*5 平穏
穏やかな時間が流れる中、何時でも鍛練を忘れないのはここの警備隊の人達である。平穏の影にはいつも不穏がつきものだからだ。
特に、隊長ガイドと副隊長リストは、常に剣技に磨きを掛けていた。歳は10程離れていても、互いに尊敬し合い、共に競い合う友でもあったのだ。
今日も空き時間を使い、2人で庭の片隅で手合わせをしていた。
――――キーン。
リストの剣が弾き飛ばされた所で、決着が着いた。
「はぁ。ガイド隊長には、まだまだ勝てないな~」
負けた割には、あまり悔しそうには見えないリスト副隊長が、頭をポリポリと掻いていた。
「それは、正攻法で来るからだろう? 俺の右目はこの通りなんだ。右後方とか右寄りから攻めればイイ」
自分の弱点をガイド隊長は半分自嘲気味に、残りは呆れた様に言った。
自分は右目に傷を負ったおかげで、右半分の視界はほぼ見えないといってもイイ。それを知っているのに、リストは右側を敢えて狙わないのだ。負けて当たり前である。
「そんなセコい真似で、アンタには勝ちたくない」
「セコいとか、セコくないとか……俺の練習になりゃしないだろうが」
今度は完全に呆れた。同情で右側を狙ってこなかった訳でないのは理解した。だが、そんな事では自分の練習相手にはならない。
分かっている敵は必ず、右側から狙ってくるからだ。
「ガイド隊長の練習なんかどうでもイイ。俺は1度くらい正攻法でアンタに勝ちたい」
吹き飛ばされた剣を拾いながら、リストは言った。
右側を集中して狙えば、勝てる可能性は充分ある。だが、そんな事をして勝っても1ミリも嬉しくないのだ。
だから、手加減や同情ではなく左から攻めていたのである。
「どうでもイイってお前。練習相手の意味がねぇ」
そんな理由なんかより、対賊のために真面目に手合わせをして欲しい話である。
「俺がいる限り、俺がガイド隊長の右目になりますよ。いない時はしらないですがね……」
「だがら、そのための手合わせだろうが!!」
ガイド隊長は、思わず声を上げた。
リストがいる時の事はどうでもイイ。背を任せられる者が近くにいない時や、いざという時のための手合わせをしてもらっていたのだ。
なのにコイツときたら、弱点を突いて勝ちたくはないとか……言い始め真っ当な剣術相手にならなかった。
「俺なんかいなくても、全然平気ですって……今は」
「今は、は余計だ」
「ガイド隊長も、いずれお爺ちゃんになる」
「安心しろ。もれなくお前もなる」
「「……」」
2人は顔を見合わせ、自然と吹き出していた。
くだらな過ぎる会話に、笑わずにはいられなかったのだ。だが、このくだらない会話が出来る時間が楽しい。
「そういや。ガイド隊長のコレのコレは?」
「その言い方やめろ」
ガイド隊長は苦笑していた。
リスト副隊長が左の薬指を立てた後、自分のお腹を少し膨らみ気味に表現したからだ。
自分の彼女が安っぽく見えて、リストでなければ頭を叩いた処である。
「どちらも元気だ。お館様にはすでに報告済みで、ライナが無事に出産したら……ここで、使用人の1人として雇って下さるとおっしゃってくれたよ」
婚約者のライナは、今妊娠中で実家に帰っていた。
彼女の妊娠の事を話したら、アザラン夫妻は驚く程喜んでくれ、ガイド達さえ良ければ、赤子を連れてここに住み込めばいいと言ってくれたのだ。
ライナや養父母にその事を伝えたら、是非に恩情に授かりなさいと感涙してくれていた。
ガイド隊長は仕事柄、ここを離れる訳にはいかない。それを承知した上で、アザラン夫妻は快く引き受けてくれたのだ。感謝してもしきれない恩情だった。
「良かったじゃないですか! ライナさんはどんな人なんですかね~。今から楽しみだ」
「年下なんすか?」
「年上なんすか?」
「ボンッキュッですか?」
「「「楽しみですね~っ!!」」」
リスト副隊長が、わざとらしそうにニヤついて見せたれば、いつの間にかいた他の警備隊の人達もにやにやしていた。
リストは自分は恋人はいたものの、結婚の話にはまだ至らない。だから、羨ましくもあり少しばかり妬けたのだ。
他の警備隊達は、羨ましいやらでただの冷やかしである。
「なんでお前達が楽しみなんだよ。紹介なんかしてやるかよ」
ニヤニヤとニヤつかれ、ガイド隊長は顔をしかめていた。
これだと会わせたら、絶対に冷やかされるに決まっている。碌なものではないと、今から少々ウンザリ気味である。
「うっわ~。ケチくさっ!」
「そんなんだから、頭が禿げなんですよ?」
「これはハゲじゃねぇ!! 剃ってるんだ!!」
ガイド隊長は薄くなりつつあった髪の毛を、完璧に剃り坊主であったのだ。
皆が一斉にガイドの頭を意味深に見れば、ガイド隊長は皆を蹴散らす様に怒鳴ってみせた。
勿論、本気で怒ってなどいない。パフォーマンスである。
「うわぁ~。ハゲが怒ったー!!」
「ハゲが移るぞー!」
「逃げろ――っ!!」
ガイド隊長をからかう様に言うと、皆は笑いながら蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
その背に「まったく」……と、ため息を漏らしつつもガイドは笑っていた。妻や子供もきっと、賑やかで喜ぶだろうと。
そして、シュレミナは……1番喜んでくれるに違いないと確信があったのである。