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*4  来訪者



 父アザラン侯爵とシュレミナ達が、そんな楽しい一時を迎えていた頃、屋敷の表玄関前には不穏の種が訪ねていた。



「兄ファイルはいるか?」

 不機嫌さを隠しもしない男であり、このアザラン家の当主ファイルの実弟。ゾット=アザラン伯爵その人である。

 顔立ちこそ兄ファイルに似た弟は、贅に贅を尽くしている様子でお世辞にも優雅とは云えない身なりだった。

 スラリとした兄ファイルに比べ、小太りとは冗談でも言えない太さの腹。質素では有りながら、品のある服装の兄。対し弟ゾットはきらびやかで、品の欠片もなくただ目立つばかりの服装。

 比べれば比べるだけ、そのすべてが対照的であった。使用人処か領地の人々が皆、血縁を信じたくないと口々に言う男である。



「ファイル様は、本日中にお帰りになられるか分かりません。急なご用件であれば私めが御伺い致します」

 屋敷の扉を少しだけ開けて出た、執事長ナザックが対応にあたっていた。

 アザラン侯爵が帰宅しているのは、当然知っている。だからこそ、煩わせたくないと知らぬ存ぜぬで通しているのだ。

「では、中で待たせてもらおう」

 ナザックの脇をぬって入ろうとするゾット。

 先触れもなく勝手に来て、挙げ句図々しくも屋敷の中で待とうとしていた。

「大変失礼とは存じ上げますが、先にご用件を御伺いしても宜しいでしょうか?」

 それを簡単に通す程甘くはない。執事長ナザックはスッとそれを遮った。

 本来実弟であれば、中に通して丁重に扱うのが道理だ。だが、相手はあのゾットである。おいそれとは中に通す訳もない。

「使用人ごときが黙れ!!」

 ゾットは一蹴した後、この糞がと暴言を吐いた。

 この私をどんな理由で通さないつもりなのか、ゾットはさらに不機嫌さを露にした。

「大変失礼致しました。今までファイル様にお借りしたお金を、お返しになられにいらしたのですね? 金5000もご用意するのはさぞかし大変でした事でしょう。ダイクト、ダイクトはいるか!?」

 執事長ナザックは、ゾットの暴言にも微動だにしない。

 それ処かゾットが、口を挟む素振りを見せても完全に無視し、一気に言い切ると手をパンパンと叩き、部下の執事ダイクトを声高く呼んだ。


「はっ。何用でしょう」

 ナザックが呼べば素早くダイクトがやって来た。

「弟ゾット様が、今までお貸していたお金をお返しに来られたと、早急にファイル様―――」

「そんな事は言っとらん!!」

 ゾットは話を勝手に進める2人に、怒号を浴びせた。

 自分を中に通さないばかりか、無視して勝手に話を進めるなど、言語道断であった。

「では、何用でございますか? まさかとは思いますが、金貨1枚としてお返しになられていない上に、まだお金をお借りになんて―――」

 執事長ナザックが驚いた様にまだ言えば

「まさかまさか!! ナザック様、それはあまりにもゾット様にに失礼です!! さすがに金1枚も返してもないのに、さらに金の催促だなんて……そんな非常識で愚な話がある筈もないでしょう!! ゾット様に謝罪を!!」

 ダイクトが大袈裟に驚愕してみせ、執事長ナザックに謝罪する様に怒ってみせた。だが、あくまでも形として見せただけで、その内容は金の無心より早く返すのが常識だろうと、言っているのだ。


「浅はかで軽薄な我が愚考。大変失礼致しました」

 それを聞き執事長ナザックは、深々と頭を下げて謝罪した。

 勿論、金を無心する考えは愚考だと、念を押すのを忘れない。

「長の愚考。大変失礼致しました」

 ダイクトも同じく頭を深々と下げて謝罪した。

 同様に、ゾットのしている無心は、愚か者のする事だと言葉に込めた。返してもないのに、さらに金を借りに来る筈はないですよね? と先に牽制してみせたのだ。


 そして、さも何事もなかった様に2人は同時に顔を上げ「「一応ご用件を御伺いしても?」」とニコリと微笑んだ。トドメである。



「……っ!!」

 その瞬間ゾットは怒りを通り越して、憎悪に近い表情をしていた。睨み殺さん勢いである。

 こう言われてしまった後で、金の話と言えば自らを愚か者だと認めた様なものである。それを承知で言える程、自尊心を捨てた訳ではない。

 勿論彼等は百も承知で、こんな茶番をやってみせたのだ。言えない様な空気を作るために。それをゾットも薄々気付いていた。だがらこそ、この2人が憎くらしいのである。


「糞共がっ!!」

 ゾットは2人に罵声と唾を吐きかけると、ここにいるだけ無駄だとばかりに踵を返したのである。



 その後ろ姿が小さくなって行くのを見て、2人は無表情に頭をもう1度だけ下げた。勿論、敬意など払ってではない。

 その綺麗なお辞儀の中に『2度と来るなこのクズ』という意味を強く込めていたのであった。





 *・*・*・*・*





「中々見事なものだな」

 そんな姿をどこからか見ていたのか、感心した様な声が聞こえた。

 2人が振り返ればアザラン侯爵その人であった。裏口からひっそり戻っていた様である。

「「お耳汚しを……」」

 執事長ナザック、ダイクトは心より謝罪した。

 もっと早くに気付き返すべきだった……と。

「いや。我が愚弟が迷惑を掛けた」

 アザラン侯爵は、苦笑いしながらも軽く頭を下げてみせた。

 そう、使用人に頭を下げたのである。

「お止め下さい!! 失礼ながら、かの弟君のためにあなた様が、頭を下げる謂れはございません」

 執事長ナザックとダイクトは慌てて、頭を上げる様に促した。

 冗談でもあんな男のためになど、頭を下げて欲しくはなかったのだ。

「しかし――」

「これも仕事の1部でございます。ファイル様には心の安寧のためとはいえ、私めの判断で勝手に弟君を追い出してしまった事を、深くお詫び申し上げます」

 まだ何か言いたげなアザラン侯爵の言葉を遮り、執事長ナザックが謝罪すれば、ダイクトも深々と頭を下げたのである。

 こう言われてしまうと、さすがのアザラン侯爵も何も言えなくなってしまった。


「父上、おかえりなさい。ナザック、ダイクトありがとう。シュレミナが怯えずに済んだ」

 アレンが2階の部屋から見ていたのか、さっきのやり取りにお礼を言ってきた。自分が出迎えていたら、どうなっていた事か想像に堪えない。

「「いえ。出過ぎた真似を致しました」」

 2人はアレンにも謝罪した。

 主人がいない屋敷では、嫡男であるアレンが主人である。指示を仰ぐべきだったと謝罪したのだ。

「いや。出過ぎではないよ。むしろ感謝してる。俺が対応した方が、叔父上の逆鱗に触れるだろうしね」

 自分も苦手というか嫌いだった。たからこそ、冷静に対応出来る自信がなかった。むしろ罵倒を浴びせかねない。

 父が金銭を融通しなくなった途端に、態度が激変する様な男だ。しかも、父ファイルだけでなく、まだ幼い妹シュレミナにも手を出しそうな視線を浴びせていた。それがどうしても許せなかった。


「しかし、用件も言わずに帰った処を見るとやはり "金" の話か」

 アザラン侯爵が呆れた様に言った。

 そうだろうとは予測してはいたが、その通りだと呆れるばかりである。

「金貨1枚と返してないのに、さらにまだ借りようなんて……」

 神経が疑われるよ……という言葉は、辛うじて飲み込んだ。

 自分の叔父である前に、血を分けた父の実弟だ。言葉が過ぎると判断し、言葉を慎んだのである。

「借りているつもりがないのだろう」

 あげたつもりは微塵もないのだが、弟は返すつもりが一切見られない。

 こちらが潤っているから、返さなくてもいいと思い違いしているのだ。なんなら、あるのだからもっと寄越せと云う事の様である。

 終わりの見えない贅沢さえ止めれば、裕福そのものの暮らしが出来るだろう。

 手にしている指輪や宝飾品を少しでも売れば、借金の1つや2つは返せるだろう。それ等を止めようとはせず、金品を無心する神経に辟易していた。



「……はぁ」

 アレンは深い深いため息を吐いていた。

 口を開けば悪口しか出ないため、ため息で誤魔化したのだ。薄いとはいえ王家の血筋で、信じたくはないが腐りきってはいても父の弟なのだ。だから、悪口は言いたくなかったのである。

「厳密に云えば。金貨5000ではなく5170。後は私のカフスボタン数個と鞄、帯。リリースは何個か指輪や宝飾品か」

 アザラン侯爵は、口の端を自嘲気味に上げた。

 アレが来ると、屋敷から物が無くなるのだ。小さくて高そうな物が……である。実弟ながら、泥棒紛いの事をする悪癖にウンザリしていた。

「俺は、本が切られてた時があるよ」

 ゾットの息子の仕業だと分かっていた。

 過去に1度だけ、手合わせをした事がある。アレンは学園でもその美貌と性格で、女性注目の的であった。それを、ゾットの息子は良くは思っていなかったのだ。

 だから以前、手合わせと云う大義名分を立て、彼はアレンをボロクソにしてやろうと企んでいたのだ。しかし、ガイド隊長達に鍛えてもらっているため、アレンは学園で学ぶお遊戯の様な剣技ではなく実践的。

 そのため、やり込めるつもりが逆にやり込められてしまった。まさに返り討ちである。それをあの男は今でも根に持っていて、会うたびに嫌がらせをして帰る輩だった。


「レミのぬいぐるみと指輪も無くなったわよ?」

 シュレミナを連れた母リリースが疲れた様に、会話に加わった。

 愛娘の物を盗っていくのは、ゾットの娘マリアなのは分かっている。当然の様に自分のポケットに仕舞ったのを、使用人達が目撃し1度注意した事があるからだ。

 それから、使用人達も自分も皆、彼等には警戒心しか沸かない。

「「「「「………はぁぁぁ」」」」」

 皆、言葉が出なかった。

 出るとしたらキリがないくらいの罵倒。あの家族への深い憤りだった。

 そして、そんな憤りで時間を無駄にするのも苛立つ。だからこそ、ため息を吐き皆は止めたのだ。


「おはなをどうぞ?」

 何でそんなに深いため息を吐いているのか、まったく分からない小さな少女は、執事長達に花を手渡した。

「ありがとうございます。小さな花売り様」

 執事長ナザックは膝を折り、心を癒す大切な姫君に笑顔を向けた。

 この姫の笑顔を見たら、嫌な気分など吹き飛んでしまう。くだらない者達のために、憤るのは止めようと思ったのだ。

「おいくらですか?」

 執事長ナザックが、優しく微笑めば―――

「きんか5000まいです!!」

 シュレミナはどこから話を聞いていたのか、屈託のない笑顔でそう言った。



「「「「「高過ぎる!!」」」」」

 アザラン侯爵一家も、執事長達もあまりの値段の高さに目を丸くさせた。屋敷が易々買える値段である。

 何も知らずに可愛らしい笑顔を見せたシュレミナに、皆は見合わせると一斉に声を上げ笑ったのであった。






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