだ。

俺はその二つのうち一つ、過去をみることができる。


過去視というやつだ。まぁ、こういうところは特別だなぁと思う。


先がなかった。いや、過去がなかった。

正しくはこの世界には。

これは一体?

「まるごと保存、まるごと復元ってヤツですね。セーブ&ロードは基本です」


「ん?」

何を言っているのか全く分からない。


「簡単に言いますと、昨日までの世界だと滅んでしまいかねないのでやり直すことになったんですよ」


いったいなにを


「訳の分からないことを?勇者さんには視えたのではないのですか?あの世界には未来など無いと」


「消されたの間違いじゃないのか」


あの世界はまだ続くように見えた。この世界ほど不自然ではない。


「いいえ、正しく、あの世界に未来などないのですよ。

なんなら、あの世界の勇者さんの記憶を渡してもいいですよ?」


言われたことがすぐには理解できず、固まる。しかし、理解したならばそれはそれで。

何を言っているのか、そもそもそんなことができるのか。できる立場にあるならばしてもいいことなのか。


「ええ、このくらいのイレギュラーは起こしてもいいでしょう。それより受け取るんですか?」


彼女は手を出してくるが、その手に何か持っているようには見えない。

それにそんなものは受け取らない。


「信用できませんか。まぁいいでしょう。その覚悟ができたならまた声を掛けて下さい」


トタトタと足音が聞こえたと思えば黒髪のポニーテールを揺らす少女が部屋に入ってきた。


「先輩、おはようございます!起きてま……?」


後半聞こえないよ声小さいよ


驚いたように目をパチクリとさせている後輩

緑色の瞳が見えたり隠れたりしている。


「どうも天使教会から参りました、キューロックです。第二勇者パーティーの補佐を務めますのでよろしくお願いしますね」


「あ、天使教会の……ご丁寧にどうも。あー、私はメイリーです。それじゃあよろしくお願いします。……あれ、そういう予定でしたっけ?」


ペコリとお辞儀をするメイリー。

天使教会来る予定あった?ということだろう。俺も聞いていなかった。


「急遽変更になりました。勇者育成機関の方には連絡しておいたはずですが。すぐに挨拶にあがったのであなた達にはまだ伝わっていなかったんですね」


「なるほど。そういうこともあるんですかね」


「えぇ、それではまた」


キューロックさんはそう言って部屋を出て行こうとする。

チラリと、彼女のどこにでもいそうな感じの顔がこちらを向くと、この世界では珍しくもない彼女の青の瞳がこちらを見た。


彼女はこの世界では珍しくもない要素でしか構成されていない。髪も金色だ。


すぐに向き直り部屋から出て行った。


「先輩の彼女さん?」


トッタッと近づいてきた後輩がこちらの顔を覗きながら話しかけてくる。


「そんなわけ」

「ですよね」

「それはどういう意味で?」

「美人でしたね、先輩」

「あぁ、そうだね」

「あぁいう方が好みで?」

「いや、そういうのじゃないかな」

「慎ましやかなのがお好みですか」


彼女はそのそれなりに発達した自分を見下ろしている。


「どこ見てんのさ」

「ご期待には応えられませんね」

「応えんでよろしい」

「はーい。それより先輩、目、覚めました?」

「お陰様でね」


「何か嫌なことでもありました?」


ジッとこちらの目を覗き込んでくる。


「….いや、特に」

咄嗟に隠した。

何を隠すことがあるのか


「そーですか、まぁ、行きましょうか」

彼女は少し不機嫌そうに言うとトットッと部屋の出口に向かった。


揺れるポニーテール。左右にゆらり。

目に映る背中は空っぽだ。

いや、元から空なのだろうか。

彼女には過去がない。

まるで生まれたてだ。

いや、これなら赤ん坊の方がマシだろう。

彼らには過去がある。過程がある。そして現在がある。

しかし、彼女には何もない。

あるのは現在だけだ。


この世界の彼女には。


今の自分と全く同じ。

空っぽ。







剣を振った、いつか見たあの剣を目指して。

剣を振った、あの人には敵わないな。

剣を。あの人って、誰だ。

剣を振った、いつも通りに。

剣を振っ。どっちの?


剣を振った。もちろん、全ては終わらせるために。


この剣は必要なのだから。


剣を振った。


「先輩、今日は随分精が出ますね」


「あれ、終わってた?」


「えぇもうとっくに。休憩して模擬戦ですよ」


「そか」


「ほんとに、何かあったなら言ってくださいよ?」

「いや、大丈夫大丈夫」


また、隠すことにした。

大丈夫じゃない。何も、今のお前に大丈夫なことなんかない。

自分でも不安定なのがよく分かる。


「……ま、そーゆーことにしときます」

彼女は右手を腰に当て左手を額に当てるとため息をつく。そして不服そうにそう言った。


ごめん、ありがとう

そう思うことがあるならもう吐き出せばいいのに。


模擬戦が始まる。


対戦相手はいつも通り第一勇者エレンス、第三勇者アビターン、第四勇者、いや、メイリー。


まず第一勇者である、期待の新星エレンス・ドルジェと戦う。さらさらとした輝く金髪と煌く青の瞳は間違いなく本物だ。


俺のようなくすんだ金髪に薄い青の瞳を持った偽物とは違う。


「ふむ、少し、雰囲気が違うね。何かあったとみえる」

「そうかい、それはお前が気にすることじゃねーよ」


彼はただ心配しているだけだ。

余計なお世話だよ。

それでも、受け取っておくべきだろう。


「それもそうだ。ただ、それならこちらから全力で行かせてもらうとしよう」

「望むところだ」

剣を構える。




フツーに負けた。途中何か上手くいきそうな感じがしたけど。やっぱ強いな。


「やはり、何かあったかな。腕を上げた、いや。何か掴んだようにみえる。私もヒヤリとさせられたよ」

「はっ、嫌みかっての」

口をついて出た言葉は辛辣でまるで自分に向けて話しているかのように気分が悪かった。


彼が悪いわけではないだろう。

そんなことは分かっている。


次は第三勇者であるアビターンだ。

彼女は黒の短い髪をさらさらと揺らしている。その奥に見えるのは意志の強そうな金色の瞳だ。


「よろしく」

「あぁ、よろしくな」

言葉はこれで十分。あとは打ち合うのみ。


いや、さて?

もう少し話すつもりだったのだが。

何故打ち合う気になったのだろうか。





相手の武器を一つ斬った。

まぁ、そのせいで負けたけど。

だって武器一つ失ったところでウェポンマスターが止まるわけないし。


「余裕、無いの?」

「なんだよ、お前も嫌味か?」

心配。の間違いだろう。

だから余計なお世話だって。


「…そう。」

「いや、そうって」

「いい剣だった」

「ぇ、あぁ、うん」

「また」

そう言って去って行く。彼女は彼女で他にも練習相手がいるのだ。


対メイリー。


勝った

完。


相手の武器を斬り落として勝利、最速の勝利だ。よゆーだったぜ。




「先輩?大丈夫ですか?」

嘘、吐きそう。めっちゃ気持ち悪い。


慣れないことをするのはやっぱりよくない。

慣れているはずなのにこんなに気分が悪くなるのはおかしい。

鍛え直しだ。


鍛える?俺が?何を?

全て、何もかも足りない。

全てって安直過ぎる。

心、技、体、足りないものは足りないのだ。


そんなこと…




言われるまでもない。




やっぱり何か変だ。


「受け取る気になりましたか?」


部屋に戻るとキューロックさんが居た。

相変わらず手に何か持っているようでそれに目を通している。


「受け取る。っていうか、このおかしな感覚がするのも過去と何か関係あるんだろ?あなたのことも、天使教会ってんだし、特に疑わないよ。だったらこの違和感が拭えるなら、拭っときたい。さっきから何か気持ち悪くてしょうがないんだよ」


天使教会はこの世界において絶対的な力を持っている。その使いというのだから怪しんでも仕方ないのだ。


「そうですか」

少し悲しそうな顔で、いや、諦めたようにもみえる。

果たしてそれは何を悲しんでいたのか、諦めていたのか。


「では、どうぞ」

表情を静かな笑顔に戻すと手を差し出した。


それに手を重ねて———————











「おはようございます、先輩。とうとう明日は魔王討伐のための門出ですね。いやー、私もこの勇育を出る日が来るとは感慨深いものですねー」


愛すべきポニーテールが揺れている。

ゆらゆらゆらり。

ふわふわふわり。

さらさらと。


勇育。とは、勇者育成機関の略称で、俺達勇者が育てられている。いずれ魔王を倒すためにこの剣を振るっているのだ。

明日はもうこの勇育を出る。

とうとう魔王を討伐するときが来たのだ。

まぁ魔王討伐とはいえ、各地に送られた魔王の使者達を倒してからにはなるが。

彼らは今まで勇者が出てこない程度には暴れてこの世界の人類を脅かしてきた。


ここから始まるのは、生きるか死ぬか。

誰かに助けてなんてもらえない。

失ったものは二度と戻らない、はずだった。


もう、いちいち気取った態度を取る必要なんて、どこにもないと思う。


彼女はここに居て、俺もここに居て、みんなここに居る。


楽しいじゃないか。嬉しいじゃないか。

それって幸せじゃないか。

楽しいなら、それを享受することにしよう。

嬉しいなら、それを全面に出そう。

甘えられる環境があるなら、ひたすら甘えていこう。それは多分よくないけど。

何もないよりマシだ。

いいや、比べるのも烏滸がましい。


「よう、後輩ちゃん!今日も朝から可愛いポニー揺らしてんじゃん」


ぽかんとした顔が面白い。

その顔が見たかった。

ずっと。ずっとずっと、長い間。


「なんだよー。可愛いなー。そんなんだと先輩に襲われちゃうぞ?」

「あのー、先輩。頭でも打ちました?昨日から何か変だと思いましたけど。もしやキューロックさん狙いでイメチェンっすか?いやー似合ってないにも程がありますよ。第一先輩ってもっと硬派で売ってたじゃないですか、それがどうしてそんなチャラチャラと。」


困ったような、焦ったような。怒っているような。眉が下がったり、上がったり。

まぶたが開いたり、閉じたり。

瞳があっちにいったりこっちに来たり。


「あのー、先輩?聞いてます?だいたいですね。そんなに困ってたならどうして早く言わないんですか、そうなる前に言ってくれればいくらでも相談に乗ったのに。だから、もう。先輩はいつもいつもひとりで、私に何も言ってくれないんですから」


これは怒ってるね。おこだよ。

目つきが鋭くなって、眉間にシワが寄って、眉の端が上がって、口はキュッと結ばれていて。

顔が近い。

あんまりにも近いので。












ぎゅっと、


手を彼女の背中に回すことにした。


「は?」

右側から声がする。これは呆れてるね。間違いない。

「うん、悪かった。気をつけるよ。」


「えっと、いや、まあ、分かったなら、いいんですけど」

釈然としないといった様子である。


「さて、剣を振ろうか」




剣を振る。あの日見たあの剣を。

剣を振る。いつか見たあの剣を。

剣を振る。いつも見ていたあの剣を。

剣を振る。やっぱり、あの人には敵わない。


「えっと、先輩」


「あれ?もう終わった?」


「いえ、まだですけど。あの、なんですか、それ。」

「剣だけど、なんか変?」

「剣って、そりゃ剣でしょうに。いや、変とかじゃなくてそんな振り方してました?いや、似たような感じだったとは思いますけど。なんか、そんな」

「そんな?」

「なんてゆーか、その?極めてましたっけ?」


極める?


……


「いや、そこ笑うとこっすか?」


気付いたら笑っていた。大笑いだ。これは怒られる。


「極めるて、これで?ややや、そんなわけ

ないじゃん。こんなん棒切れ振りまわしてるだけだよ」

「棒切れ振り回すって。なんだか謙遜してますけど、そんなんじゃないですよ、それ。

失礼かもしれませんけど…」

「いいよ?」


「昨日の先輩の方がよっぽど棒切れ振ってましたよ?いや!今日に比べればって話ですけどね。ほんと、冴え渡ってるっていうか。もう歴戦の勇者?」


ポニーテールをぶんぶん振りながら力説する黒髪の少女。


「褒めちぎるねー、嬉しいけど。でも悪いけどまだまだ、だよ」

「ほんと今日どうしたんですか?今までならここでドヤァってふんぞりかえるところでしょ?」


ほら、こうやって。と腰に手を当て胸を逸らして見せる。

顔は少し困り顔のままだ。


「今日はほんと言うなぁ、嫌いじゃないけどさ、そんな自慢できるようなもんでもないってだけだよ、実際」

「というか、手、止めないんですね。ずっと喋ってますけど。やっぱり変ですよ」

「あ、」

話しながら剣を振り続けていた。癖なのだ。


「ほら、あ、って言った。今!先輩そんなに器用じゃなかったですよ!」


「…今日、市場の特売日じゃん」


特売日は月に一度だったか。

勇者育成機関から出て少し歩いたところに食品が売っている市場がある。

そこで特売日をやるのが確か今日だったような気がするのだ。


「関係ない!誤魔化さないの!先輩!市場の特売日は昨日!」


「覚えてたんだ…それより、ほら、終わりじゃない?練習」


喋っている間に他の勇者育成機関の勇者達は模擬戦のために休憩をしていた。


「あ、ほんとだ。んー、なんか今日の先輩。ちゃんと先輩してて、何か変だと思います」


「それ失礼だからさ、可愛いから許すけど」


言いたかったけど、言えなかった言葉だ。


「それですよ!そんなこと先輩言わない!」

「はいはい、可愛い可愛い」


ほんとに、伝えられてよかった。


「ちょっと待ったー!」




模擬戦が始まる。


対するは、第一勇者。

すらりとした長駆でこちらを見下ろしている。

身長差が如実に出ていると言っていいだろう。


「ほう?これは……ふむ」

「ようエレンス、相変わらずのイケメンだな」

「やはり変わったなアルレイ、憑き物が落ちたようにみえる」

スッと、こちらを青色が覗いている。


「いや、あー、まぁ、そうだな。色々考えてたけど、やっぱこうした方が楽しいし、味わってかないともったいないしな」


「ふむ。…先程の素振り、見ていたよ」

「あー、やっぱ変なの?」

「いや、私にも教えてほしいくらいさ」


「…これが終わったらな」

剣を構える

「あぁ、そうさせてもらおう」

彼は剣を構えると、


すぐに踏み込んできた。



突き、いや、こっちが構えると、引き戻して下から斬り上げ。

横に避けながら相手に踏み込む。

すれ違うようにして斬る。

剣を合わせることで防がれた。

後ろからすぐに斬りかかってくる。

上から下へ剣を振り下ろしている。

振り向くと一歩踏み込む、相手の喉元へ剣を突き入れる。

相手の剣が降ってくるがこちらの方が速い


「参った」


勝った。あのエレンスに。


「まるで別人だな、と、ありきたりなことを言ってしまったがそうとしか言えないな」

「昨日も今日もどっちも同じだよ、別に変わりゃしない」

戦ってみてわかった。やっぱり俺は俺で。彼は彼だ。過去だとかなんとか、見えるものに頼るのはあんまりよくない。


「…そうか。だが、その研鑽は明らかなものだ。また、手合わせ願いたい」

「こっちからお願いしたいくらいだよ」


握手をする。その輝く青の瞳がこちらをはっきりと見ていた。


第三勇者である彼女はふらりとやって来た。


「エレンス、倒した」

「倒したなんてもんでもないさ、あいつ魔法使ってなかったしな」

「それでも本気」

「剣だけは、な」

「十分」

「今日はよく喋るなアビたん」

「たん…違う」

困ったような顔をする、そして武器を構える、彼女が今構えてるのは二本の短剣だ。

「そうだな」

こちらも剣を構える。


こっちから行くことにする。

距離を取っても彼女の間合いだ。

彼女との戦闘は自分の間合いでない限りあまり意味はない。

こちらが間合いに入る直前で彼女が突っ込んできた。近過ぎては彼女の間合いだ。

だが、踏み込む。

彼女が接近してくるのを待ち構える。

しかし彼女は横にステップしながら俺の間合いから離れていった。

深追いはしない。とはいえ、離されすぎるのも問題だ。

ある程度離れたらこちらからもう一度距離を詰める。

二本の短剣が交互に投擲される。

武器を持ち替えるらしい。

正面から来た1本に剣を当て軌道をずらし、右下から回転して飛んでくるもう1本を左にステップして避けた。



そこに正面から槍が飛んでくる。

剣で右に軌道をずらそうとして引き戻された。


既に換装は終わったらしい。


彼女はウェポンマスター。

魔法で武器を取り寄せ、それを自在に扱う。


ぶれた剣に槍が左から叩きつけられた。


剣が体の右方向へ流れる

そこで彼女は左下から接近して右手に持った長剣で突き込んできた。

どうやら槍は左手一本で持っているらしい。


やばい、これ、詰んでね?


彼女の剣が俺の左半身へ突き立てられるのをゆっくりみていた。


思ったことはやっぱり鈍ってるなぁということと、体が重たい、ということだった。





剣を振った。

いつか見たあの高みはまだまだ遠い。


そんなことを言おうものならお前はそんなもの見てないと文句を言われるだろうけど、あのとき見たものは今の自分にとっては間違いなく、頂点で、目指すべき場所だ。


剣が振られた。過程にあったものは斬られて


「参りました」

彼女の敗北は、その首に寄せられた一本の剣によって確定した。








「あのー先輩?大丈夫ですか?」

困ったような、笑っているような、そんな表情。


「大丈夫じゃない。全然力入んない」

「さっきの。槍をスパッと斬ってアビちゃんの首にスッと剣当てて。カッコいいなー、私次にあの人やるのかーヤバイなーとか思ってたら…これですか」

「いや、ホント申し訳ない」

「別にいいですけど、どうしてこんなことに?」


彼女の声に不満の色は薄く、顔はどこか困り顔で、こちらを心配してくれているのをひしひしと感じる。


「いや、ちょっとなんていうか、オーバーワークみたいな」

「エネルギー不足って感じですか?」

「そんな感じ。食べて寝れば治る治る」

「全く。こんなんじゃ明日からの魔王討伐行が心配ですよ」

ため息を吐く彼女。

「ほんとに申し訳ない」


メイリーは勝負がついた後、膝から崩れ落ちて動けなくなった俺を部屋まで運んでくれた。

当然練習はまだ行われているが俺と付き添いの彼女はお休みだ。


明日からの魔王討伐の最終調整ということでみんなはそれなりに気合が入っていたのだがそれを邪魔する俺みたいなやつを心優しくベッドまで連行することを許してくれた。


多分邪魔だし早よどっか行けってことだったんだろう。


「まぁ、私は大体動けたんで別に先輩に相手しもらわなくても大丈夫ですけどね。でもやっぱり節目としてちゃんと相手してもらいたかったなー、って思いましたよ」

「そうね、まぁ、そのうち」

「そのうちって…もういいです。ほら、じゃあ、ご飯は持ってきてあげますから大人しく寝ててください」

そう言うとトコトコと部屋を出ていこうとする。

「メイリー」

「どうかしました?」

立ち止まりチラリとこちらを振り向いてくれる。

「ありがとう」


本当に。


「…はいはい、大人しく寝ててくださいね、先輩」

一呼吸置いてこちらを優しそうな目で見てきたメイリーはスタタタと部屋を出ていった。








「あらら、体、大丈夫ですか?勇者さん」

部屋に入ってきたキューロックさんが、こちらの様子をみている。


「大丈夫そうに見えます?」

「元気にしてあげましょうか?」

「……どんな感じで?」

「あの世界の勇者さんの体を復元しましょう。それが一番手っ取り早いです」

「遠慮しときます」

「あら、それはまたどうしてですか?」

「意外と、慣れない体で剣振るのもいい修行になるんですよ。それにこっからバリバリ鍛えていきますから。」

「…そうですか。まぁ、いいでしょう。元に戻りたくなったら言ってくださいね」

「元に戻るって言われましても、どちらかっていうと作り替えるってのが今の自分には相応しいと思いますけどね」

「それもそうですね。まぁ、今日一日動けないのも、明日の行動に支障が出るのも困りますし、ちょっと手心を加えさせていただきますよ」

そう言って右手を俺の額に当てると何か左手に持って———————






目を開ける。丸一日寝てたみたいな気分だ。

外はまだ暗い。

そういえばメイリーが来ると言っていた。

体が満足に動くことから結構眠っていたようだしもしかして起こさないでくれた、とかだろうか。

お腹も空いたので何か食べようとベッドから起き上がると机の上に食べ物と置き手紙があった。

手紙の内容は

『先輩がぐっすり寝てて全く起きないので、ここにご飯置いときます。冷めても大丈夫そうなのを置いておくので起きたら食べといてくださいね』

とのことだ。

可愛い後輩め。


食べ物はサンドイッチやハンバーグ、オムライスなどが置いてあった。


「ハンバーグとオムライスって冷めても大丈夫なやつなの?というか、こういう時って流動食とかの方がよかったりしない?」

素朴な疑問はあったがとにかく美味しくいただいた。


今思ったが流動食は関係ないかもしれない。


食後は休んで時間が経ったら剣を持って寮から外に出る。


少し振っておきたい気分なのだ。



剣を振った。いつも通りに。

剣を振った。いつもとは違うこの場所で。

剣を振った。幸せなこの世界で。

剣を振った。この幸せを離さないために。

剣を。



「おや、珍しいね。アルレイが夜も鍛錬とは。…いや、やはり君は違うのだね。私が見てきたアルレイ・モーディストとは」

「だから一緒だよ。いつもいつでもあなたの隣にアルレイ君だよ」


「アルレイ。私もいいだろうか?」


そう言って手に持った剣を見せてくる。俺の発言は無視されたらしい。


「もちろん」

特に断る理由はない。彼の剣を見られるなら見ておきたい。

彼は隣に来ると剣を上から下へ振り下ろした。


「やはり君のそれとは違うな」

「アルレイでいいよ、いつも通り」

「そうか、アルレイ。やはりアルレイと同じようにはいかんな」

「そんなすぐ真似されたら泣けてくるよ。……まぁでも、お前なら、エレンス・ドルジェならもっと遠いところまで行けるのかもな」


そう、彼ならあの人が言っていた。頂点という場所へ行けるのかもしれない。


「はは、買われたものだ。だが、その期待に応えて見せよう」

そう言って剣を振り下ろした。


「……やっぱカッコいいよお前」





「私も混ぜる」

剣を持った黒髪の少女が隣にやってきた。

右に第一、左に第三、そして俺は第二。

こんなところに勇者勢揃いだよ。


勇者はその貢献が期待されている順に番号が付けられている。


最も期待された一番の勇者、それがエレンス・ドルジェ


慈愛の子、という大層な肩書きだけで何もできやしなかったポンコツが第二の勇者こと俺、アルレイ・モーディスト


そして、人類の隠し球。ウェポンマスター。

第三の勇者、アビターン・ハーター



並べると本当に困惑するよ。何でこの間に俺が入ってたんだろう。



「今日のあれは何?」

「私も聞きたい。アルレイ、あの一閃は一体何だ?」


あれ、とは俺が倒れることになったあれのことだろう。


「あれは…まぁ、俺の目標だよ」


「目標?」


「そう、辿り着くための一歩」


「師匠?」

「む、アルレイ、いつ師を得た?」


「お前な…勘が良すぎて大好きだよ。

…そうだ。あれは俺が辿り着く、追い抜くべき高みだよ。その一端だ」


「ふむ、目標か。…そして通過点だ、と。

いいだろう、私も良い友を得たものだ。

いずれそこへ辿り着き、突き進み、果てで待とう」


「何、先行ってんだよ。俺が行くまで待ってろよ」


「では、また明日会おう」


そう言ってエレンスは素振りの手を止めて寮へと戻っていく。


「いや、早くね?もうちょい話していこうよ…」





「アルレイ。私は多分そこには行けないけど。あなたに勝てるようにはなるから」


キリッとした目をこちらに向けてくる黒髪の少女。


「アビたん?」


「…たん、違う」

困ったように呟いた後、彼女も寮へと戻っていった。


「俺も戻るか」


誰も居なくなったその場所を去ろうとして足を動かす。




「先輩。もう体、大丈夫なんですね」


いつか聞いた声がした。


いや、さっき聞いたな。


「うん。もう大丈夫そう」

「はい、水とタオル」

てってってっと寄ってきた彼女は両手に水の入ったコップと彼女の私物と思われるタオルを持っていた。


「ありがとう、これ、使っていいの?いや、使うけどさ」

タオルを受け取って言う。

「いいですよ、別に。これからは同じパーティーなんですし、いちいち気にしてたらしょうがなくなりますよ」

笑顔と共にコップを手渡してくれる。

ポニーテールがふわりと揺れている。


「あー、まぁ、そうかもね」

まだ思い出しても痛まない記憶。

いや、むしろ、だからこそ。


「先輩?」

不思議そうにこちらを覗き込んでくる緑の瞳


「いや、なんでもないよ。あー、いや、なんでもなくはないけど、別に大丈夫」


「ふむ?まぁ、今日の先輩がそういうならそうなんですかね」

「昨日の先輩の信用が薄いの?それ」

「えぇ、今日の先輩は素直ですから」


ポニーテールがゆらりと揺れている


「そーね。やっぱり何事も素直な方が楽だよ」

「えぇ、そうしてもらえると後輩も助かります」


ポニーテールはゆらゆら揺れていた。










「寝よ」

目蓋を閉じる。

目に浮かぶのは荒れ果てた荒野。

血で赤く染まった大地。

誰かがまだどこかで戦っている。


「明日早いんだから真面目に寝ないと」

明日は魔王討伐の為の仲間と顔を合わせて、これから一緒に魔王を討ち取りましょうって一致団結させるための式典だ。

まだ、人類の被害は小規模だが、勇者が出るとなればもう歯止めは効かないだろう。



目に浮かぶのは明るい茶髪の明るい男

その後ろには落ち着いた雰囲気の金髪の少女、そして離れたところに白髪の少女。なんだか偉そうだ。

その姿はこの目に焼き付いている。


「寝るか」

目蓋の奥には

黒髪のポニーテールが揺れていた。


お読み頂きありがとうございました。

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[良い点] いきなりのやり直し宣言から始まる物語に意外性を感じました! 今後の展開がどうなるか、楽しみです!
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