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アザランの花  作者: 神山 りお


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21/38

*21 序章 




 ―――濃い霧が辺りを覆い始めたある夜。




 元アザラン侯爵邸の廻りには、ガイド元隊長達が息を潜めていた。

 予想通りに、この日も濃い霧が発生し始め、決行しろと運命が後押ししてくれている様だった。30分もしない内に辺り1面を霧が覆い、数メートル先の仲間の顔さえ見えない。



 ジクジクと右目が痛みに疼き始める。雨が降るのかもしれなかった。

 あの日も……こうやって右目が痛んでいた。ガイドはこめかみを押さえ、唇をギリッと噛んだ。

 痛みが、あの日を鮮明に思い出させてくれていた。

 だが……今回は逆である。襲われる側ではなく襲う側なのだ。奪われた者の報いを、彼等には受けて貰わなければならない。



「人を手にかける事に、少しでも罪悪感を覚えるなら……今からでも遅くはない……帰れ」

 正門を見据えたガイド元隊長が、皆に向かって言った。

 一瞬でも躊躇したら、命取りになる。1人の躊躇が、皆の動揺に繋がる。弱さは今、必要はないのだ。

「ガイド隊長。俺達は、何処までもあなたに付いていく!」

「ファイル様……お館様の無念を晴らすために生きてきたんだ。今更引き下がる筈ないだろ!」

「後悔なんて、あの時に捨てたよ」

「ゾット達に、すべてを返してもらう」

「これは復讐じゃない。返すだけだ!!」

 ガイド元隊長の最後の警告にも、皆は引き下がらなかった。

 これで命を落とす事になっても、後悔はしない。参加しなかった方が後悔するだろう。

 ゾット達には、なにがなんでも一矢報いたい。それがあの夜、何も知らず、何も出来なかったガイド元隊長や警備隊、街の人達すべての想いだった。

 ガイド元隊長は、皆の決意が固い事を再確認すると、正門に向かい始めた。まずは、正門近くで待機。

 合図が来るまで、目を閉じ息をなりを潜めていた。




 ―――チカッ。




 外灯がチカチカと瞬いた。

 それを皮切りに1つ、また1つ……外灯が次々と、しかしゆっくりと消えていく。彼等を追い詰める様に……。




 ―――始まりの合図だ。




 クリスの言った様に、仕掛けがあったのか、全ての外灯が消え始めていた。



「……行くぞ」

 ガイド元隊長が小さく合図を送ると、まずは正門の人達から向かった。



 正門に向かうと、まず2人の警備隊がいた。下っ端の警備なのだろう。その2人は正門からチカチカと外灯が消え始めた事に、一瞬狼狽えていた。

 灯りが消えた事で視界が暗くなり、小雨混じりの霧で何も見えなくなったからである。

「……っ!?」

 その警備隊2人が気配に気付いた瞬間には、背後には音もなくガイド達が立っていた。叫ぶ声も上げる余裕も、誰かも分からないまま、口を押さえ首を斬り裂かれ倒れた。

 闇夜に目を慣らしていたガイド達には、2人の姿はよく見えたからだ。その2人をゆっくりと地面に下ろし、ガイド元隊長達は次に消えた外灯付近の男達を、同様の手口で斬りつけた。



「……っ? 何が……起きているんだ!?」

 外灯が消え、次々と仲間の気配が消えていっているのを、不審に感じ取った警備隊達は、辺りを警戒し始める。

 だが、闇夜に紛れたガイド元隊長達は、背後をつき次々とヤツ等を地獄に葬っていた。

 そう……外灯が消え、月明かりも濃い霧が遮る中、ガイド元隊長達は何故か視界が良好に感じていた。先に闇夜に目を慣らしていたから、とは言えないくらい目が良く利いていた。

 自分達を、目に見えない何者かが後押ししてくれている。やり遂げろと、強い力が背中を押している気さえしていたのである。





 *・*・*・*・*





「ゾット様!! 庭の様子がオカシイみたいだ!!」

 寝室で優雅にワインを飲んでいたゾットに、警備隊が転がる様に入ってきた。

「グール。何度言ったらわかるんだ。言葉遣い……それと扉を開ける前にノックをしろ!!」

 何度と注意しても扉をノックせず、ズカズカと入ってくる彼等には怒りしかない。侯爵になった自分に今でも使うその言葉遣いは、心底怒りを覚えていた。


「それどころじゃねぇんですって!! お頭……じゃない隊長が見に行きましたが、庭の様子がオカシイんだって!!」

 元々、チンピラの様な生活をしていた輩に、良い身分を与えた処で私生活が更に派手になった以外、何1つ変化はなかった。

 態度すら改める様子もない。下賤は何処までも下賤だと、失笑すら口から漏れていた。

「オカシイとはなんだ?」

 妙に慌ただしくしている彼等に、ゾットは眉を険しく寄せた。

「外灯が次々と消えたかと思うと、仲間の気配がねぇ」

「賊でも入ったとでも言うのか?」

 ゾットは小バカにした様に言った。

 彼等こそが、盗賊のグループなのだ。それも、街処か国1番の組織力がある賊である。その盗賊がいる屋敷に、知らぬとはいえ誰が何のために侵入するのだと。

 黙ってすぐに蹴散らせばいい。報告等、蹴散らした後で良いのだ。



「まさかとは思いますが……今、隊長が自ら見に行ってる」

 基本的に、人の目や人の言う意見を信じないお頭バンタインは、現場を自ら見に出向く事がある。

 実際、今も何かが起きていると聞き、ゾットへの報告を自分に託した見に行ったくらいである。

「ふん。それでも世に名を馳せた盗賊か。盗賊が守る屋敷に賊の侵入など恥もいいところだ」

「まだ、賊と決まった訳じゃ」

「はん? こんな時間に客か? 寝ぼけた事をぬかすな!!」

 ゾットは手下達を一蹴した。

 灯りが次々と消え、仲間の気配がなくなる。警備隊の気配がだ。

 となれば、想像に容易い。自分達がしてきた様に、ここにも賊が侵入して来たのだろう。可能性は充分あった。

「賊が賊にやられるなど、貴様達の恥だぞ!! さっさと見つけ始末しろ!!」

 ゾットは怒号を上げ、腰に下げていた小さな鞭をバシリと激しく床を叩いた。折檻用に作られた特注の鞭である。

 これで、気に入らない者達を幾度となく叩いてきたのだ。

「了解!!」

 鞭の音に一瞬怯み、手下達はバタバタと部屋を出て行ったのであった。

「使えん糞が」

 ゾットは忌々しそうに、唾を床に吐いた。逐一報告等している暇があるのなら、賊の首の1つでも持って来いと舌打ちしていた。



「あなた。賊って……」

 たまたま、その場に居合わせた、ゾットの妻アマンダが不安そうに訊いた。

 この屋敷に移り住んでから、始めての事態に少し不安の様子だった。

「心配いらん。たかが賊ごときが、この屋敷を制圧出来る訳がない。なにせ、屋敷を守っているのは、悪党中の悪党だからな」

 ゾットは、ソファに座り直すと鼻で笑った。

 屋敷の警護は元……いや、現盗賊。自分に逆らう者達を消す役目も担う暗殺軍団でもあった。

 腕利きの輩のいる屋敷に、盗賊が押し入ったとしても、返り討ちに出来る。だから、ゾットは何も恐れてはいなかったのだ。

「怖いのなら、子供達を連れて例の道から逃げろ」

「嫌よ、こんなどしゃ降りの中!!」

 アマンダは時も考えずに叫んでいた。逃げるために作ってあった隠し通路は、外の馬小屋の裏に出るのだ。

 こんなどしゃ降りの中、外を出るのは後免だと嫌な顔をした。

「なら、地下室に隠れろ。そこなら見つからんだろう」

「イヤよ、地下室なんて!! あの娘の怨念でも溜まってそうだわ」

 さらに嫌だと妻アマンダが、さらに金切り声を上げた。

 喩え夫ゾットが言っているのが、姪のシュレミナを監禁していた地下室ではないとしても、同じ地下空間にいるのがおぞましかったのだ。



「怨念なんかあって堪るか。あるなら、とっくに私は兄に呪い殺されているだろうが」

 くだらないと呆れ、高笑いをしてみせた。

 実兄を殺害させた張本人だとしても、微塵も罪悪感などなかった。自分に従わない者は始末すればイイ。

 自分に逆らう者などもういないのだ。叱責する者はこの世にはいない。怖いものなどなかった。

「それでも、あんな陰気臭い所なんてゴメンだわ。食堂の隠し部屋に隠れているわよ」

 改装に改装を重ね、以前はなかった隠し部屋をいくつか造っておいたのだ。万が一のために……。それが、今役に立つ時である。

「ふん。好きにしろ」

 そんなにも怯える妻に呆れ、ゾットは嘲笑気味に言った。

 街の自警団よりも強い、バンタインがいるのだ。賊などに手出し出来る訳がないのだと。



「マリア!! ジャック!!」

 ゾットの言葉を最後まで聞くか聞かないか、アマンダは子供達を呼んだ。例え何かあったとしても、自分と娘だけは助かればいい。

「母上。賊が入って来たとか!!」

 ノックも声掛けもなく、扉を勢いよくジャックが開けた。

 その後ろには、怯えた様子のマリアが付いて入った。

「食堂の隠し部屋に行くわよ!!」

 母アマンダがそう言えば、マリアは大きく頷き母の腕にしがみついた。父達が盗賊を退治している間、隠し部屋に隠れていればイイ。

 父が盗賊など、簡単に片付けてくれると信じているから。

 だが、ジャックは違っていた。

「ぷっ。賊ゴトキに母上達は弱いな~」

 持って来た剣をクルクルと面白そうにもて遊んでいる。

 この異様な状況を楽しんでいるのだ。恐怖感より高揚心を抑えきれないでいた。

「賊なのよ!? お兄様!」

 マリアが怯えた様に言った。

 何故そんなに楽しいのかが理解出来ないのだ。

「だからだよ」

「は?」

「動物ばかりじゃ飽きてきてたし。正当な理由で人を斬りつけられるなんて、そうそうないよな」

 そうなのだ。ジャックは動物を切り裂くだけでは飽きたらず、その矛先を人に向けたがっていたのである。

「あったまオカシイんじゃない!? お母様、お兄様なんて放っといて早く部屋に行きましょう!」

 人を斬りたいなんて、頭がどうかしていると感じたマリアは、賊は兄ジャックに任せようと母を促した。

「マリア、兄になんて言い草だよ」

 怒った風ではなく、ケラケラと笑っていた。

 これから起きる事を想像し、楽しんでいるのだ。

「では、あなた。ジャック。任せたわよ」

 母アマンダは呆れた様に息子を一瞥し、逃げる様に食堂へと向かったのであった。







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