*7 惨劇
ガイド隊長達が着いた時、堤はすでに決壊し始めていた。
しかし、アザラン侯爵の迅速な判断のお陰で、村人達は誰一人として欠けることなく無事に救出された。
「皆、無事で良かった」
「えぇ……村長。これもお館様の……アザラン侯爵のおかげだ」
「こんなに、すぐ来てくれるなんて……あぁ、皆様に感謝します」
村人達は皆の無事を涙ながらに喜び、助けてくれた警備隊達にお礼を伝えた。
そして、街の自警団だけでなく、自分の屋敷の警備隊まで寄越してくれた事を、アザラン侯爵に大変感謝していた。
だが、アザラン侯爵は村人達のために、さらにある物を用意してくれていた。
それは、家を失った皆が行き場を無くすのを考え、アザラン侯爵の屋敷の隣、別邸を開放してくれるとの事だった。
住まう家を用意するまでの間、皆で不自由なく生活出来る様にと、自身の別邸を避難所として開放してくれたのである。
それをガイドから聞いた村人達は、さらに涙を流し感謝していた。あまりに余る恩情に感謝してもしきれなかった。
村人達は、必ずその恩情に見合う様、恩返しをすると皆は心に誓ったのであった。
―――その夜。
警備隊により連れられた村人達は、アザラン侯爵家に着いた。
アザラン侯爵の本邸では、疲れているだろう村人達を迎えるべく、温かい食事が用意されてある……との事だった。
村人達は、挨拶や御礼も兼ねてまずは、お逢いしようとしていたのだ。
――――だが。
何故か、異様な静けさが屋敷を覆っていた。
閉まっているハズの門扉は開かれ、何故か屋敷の明かりがチラチラとしていた。
ただならぬ雰囲気が漂っていたのだ。
門扉にいるハズの警備隊がいない。それ処か、人の気配すら感じる事が出来なかった、
ガイド達警備数人が、先に様子を見に行く事にした。
辺りを警戒しながらも進むが、いつもいるハズの警備隊の姿は見当たらなかった。
不穏な空気を感じつつ屋敷に近付いた時。ツンと錆び臭いニオイが鼻を掠めた。ガイド隊長は嗅いだ事のある嫌なニオイに、眉根を寄せ胸がドクンと鋼を打ち始めた。
嫌な予感とあって欲しくない現実に、胸がドクドクと異様な速さで鼓動する。
抜刀していた剣を構え直し、ゆっくりと屋敷の扉を開けると――――
――――――――そこは、血の海だった。
そして、その血溜まりの中には―――
屋敷に残っていた警備隊、侍女や使用人達の姿があった。しかし、姿があっただけで、誰1人として笑顔で向かえてくれた訳はなかった。
―――そう、無惨に斬り殺されて倒れていたのだ。
ある者は背中を斬られ、ある者は心臓を一突き。首がもげていた者までいた。つい先日まで、楽しく笑顔で仲良く笑い合い、共に語り合い、寝食を共にしていた家族の様な仲間が、物を言わぬモノに成り果てていたのである。
あまりの惨劇に、ガイド達は声を失っていた。頭が理解する事を拒否していたのだ。愕然とし、膝を落とした者もいた。
錆び臭いニオイは、このモノ達の流した血のニオイだったのだ。
後ろから来た村人達は、その異様な光景に叫び声を上げた。
屋敷の中に入った警備隊達は、気が触れる様に部屋を次々と開け放った。だが、何処の部屋を開けても辺り一面、壁や床に到るまで血の海だった。何もない綺麗な部屋が何も無かったのである。
村人達、ガイド隊長や警備隊達は、それでも生き残りがいないか探した。頭が理解出来ず、冗談か嘘であって欲しいと願いながら、すべての扉を開け部屋を見たのだ。
しかし……いた……あったのは息をしていないモノ達であった。
アザラン侯爵の書斎を開け、荒らされてはいたが血がなかったので、もしかしたら……と安堵したガイドは、奥方のリリースの部屋に向かい叫びを上げた。
「リ、リスト……!」
残っていた副隊長のリストや、警備隊達がリリースの部屋を護る様に、廊下に倒れていたのだ。
触れなくとも息をしていないのは分かる。だが、触れずにはいられなかった。首に触れると、やはり息絶えているのが分かった。
最期まで、アザラン侯爵達を護ろうと、戦っていたに違いなかった。
「隊長……」
仲間達も掛ける言葉などなかった。
兄弟の様に中の良かったリストが、無惨な姿になっていたのだから……。
「お前達は……他を捜してくれ」
心が震えるのを抑え、自分は奥方リリースの部屋を開ける事にしたのだ。
「お……お館様」
暖かく迎えてくれるハズのアザラン侯爵は、妻を護る様にして寝室近くの床に息絶えていた。妻リリースも傍に寄り添うように亡くなっていた。
「リリース様……そんな……お館様っ」
ガイドは愕然とし膝を落とすと、嗚咽を上げていた。
魂を捧げたアザラン侯爵が、目の前で死んでいるのだ。そんな事は理解したくない。だが、手を握っても揺さぶっても返事はなかったのである。
息子のアレンは他の警備隊が見つけていた。彼もまた、裏口近くで斬られ息絶えていたのだ。おそらく、助けを呼ぼうとそこまで来て力尽きた様だった。
そこに、数名の侍女が重なる様に死んでいた。一緒に逃げたか護ったのかは分からないが、息をしてはいなかった。
皆は最後まで、侯爵達を護ろうとしていたに違いなかった。
拳を床に叩きつけ、悲しみをぶつけていたガイドは次第に頭が冷静になっていた。頭が徐々に冷静さを取り戻し始めると、周りを見渡した。
人という人は全員が殺された。だが、そこにあったハズの絵画は取られ、活けてあった花は蹴散らされていたが花瓶はなかった。
部屋という部屋は荒らされ、リリース夫人の部屋どころか、使用人達の部屋も荒らされていた。そして、あっただろう宝石や宝飾品、金品、服にいたるまで何一つとしてなかったのである。
―――賊の浸入。
アザラン侯爵家の警備隊が、川の氾濫で南の村に行って手薄だった屋敷に、盗賊が襲いかっていたのだった。
まさか、賊が来ると想像もしていなかったアザラン侯爵は、出来る限りの警備隊も村人達を救うために、駆り出してしまっていた。
屋敷に残っていたのは、わずかな警備隊と侍女や使用人達だけであった。いつもの人数なら撃退出来ていたであろう。だが、この数日間はいなかった。そこを運悪く突かれてしまったのである。
偶然か必然か……それは起きてしまったのだ。
ガイド隊長や警備隊、村人達は、血の臭いに噎せ嗚咽を上げながらも必死に捜した。1人でも良い1人でも良いから生き残りはいないか……と。
だが、あったのは見知った人達の死骸ばかりだった。心が折れそうになるのを必死に奮い立たせ、頬に涙を流しながら諦めずに必死に捜していた。
―――そう。
―――まだ。見つかっていない人がいたのだ。
―――アザラン侯爵家の大切な "花" ――――。