*27 錯綜(後編)
バンタインが最期を迎え、他の仲間がゾットの元に向かっていた頃ーー
「ここからなら……」
ゾットが数年前に作らせたという新しい逃げ道には、使用人数名の声が聞こえた。
ここは、裏口とは別にゾットが新しく作らせた抜け道。万が一のため用で、普段は馬小屋に見せかけている。その小屋の裏から街へと、遠廻りだが行ける畦道だった。
知っているのは、1部の使用人のみ。この使用人達も、たまたま見つけていただけ。そして、彼女等も万が一のためにと、他の誰にも教えてはいなかった。
知る人物が増えれば、それだけ見つかる確率が上がるからである。そうなれば囮がいなくなると、教えてはいなかったのだ。
「ゾット様も酷いわよね。こんな抜け道を作ってあるのなら、教えといてよね!」
「まったく、あの家族ったら皆、自分の事だけなんだから」
使用人達は、ボソボソと文句を言いながら逃げていたのだ。自分達も、自分の事だけしか考えずにココへ来ているにも関わらず、文句を言っていたのである。
降り始めた雨で、この声もかき消されるとでも思っているのか、怖さを緩和させるために話しているのか、微かに笑う声さえも混じっていた。
「お前等だけには言われたくねぇって、ゾットも思うな」
只でさえ視界の悪いこの闇夜に、話までして注意が散漫していたため、ここで待ち伏せされていたとは梅雨ほど思わなかったに違いない。
「「「……ひぃっっ!!」」」
突如目の前に現れた黒ずくめの賊に、使用人達は叫び声を飲み込んでいた。
戻ろうとしても、背後にも賊がいて逃げられない。知らぬ間に囲まれていたのである。
「逆らえば殺してイイって言われている。大人しく捕まるか殺されるか、好きな方を選べ」
賊と思われた男は、腰に下げていた荒縄をスルリと取った。
勿論、この使用人達を捕縛するためである。
使用人の女達は互いを見ると、何か目配せをした様に動き出す。
「ねぇ。見逃してくれよ?」
「お金や宝石の隠し場所なら教えるし。見逃してくれたらーー」
「あたし達を好きにしてもイイからさぁ」
自分達の魅力や価値を、それなりに知っている使用人達は、賊だと思い込んでいるガイドの仲間に媚を売り始めていた。
雨でしっとり濡れた髪を耳にかけ、きっちり止めてあった胸元のボタンを外していく。
「ねぇ。お願い……見逃して?」
艶っぽい声を出し、男達にはだけた胸を押しあて、さわさわと身体をまさぐり始める。男を挑発するのはお手のものだったのだ。
「そうだなぁ」
知っていてわざと誘われた振りをして見せる男。
上目使いで艶っぽい瞳。舌を巧みに使って舐める、ぷくりとした唇。そして、片方の手を握られ胸元に押しあてられれば、いつもの自分達だったら、このまま一緒に闇夜に溶けたかもしれない。
だが、今の彼等には誓いがあった。使用人を1人として逃がすつもりなど端からないのだ。
「シュレミナ姫を助けていたら、逃がしていたかもな」
男はニカリと笑っていた顔を一気に無表情に変え、彼女の腕を後ろ手に捻り上げた。
「いったいっ!!」
「野蛮な事はやめて!!」
次々と使用人達は締め上げられ、悲痛な叫びを上げていた。まさか、色仕掛けが全く効かないとは思わなかったのだ。
それも賊らしき男は "シュレミナ" と言った。何かが違うと悟ったのである。
「幼子を地下牢に閉じ込める方が、よっぽど野蛮だろうよ!!」
「てめぇ達も、同じ目に合わせてやろうか!?」
男達が一斉に捲し立てれば、使用人達はやっと只の賊ではない事に気付いたのだ。
そして、話振りからして、前アザラン侯爵の関係者だと知り、顔面蒼白に変わっていた。まさか、復讐しにくるとは思わなかった。
来たとしても、バンタイン達がどうにかすると信じていたのだ。
「あ、あれはゾットさ……ゾットの命令で仕方なく!!」
「た……助けようとは思っていたのよ!?」
「だけど、ゾットやアマンダには逆らえなかったのよ!!」
「そうよ!!」
「「「あたし達は悪くない!!」」」
使用人の女達は一様に口を揃え、ゾット達が悪いと罪を押し付けた。只の1人として、謝罪や贖罪の言葉はなく、自分達も仕方がなかったと涙さえ見せ同情を求めたのだ。
ーーバチン!!
「ふざけんな!!」
それは無意識だった。
いつまでも助かるための言い訳しか言わず、黙らない使用人の1人の頬を、気付いた時には力一杯に叩いていたのだ。
「助けを呼ぶ事くらい出来たハズだろうが!! なのに……なのにてめぇ等はーー」
叩いた手を男は強く握りしめ、ギリギリと爪で肉を抉っていた。たった1人で暗い地下牢に、閉じ込められていたシュレミナの事を思うと、辛くて悲しくて強い憤りしかなかったからだ。
悔し涙が目尻に溜まる中、どうしても許せないと男が再び手を振り上げた。
ーーその瞬間。
ーー信じられない言葉に、皆の息が止まった。
「だって……だって……まさか」
「あのまま死んじゃうなんて思わなかったんだよ!!」




