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アザランの花  作者: 神山 りお


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32/38

*32 再会



『ガイド。あめがふりそうだからおうちにはいろう?』



 扉を開けたガイドの耳に、懐かしい想い出が頭をよぎる。

 まるで、昨日の事の様に今も思い出す。



 そこは、6畳あるかないかの狭い簡素な部屋だった。

 嗅いだことのない奇妙な臭いが、鼻の周りにまとわりつく。石畳の床には壊れた椅子が転がり、ベッド脇に歪んだテーブルが辛うじて立っていた。それだけしかない部屋。

 幼い少女の部屋というには、あまりにもかけ離れている。それも侯爵の少女。言われても誰も信じないだろう。

 奴隷の部屋と言われた方が、おそらく合致する。

 部屋というにはあまりにも臭いや埃がすごく、物置かゴミ置き場の様だった。

 薄暗い部屋に僅かばかりの明かりが洩れていた。レンガ造りの壁にある、格子の付いた小さな明かり窓からである。

 その窓から、僅かばかりの月明かりが差し込んでいたのだ。




 月明かりに導かれ、ガイド達は小さな小さなベッドに視線が注がれた。




 ベッドには……埃が大量に被っている。

 そして……そのベッドの上にーー




 ーー服を着た、幼い少女らしきモノが横たわっていた。




 金色で少しクセっ毛の髪が生えた、小さな小さな頭の骨。

 薄汚れた幼い服の袖でや裾からは、小さく細い白い骨が見える。

 か細い首からは、何かアクセサリーが掛かっており、そのチェーンの先には、指輪がキラリと月明かりを反射させていた。

 こんなに何処もかしこも埃が被っているのに、見て欲しいと指輪だけは埃を被らず光って見えた。

 2人の目には、嫌でも入ってしまった。

 幼い骸の首には、紛れもなくアザラン侯爵家の紋章が、悲しく光っていた。




「う……そだ」

 ガイドは膝が床に崩れ落ちると、頭を抱え半狂乱に声を上げた。信じたくなかった。自分に嘘だと思い込ませたくて、悲鳴に近い叫びを上げていた。

「嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーーっ!!」




 ……それは。




 ……シュレミナだった。




 いつ息を引き取ったのか、知らないし分からない。

 だが、幼い彼女は、こんなにも息苦しくて寂しい場所で、1人寂しく死んでいったのだと思うと、辛くて胸が張り裂けそうだった。

「そ……んな」

 バイエルも首に下がる指輪に気付き、愕然と膝を床に落としていた。

「何かの……間違いだ!!」

 信じたくない。信じられないと、力任せに床に拳をガンガンと打ち付けていた。

 癖ッ毛混じりの金色の髪。少し丈の短いフリルのついたワンピース。そしてーー

 ーー首から下がっているあのネックレスは、紛れもなくシュレミナを示していた。否定したいのに、否定出来なかった。





『見つけてくれて、ありがとう』




 ガイドとバイエルの脇を、柔らかく暖かい風が吹き抜けた。





「姫? シュレミナ姫!?」

「姫!?」

 ガイドとバイエルは、シュレミナの声を聞いた様な気がして、辺りを見回した。

 やっぱり、悪質な冗談だったのだと、心が一瞬はね上がった。

『本当は、こんな姿は見せたくなかったんだけどゴメンね』

 だがすぐに、絶望に心臓が叩きつけられた。

 月明かりに混じり、窓際にシュレミナはユラユラと立っていたのだ。

「姫……姫」

 ガイドはシュレミナの姿を見ても、胸が張り裂けるばかりで涙が止まらなかった。

 いるハズのない場所に立つシュレミナ。その後ろには、何故か壁が透き通って見えていた。

 あり得ないと信じたくなかったシュレミナの死が、確信に変わってしまった。



『ガイドもバイエルも泣かないで』

 シュレミナは、もう触れる事の出来ないガイドとバイエルの頬に、手を滑らせた。涙を優しく拭い取る様に……。




「何故っ……だって今朝まで……っく」

 普通に話をしていた……と、バイエルは嗚咽で言葉が出なかった。

 言いたい事、聞きたい事が溢れていた。だが、どうしていいのかが分からないのだ。

『……』

 それにはシュレミナは答えなかった。ただ、悲しそうに微笑むだけだった。その代わりにガイドとバイエルを誘う様に、階段に上がりスッと消えた。





 *・*・*・*・*





 ガイドとバイエルは、涙を乱暴に拭いながら階段を駆け上がった。入り口に待機していた仲間達が、その異様な雰囲気に無言で答えた。彼等も聞きたい事は山程あるだろう。

 しかし、ガイドとバイエルは地下室で何があったかを、伝える余裕が全くなかった。ただ、嗚咽を上げそうな声を振り絞り、大広間にとしか言えなかったのである。

 付き合いの長い仲間達は、何かがあった事を察し2人に無言で付いて行くだけだった。




 大広間には、他の仲間達やゾット一家達がすでに集まっていた。

 しかし、何故か異様な雰囲気が漂っていた。

 気絶していたゾットも目を覚ましてはいたが、誰も何も話してはいなかった。罵声や怒号が放っていてもオカシクはない状況なのにである。

 大切なモノを奪った者達と、奪われた者達が同じ空間にいるのに、話す事も憚る異様な静けさが、この大広間を支配していたのだ。




『シュレミナは見つかったみたいだな』

 縛り上げられたゾット達の前に、ひどく懐かしい声が聞こえた。




 会いたくて会いたくて仕方がなかった。ガイド達の心の拠り所。一生涯の主であり、唯一無二の存在。




 そこにいたのは、ファイル=アザラン……その人だった。






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