表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

*3  アザランの花 (後編)



 執事長ナザックによる語学の勉強が終わると、シュレミナは暇をもて余し始めた。窓に駆け寄り少し高い位置にある窓から、背伸びをして庭を見る。

「2人とも休憩にしましょう。シュレミナの勉強は捗ってるのかしら?」

 ちょうど勉強が終わった頃、母リリースが侍女を1人伴ってやって来た。

 侍女サリーの持つトレーには、紅茶とクッキーが乗っている。勉強を終えた2人のために、差し入れを持って来たのである。

 「姫様は覚えが宜しいですよ。今は計算も教えています」

 ナザックはニコリと微笑み、外を見るシュレミナを見ながら言った。

 語学だけではつまらないかもと、最近は計算も教えていたのだ。シュレミナは面白いのか、楽しみながらドンドンと覚えていった。ナザックも教えて甲斐があるのであった。


「まぁ。計算まで? シュレミナ姫は覚えが早いですわね? リリース様」

 テーフルに紅茶を置きながら、侍女サリーが嬉しそうに言った。

 自分の仕えている屋敷の可愛いお嬢様の成長が、自分の事の様に嬉しくて仕方がないのだ。

「そうね。シュレミナは、婿でも迎えてアレンのサポートをしてくれたらいいわね」

 夫同様に、大事な愛娘を嫁に出す気はなかった。

 侯爵家の一人娘。産まれた瞬間から婚約の話は数多くある。だが、アザラン夫妻は一切遮断していた。

 貴族にとって、婚姻が相手やその周りとの繋がりに必要なのは、重々承知している。しかし、家督を継ぐアレンにしても、家の繋がりよりも先に少しでも、相手に好印象を持てるかを重視させていた。

 なので、貴族としては異例だが、15になるアレンにしても候補止まりで、婚約者はまだいなかった。

 息子アレンでさえそうなのだ。愛娘のシュレミナに特に、相手を吟味するに違いない。

 侯爵家に暮らす皆も、嫁がせて苦労させるくらいなら、婿養子を迎えて一緒に暮らして欲しいと願っていたのである。



 母リリース、執事長ナザック、侍女サリーとシュレミナは、皆でテーブルを囲み紅茶とクッキーを食べていた。

 普通とは少し……いや大分違うアザラン侯爵家では、使用人も混じってテーブルに付く事も多い。給仕係を侯爵家自らやる事さえある。

 侯爵家ともなれば、厳しいのは当たり前。奴隷紛いの扱いさえも普通なのだ。だから、初めの頃はサリー達も、覚悟を決めて来たものだった。

 だが、蓋を開けてみれば、しっかりと厳しい処もあるが、使用人達も家族と認めてくれた。その温かさに涙が出る程であったのである。



「おかあしゃま」

「しゃま?」

 時おり舌ったらずになるシュレミナに、思わず笑みが零れる。

「あれ? ちゃま? しょま?」

 シュレミナは自分で言って、何が言いたかったのか忘れ、首を傾げていた。

「 "さま" ですよ。姫」

 執事長ナザックが、紅茶を飲みながらクスリと笑った。

「さま。"さま" あとでかごがほしいです」

 シュレミナは両手でティーカップを掴み、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。砂糖もミルクもたっぷりのミルクティーである。

「「……ぷっ」」

 執事長ナザックも、侍女サリーも思わず吹き出しそうだった。

 "様" ですよとは言ったが、様だけではないのだ。"おかあ" さまである。

「……さま……"お母" 様でしょ?」

 リリースは苦笑いしながら、訂正した。

 略すにも程がある。我が子ながら、可笑しくて仕方がない。

「うん。おかあ……さま。」

 確認しながら言うシュレミナには、笑みが溢れる。

「なぁに?」

「あとでおはなをとりたいので、なにかいれものをください」

 先程、窓から庭を見たら、あの蒼と白の花びらを持つキレイな花が、あちらこちらにたくさん咲いていた。だから、摘みたかったのだ。

「花。えぇ、いいわよシュレミナ。だけど、お花は "とる" ではなくて "つむ" って言うのよ?」

 母リリースは、優しく言葉を教えた。

「 "つむ" 」

 シュレミナは確認する様に呟いた。

「そう "摘む" 色々な言い方があるから、お勉強していきましょうね?」

 隣に座る愛娘シュレミナの頭を、優しく優しく撫でた。

 シュレミナは「うん!」と、可愛らしい笑顔で返すのであった。





 *・*・*・*・*





 名も知らない、蒼と白の花びらを持つ小さな花は、庭にたくさん咲いていた。背丈は10センチ程と低く、可愛いらしい花がシュレミナは大好きだった。

 母リリースから、小さな藤の籠を貸して貰った彼女は、その花を一生懸命摘んでいた。



「おはなをどうぞ」

 シュレミナは籠がいっぱいになると、使用人達に1輪1輪手渡していた。さながら花売りの少女の様であった。

「ありがとうございます!!」

 使用人達は、可愛らしい花売りに皆笑顔を浮かべていた。

 わざわざ来て手渡してくれる姫様に、心が温まるのである。だから、配っていると噂を聞いた皆は、そわそわし仕事の合間にシュレミナを探したりしていた。

 そして、シュレミナが来てくれれば仕事の手を止め、ついつい集まり花を受け取りに行っていたのであった。

 幸せを運ぶ可愛い妖精の様だと、使用人達は口々に言ったのであった。




「うちの姫は何をしているのかな?」

 兄アレンは勉強の合間に、2階の窓から妹の様子を見ていた。花を摘んでは配る妹の姿に小さく笑う。

 何をしても可愛いと思うくらい兄バカだけれども、ちょこまかして皆を笑顔にする妹は、尊敬もするし構いたくなって仕方がない。

「花を配っているんですかね?」

 勉強を学ぶクリスは、隣で同じく見ていて笑っていた。

 なんだか一生懸命なシュレミナに、顔が緩んでしまう。

「う~ん。良く見えないな。ここにも来るかな?」

「来るのではないですか?」

「来なかったらどうする?」

 というか、皆に配っている様子なのに、ここにだけ来ないなんて寂し過ぎる。

 勉強中なのに、ついつい待ちわびてしまう2人だったのだった。

 




 *・*・*・*・*





「たいちょ~。おはなをどうぞ!!」

 シュレミナは、警備にあたっていたガイド隊長を見つけ花を渡した。勿論、他の警備隊にも渡して来ていた。

「ありがとうございます。姫様」

 ガイド隊長はその花を大事に受け取ると、胸ポケットに挿した。

 後で花瓶に挿すか、押し花にでもしようと考えていたのだ。

「ふくたいちょ~もどうぞ」

「ありがとうございます」

 リスト副隊長も同じく大事に受け取った。

 可愛い姫様からの花である。大切に取っておこうと思ったのだ。



「可愛い花売りさん。お花を下さいな」

 花を配っていると、後ろから優しい声が聞こえた。

 父アザランが返って来た様である。娘の前に屈んで訊いていた。

「あっ。おとうさま、おかえりなさい」

 父に気付くと、途端に花の様な笑顔を見せた。

「可愛い花売りさん。1つお花を下さい」

 父は花籠を抱えるシュレミナに、もう1度優しく声を掛け右手を出した。

 花売りの真似事をしている娘に、客として乗っかったのだ。

「ん~と」

「おいくらですか?」

 アザラン侯爵が財布を出して尋ねれば、シュレミナはう~んとしばらく悩んでこう答えた。

「きんか1まいです!!」

「「高っ!!」」

「高いな」

 元気良くいい笑顔で言ったシュレミナに、ガイド隊長達も父アザランも、目を丸くし思わずツッコんでしまった。

 その辺に生えていた花1輪に、金貨は高すぎる。とんだボッタクリである。物の価値を少しづつ、教えていかなければならないと思った瞬間であった。

「ん?」

 そんな父達をよそに、何事か全然分からない彼女は、可愛いらしく首を傾げていたのであった。









 ブックマーク、評価、ありがとうございます。

 作者の原動力になっております。

 (*´▽`*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ