*23 仇敵(前編)
「ジャック。何処に行くんだ?」
その頃、息子ジャックは剣を振り回し遊んでいた。だが、飽きたのか何か思い付いたのか、ゾットの部屋を出ようとしていた。
「賊退治?」
父にそう訊かれたジャックは、実に愉快そうに返答した。
妹達は怯えていたが、自分にしたらこんな面白い事はなかった。獣を狩る時よりも、スリルと興奮で頭が沸いていた。
昂る感情を抑えられないのだ。無闇に人を殺せば人殺し。だが、正当防衛なら人を殺しても罪にはならない。
しかも、公爵家の息子として賊に立ち向かったと、称賛さえしてくれる可能性まである。なので、楽しくて仕方がなかった。
「自らの手を汚すなど、公爵の名に相応しくなかろう。手下にやらせとけ」
「伯父上をヤった時みたいに?」
妹マリアは知らないが、ジャックは知っていた。
父が屋敷の奴等を使って、伯父達を殺害した事を……。
「そうだ。上に立つものは自らの手は汚さん」
「でも、賊を退治したとなれば、息子に箔が付くってもんだろ? 数を減らす手伝いをするだけだって」
「ったく。程々にしろ。お前は跡継ぎだって事を忘れるな」
ヤりたくてウズウズしている息子を抑える事など、父ゾットには出来なかった。
気持ちが分かるくらいに、父の性根も腐っていたのである。
「は~い。父上」
ジャックは許可を貰い、嬉しそうに部屋を飛び出したのであった。
*・*・*・*・*
「ガイドさん。怖いくらいに上手くいってませんか?」
屋敷の周りにいた警備隊は、逃げる間もなくほとんどを始末出来ていた。こちらには大した怪我人もいない。
余りにも上手くいき過ぎて、不安になった仲間が口を開いた。
「天が俺達に味方になってくれている。そう思うしかねぇよ。今更後には引けない」
ガイド自身もここまで容易に、屋敷を包囲出来るとは思わなかった。だが、自身の不安は隠さなければならない。
リーダーである自身の不安は、仲間の不安に真っ先に繋がる。不安を味方に付けるしかないのだ。
屋敷の周りを包囲すると中の明かりも、チラチラと点滅し始めた。これも、クリスの仕業だとガイド達は感じ、扉や窓から一斉に侵入しようと走り寄る。
「あぶない!!」
ガイド達が窓ガラスを割り、外から屋敷の中に入ろうとした瞬間―――。
背後にいた仲間の声が危険を告げた。
暗闇で誰だか分からないが、仲間の1人が気配にいち早く気付き、ガイド達を守る様に間に入ってくれた様だった。
そのおかげで気付く事が出来、犠牲者が出なかった。
ガイドは素早く剣を構え態勢を建て直し、仲間の背後に見えた人影に躊躇いもなく斬りかかった。だが、その影は簡単に避けると、後ろに飛び距離をとる。
「ガイドさん!!」
ガイドの周りに援護に集まった。屋敷に入る事に集中し過ぎて、気配を読めていなかった。そのために仲間が殺られる処だったと想像すると、身体がブルリと震えた。
殺らなきゃ殺られる。今更ながら初めて知った感覚に、気が付くと身体が震えたのだ。
そして互いに、まだ誰かいるのかと辺りを見回していた。
「……ガイド。ククッ……そうか、ガイドだったのか」
暗がりに立つ何者かは、仲間の口にした名前を耳にし面白そうに笑って繰り返す。
ガイドがその声を不審に思ったその瞬間、チラチラとその男の顔に、外灯の明かりがあたった。
その時、見えなかった顔が、一瞬だがハッキリと見えた。
「……っ!? その声……まさ……か。バン……タイン!!」
その瞬間、右目が痛いくらいにカッと熱くなる。
それは、ガイドが忘れたくとも忘れられない顔であった。自分の右目に傷をつけた男であり、妻のライナを襲っていた男だったのだから。
「へぇ。覚えていてくれたのか、ガイド」
自分の名を呼んだ彼に満足でもしたのか、さらに愉快だとクツクツとバンタインは笑っていた。
この異様な状況さえもが、愉しくて仕方がない様である。狂っているといってもいい。
「貴様……何故こ―――」
ガイドはこの男が何故ここにいるのか、不思議に感じた次の瞬間。何故ここにいるのかが、理解出来てしまった。
「ゾットの手下に成り下がっていたのか」
ヤツは数年前から姿を消していた。だとしても、死んだとは思えなかった。それが、まさかゾットの下にいて再会するとは……。
「手下ぁ? 馬鹿が。ゾットなんかの手下になるかよ。ただの共存関係だ」
バンタインは心外だとばかりに、ハンと鼻で笑った。
使われているつもりはない。むしろヤツを隠れ蓑にして、使っているだけのつもりである。利用するだけ利用して、万が一に何かあれば切り捨てればイイと。
ゾットもそれは同じに違いない。互いに悪事を働くための隠れ蓑。利害が一致しただけの話。
「共存も手下も変わらねぇ。貴様がお館様を……この屋敷を襲ったんだな?」
ガイドは剣を強く握り締め、飛び掛かりたい気持ちに歯止めを掛けていた。
今すぐ斬りかかるより、事実を知る方が先である。クリスを信じていないのではなく、ヤツの口からも聞きたかったのだ。
「額が良かったからな」
バンタインがニヤリと笑い肯定する。
金とスリルが欲しいバンタイン。そこにたまたま、アザラン家を襲って欲しいとゾットが金を積んだ。利害の一致である。
バンタインにしたら、金払いさえ良ければ相手が誰でも良かった。互いに欲しがるモノが上手く填まったたけ。
ガイド達は真実を知り、仇敵が誰か知り、斬りかからんとギリギリと唇を噛み締めていた。
自分達が、アザラン家を襲ったと白状したのだ。それも、お金のためだけに……。
「なぁ。こうしねぇか? ガイド」
バンタインはさもたった今、思い付いたかの様にわさとらしく手を叩いてみせた。その様子は悪びれもなく、実に愉しげである。
「ゾットの命が欲しいんだろ? なら、金を寄越せよ。したら邪魔はしねぇでいてやる。いや、なんならヤってやろうか?」
「ふざけるなっ!!」
ガイドは怒号を放ち、バンタインのくだらない案を一蹴した。こんな状況だというのに愉しんでいるのだ。頭の血が怒りで沸騰しそうだった。
アザラン侯爵に手をかけたのは、ゾットの命令と金のため。どの理由だとしても、絶対に許せなかった。
首謀者でなくとも、共犯者であり強盗犯である。そんな悪党と交渉などヘドが出る。
「アハハハハ――――ッ!!」
ガイドが怒号を浴びせれば、さらに愉快愉快と高笑いしていた。予想通りの返答だったからである。




