*26 錯綜(前編)
後から駆けつけたガイドが、ゾットの寝室に着くと……彼は顔をパンパンに腫らし、口から血を流して倒れていた。
「殺したのか?」
とは訊いたものの、太い腹は上下している様に見えた。いたぶっただけというのが正しい表現だろう。手は後ろ手に縛られていた。
「すぐに殺したりする程、俺達は優しくねぇよ。ガイドさんを待っていた」
自分達だけの感情ですべてを終わらせる訳にはいかない。
恨みを晴らしたいのは、自分達だけではないのだ。ここにいる者や街にいる人達も、何かしたいハズである。
「……っ……ガイド……か」
目を覚ましたゾットが、口を歪めた。
賊の侵入かと想像していたが見知った顔を見て、敵討ちのために来たのだとすべてを察したのだ。自分のした事に気付いたのだと。
「よくも……実の兄達を殺したな」
ガイドは自分でも驚く程、頭が冷えていくのを感じていた。
自分の主を殺害した実行犯に会ったら、切り刻んでやるとここまで生きていた。だから、見つけた瞬間に自身を抑えられないと思っていた。
だが、実際目の前にすると、異様なくらい頭が冷え落ち着いていたのだ。
「わしは殺してなどおらん」
ゾットは口を歪め、血の混じった唾を吐いた。
「手を下したのが、アンタじゃなくても……指示を出したのは知っている」
「……」
「何故、殺した?」
すでにクリスに聞いていた。だが、命令を下したこの男の口から、どうしても真実を聞きたかったのだ。
「財産を独り占めし、このわしを嘲笑するからだ」
自分達に多めに渡した、と兄ファイルは言うが、侯爵の爵位も侯爵の領地も兄の物だった。
兄だからという理由で、当然の様に爵位を継いだ兄を許せなかった。
分配分と母方の伯爵家の領地などを貰っても、侯爵家の領地とは雲泥の差。領土の問題ではなく、土地の価値の問題なのだと語り始めた。
兄の領地は日に日に潤いを増すのに、自分の領地はまったく潤わない。それ処か、税が高いと陳情書まで市民が上げる始末。
税を納めるのが当たり前の市井共が、この自分に声を発する等許せない。それを兄に告げ口し、兄から叱責されるのも許せなかった。
「独り占めなんかしてねぇだろうが!! そんな逆恨みで……殺したのか!!」
ガイドはギリギリと歯を食い縛り、今にも飛び掛かりたい気持ちを抑えていた。
殺すのは簡単だ。だが、一瞬で終わらせたくはなかったのだ。
「逆恨みなんかではない! 何かに付けて、このわしを見下す方が悪い」
この危機的状況が分かっていないのか、分かりたくないのかゾットは小馬鹿にする様に、鼻で嗤っていた。
「……がはっ!!」
その瞬間ゾットの口から、血と欠けた歯が飛び散った。
「自身の欲望と金の事しか、考えねぇからだろうが!!」
ガイドは無意識にゾットの頬に拳を上げていたのだ。
ここまでしても、まだ自分本意で自己中心的なゾットに、殴らざる得なかった。反省も謝罪もない。何1つ悪びれた様子が微塵もないのだ。
「わしは侯爵だ!! 市民は従って当たり前の存在なんだぞ!?」
血を口から流しながらも、まだ反論していた。
「ふざけるな! 侯爵なら領民の幸せを願うのが当たり前だろ!!」
「なのに……アンタは、生活の苦しい者達からすべてを奪い……」
「血税を強いていた!! それが侯爵のやる事かよ!!」
堪らず周りにいた仲間達も声を上げていた。
何を言っても無駄なのは分っている。だが、声を上げずにはいられなかったのだ。
「黙れ!! 下民共が!!」
ゾットは侯爵でありながら、非常識にも唾を吐きかけた。
侯爵としての矜持は、この男にはないのかもしれない。
「ガイドさん。殺っちまおう!!」
「「「ガイドさん!!」」」
怒りに震えた仲間達は、口々にゾットを殺せとガイドを心を押していた。
だが、ガイドはすぐに頷きはしなかった。激情に流され楽に逝かせるなど、許せなかったからだ。
「そんな簡単に逝かせるかよ」
ガイドは拳を強く握り、内に秘める怒りを抑えて言った。シュレミナが受けた苦しみを思えば、剣で一思いに突くなど出来なかったのだ。
「シュレミナ姫同様に……地下室に監禁してやる」
生かさず殺さず……だ。
ガイドは動く事の出来ないゾットの襟首を掴み、引き摺り始めた。簡単には逝かせない。逝かせて堪るかと引き摺っていたのだ。
「クックッ。シュレミナが地下室にいたと……使用人にでも聞いたのか?」
ゾットはくつくつと嗤いを漏らしながら、今更とガイドに問う。外部者が知らない事実を誰に聞いたのかと。
どうせここに来る今時分、使用人の誰かから詰め寄り、聞いたのだろうと笑っていた。
「クリスにだ」
ガイドが忌々しそうに、そう言うとーー
ゾットは酷く驚いた素振りを見せていた。
「クリスだと!?」
娘マリアのお気に入りの子供、クリスの事を聞き驚いた様子だった。
「そうだ」
「外出する機会などなかったハズだ」
ゾットは、娘のマリアのお気に入りのクリスは、特に監視させていたのだ。外に出る機会などあるハズもないと主張していた。
「知らねぇだろうが、先日抜け出したんだよ」
「先日?」
「そうだ」
ガイドは何も知らないゾットを鼻であしらった。
だが、その後ーー
ゾットの予想外の言葉に、息を飲む事になる。
「は? 死んでいるのに……か?」




