*21 序章
―――濃い霧が辺りを覆い始めたある夜。
元アザラン侯爵邸の廻りには、ガイド元隊長達が息を潜めていた。
予想通りに、この日も濃い霧が発生し始め、決行しろと運命が後押ししてくれている様だった。30分もしない内に辺り1面を霧が覆い、数メートル先の仲間の顔さえ見えない。
ジクジクと右目が痛みに疼き始める。雨が降るのかもしれなかった。
あの日も……こうやって右目が痛んでいた。ガイドはこめかみを押さえ、唇をギリッと噛んだ。
痛みが、あの日を鮮明に思い出させてくれていた。
だが……今回は逆である。襲われる側ではなく襲う側なのだ。奪われた者の報いを、彼等には受けて貰わなければならない。
「人を手にかける事に、少しでも罪悪感を覚えるなら……今からでも遅くはない……帰れ」
正門を見据えたガイド元隊長が、皆に向かって言った。
一瞬でも躊躇したら、命取りになる。1人の躊躇が、皆の動揺に繋がる。弱さは今、必要はないのだ。
「ガイド隊長。俺達は、何処までもあなたに付いていく!」
「ファイル様……お館様の無念を晴らすために生きてきたんだ。今更引き下がる筈ないだろ!」
「後悔なんて、あの時に捨てたよ」
「ゾット達に、すべてを返してもらう」
「これは復讐じゃない。返すだけだ!!」
ガイド元隊長の最後の警告にも、皆は引き下がらなかった。
これで命を落とす事になっても、後悔はしない。参加しなかった方が後悔するだろう。
ゾット達には、なにがなんでも一矢報いたい。それがあの夜、何も知らず、何も出来なかったガイド元隊長や警備隊、街の人達すべての想いだった。
ガイド元隊長は、皆の決意が固い事を再確認すると、正門に向かい始めた。まずは、正門近くで待機。
合図が来るまで、目を閉じ息をなりを潜めていた。
―――チカッ。
外灯がチカチカと瞬いた。
それを皮切りに1つ、また1つ……外灯が次々と、しかしゆっくりと消えていく。彼等を追い詰める様に……。
―――始まりの合図だ。
クリスの言った様に、仕掛けがあったのか、全ての外灯が消え始めていた。
「……行くぞ」
ガイド元隊長が小さく合図を送ると、まずは正門の人達から向かった。
正門に向かうと、まず2人の警備隊がいた。下っ端の警備なのだろう。その2人は正門からチカチカと外灯が消え始めた事に、一瞬狼狽えていた。
灯りが消えた事で視界が暗くなり、小雨混じりの霧で何も見えなくなったからである。
「……っ!?」
その警備隊2人が気配に気付いた瞬間には、背後には音もなくガイド達が立っていた。叫ぶ声も上げる余裕も、誰かも分からないまま、口を押さえ首を斬り裂かれ倒れた。
闇夜に目を慣らしていたガイド達には、2人の姿はよく見えたからだ。その2人をゆっくりと地面に下ろし、ガイド元隊長達は次に消えた外灯付近の男達を、同様の手口で斬りつけた。
「……っ? 何が……起きているんだ!?」
外灯が消え、次々と仲間の気配が消えていっているのを、不審に感じ取った警備隊達は、辺りを警戒し始める。
だが、闇夜に紛れたガイド元隊長達は、背後をつき次々とヤツ等を地獄に葬っていた。
そう……外灯が消え、月明かりも濃い霧が遮る中、ガイド元隊長達は何故か視界が良好に感じていた。先に闇夜に目を慣らしていたから、とは言えないくらい目が良く利いていた。
自分達を、目に見えない何者かが後押ししてくれている。やり遂げろと、強い力が背中を押している気さえしていたのである。
*・*・*・*・*
「ゾット様!! 庭の様子がオカシイみたいだ!!」
寝室で優雅にワインを飲んでいたゾットに、警備隊が転がる様に入ってきた。
「グール。何度言ったらわかるんだ。言葉遣い……それと扉を開ける前にノックをしろ!!」
何度と注意しても扉をノックせず、ズカズカと入ってくる彼等には怒りしかない。侯爵になった自分に今でも使うその言葉遣いは、心底怒りを覚えていた。
「それどころじゃねぇんですって!! お頭……じゃない隊長が見に行きましたが、庭の様子がオカシイんだって!!」
元々、チンピラの様な生活をしていた輩に、良い身分を与えた処で私生活が更に派手になった以外、何1つ変化はなかった。
態度すら改める様子もない。下賤は何処までも下賤だと、失笑すら口から漏れていた。
「オカシイとはなんだ?」
妙に慌ただしくしている彼等に、ゾットは眉を険しく寄せた。
「外灯が次々と消えたかと思うと、仲間の気配がねぇ」
「賊でも入ったとでも言うのか?」
ゾットは小バカにした様に言った。
彼等こそが、盗賊のグループなのだ。それも、街処か国1番の組織力がある賊である。その盗賊がいる屋敷に、知らぬとはいえ誰が何のために侵入するのだと。
黙ってすぐに蹴散らせばいい。報告等、蹴散らした後で良いのだ。
「まさかとは思いますが……今、隊長が自ら見に行ってる」
基本的に、人の目や人の言う意見を信じないお頭バンタインは、現場を自ら見に出向く事がある。
実際、今も何かが起きていると聞き、ゾットへの報告を自分に託した見に行ったくらいである。
「ふん。それでも世に名を馳せた盗賊か。盗賊が守る屋敷に賊の侵入など恥もいいところだ」
「まだ、賊と決まった訳じゃ」
「はん? こんな時間に客か? 寝ぼけた事をぬかすな!!」
ゾットは手下達を一蹴した。
灯りが次々と消え、仲間の気配がなくなる。警備隊の気配がだ。
となれば、想像に容易い。自分達がしてきた様に、ここにも賊が侵入して来たのだろう。可能性は充分あった。
「賊が賊にやられるなど、貴様達の恥だぞ!! さっさと見つけ始末しろ!!」
ゾットは怒号を上げ、腰に下げていた小さな鞭をバシリと激しく床を叩いた。折檻用に作られた特注の鞭である。
これで、気に入らない者達を幾度となく叩いてきたのだ。
「了解!!」
鞭の音に一瞬怯み、手下達はバタバタと部屋を出て行ったのであった。
「使えん糞が」
ゾットは忌々しそうに、唾を床に吐いた。逐一報告等している暇があるのなら、賊の首の1つでも持って来いと舌打ちしていた。
「あなた。賊って……」
たまたま、その場に居合わせた、ゾットの妻アマンダが不安そうに訊いた。
この屋敷に移り住んでから、始めての事態に少し不安の様子だった。
「心配いらん。たかが賊ごときが、この屋敷を制圧出来る訳がない。なにせ、屋敷を守っているのは、悪党中の悪党だからな」
ゾットは、ソファに座り直すと鼻で笑った。
屋敷の警護は元……いや、現盗賊。自分に逆らう者達を消す役目も担う暗殺軍団でもあった。
腕利きの輩のいる屋敷に、盗賊が押し入ったとしても、返り討ちに出来る。だから、ゾットは何も恐れてはいなかったのだ。
「怖いのなら、子供達を連れて例の道から逃げろ」
「嫌よ、こんなどしゃ降りの中!!」
アマンダは時も考えずに叫んでいた。逃げるために作ってあった隠し通路は、外の馬小屋の裏に出るのだ。
こんなどしゃ降りの中、外を出るのは後免だと嫌な顔をした。
「なら、地下室に隠れろ。そこなら見つからんだろう」
「イヤよ、地下室なんて!! あの娘の怨念でも溜まってそうだわ」
さらに嫌だと妻アマンダが、さらに金切り声を上げた。
喩え夫ゾットが言っているのが、姪のシュレミナを監禁していた地下室ではないとしても、同じ地下空間にいるのがおぞましかったのだ。
「怨念なんかあって堪るか。あるなら、とっくに私は兄に呪い殺されているだろうが」
くだらないと呆れ、高笑いをしてみせた。
実兄を殺害させた張本人だとしても、微塵も罪悪感などなかった。自分に従わない者は始末すればイイ。
自分に逆らう者などもういないのだ。叱責する者はこの世にはいない。怖いものなどなかった。
「それでも、あんな陰気臭い所なんてゴメンだわ。食堂の隠し部屋に隠れているわよ」
改装に改装を重ね、以前はなかった隠し部屋をいくつか造っておいたのだ。万が一のために……。それが、今役に立つ時である。
「ふん。好きにしろ」
そんなにも怯える妻に呆れ、ゾットは嘲笑気味に言った。
街の自警団よりも強い、バンタインがいるのだ。賊などに手出し出来る訳がないのだと。
「マリア!! ジャック!!」
ゾットの言葉を最後まで聞くか聞かないか、アマンダは子供達を呼んだ。例え何かあったとしても、自分と娘だけは助かればいい。
「母上。賊が入って来たとか!!」
ノックも声掛けもなく、扉を勢いよくジャックが開けた。
その後ろには、怯えた様子のマリアが付いて入った。
「食堂の隠し部屋に行くわよ!!」
母アマンダがそう言えば、マリアは大きく頷き母の腕にしがみついた。父達が盗賊を退治している間、隠し部屋に隠れていればイイ。
父が盗賊など、簡単に片付けてくれると信じているから。
だが、ジャックは違っていた。
「ぷっ。賊ゴトキに母上達は弱いな~」
持って来た剣をクルクルと面白そうにもて遊んでいる。
この異様な状況を楽しんでいるのだ。恐怖感より高揚心を抑えきれないでいた。
「賊なのよ!? お兄様!」
マリアが怯えた様に言った。
何故そんなに楽しいのかが理解出来ないのだ。
「だからだよ」
「は?」
「動物ばかりじゃ飽きてきてたし。正当な理由で人を斬りつけられるなんて、そうそうないよな」
そうなのだ。ジャックは動物を切り裂くだけでは飽きたらず、その矛先を人に向けたがっていたのである。
「あったまオカシイんじゃない!? お母様、お兄様なんて放っといて早く部屋に行きましょう!」
人を斬りたいなんて、頭がどうかしていると感じたマリアは、賊は兄ジャックに任せようと母を促した。
「マリア、兄になんて言い草だよ」
怒った風ではなく、ケラケラと笑っていた。
これから起きる事を想像し、楽しんでいるのだ。
「では、あなた。ジャック。任せたわよ」
母アマンダは呆れた様に息子を一瞥し、逃げる様に食堂へと向かったのであった。




