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*2  アザランの花 (中編)



 父ファイルの許可は想像以上に簡単に下りた。意気込んで行ったので肩透かしなくらいだった。

 庭師の子供に構ってないで、当主となるべく自分の勉学に励め……と言われるのかと思っていたのだ。だが、言われた言葉は全く予期せぬ言葉だった。

「共に学べ。家庭教師が必要なら用意はある」だった。

 そして勿論クリスが勉学に励む事も、いずれサポートに就いて貰う事も快諾してくれた。むしろ、やっと言い出したのか……と言われたくらいだった。

 父はアレンが言い出すのを待っていかの様だった。



 2人がアレンの部屋で勉強をしていると、妹シュレミナが部屋にぴょこんとやって来た。

 微笑ましく見ていると、パタパタと走り寄り、兄の隣に椅子を引いて来てちょこんと座った。そして、どこからか持って来た本を読み……いや読んでいるフリをし始めたのだ。

「レミ。何を読んでいるのかな?」

 アレンは愛らしい妹の髪を弄りながら、その背表紙をチラリと見た。どう考えても妹が読むには、まだまだ早そうな本に見える。


「分かりません!!」

 本を一生懸命見ながら、難しい表情かおをしたシュレミナは力強く言った。

「「は?」」

 2人は目を丸くさせた。

 そんな事を元気良く返してくるとは思わなかったのだ。

 良く見れば、その手にしている本は兄アレンでさえも、難しそうな表紙に見えた。経済学か何かの本だ。父の部屋から拝借してきた物なのだろう。

 シュレミナは全く分からないが、とりあえず兄達と同じ様に勉強に混じりたいのかもしれない。

「「ぷっ……アハハハ」」

 アレンとクリスは、顔を見合わせて笑ってしまった。

 "分かりません" と力強く自信満々に言う彼女が可愛いくて、面白くて仕方がなかった。

 分からないなりに、兄達と一緒に混じって頑張っているのだ。そんなシュレミナの、一生懸命な姿が可愛い。

「レミ。ちょっと待ってろ」

 アレンはクスクスと肩を震わせながら、本棚に向かった。

 壁一面にある書物や昔読んだ絵本の中から、自分が好きだった絵本を1冊取り出した。挿し絵も気に入っていて、面白かった冒険物の絵本だ。


「レミはコッチを読んだらイイ」

 アレンは、勉強に割り込んで来た妹を追い出したりはしない。その代わりに、自分が幼少に読んでいた冒険モノの本を手渡した。

 これなら、難しい表現のしてある言葉はない。読みやすいし楽しいだろうと。

「ありがとう。おにいさま」

 シュレミナは嬉しそうに笑うと、鼻歌混じりに読み始めた。兄達の勉強中は、静かに? 大人しく本を読むのであった。



 だが、そんな姿が可愛いらし過ぎて構いたくて、兄達の方がムズムズし勉強に集中出来なかったのは云うまでもなかった。





 *・*・*・*・*




 

 シュレミナは屋敷の大きな庭で、いつも一人か使用人達と遊んでいた。勉強はこれから嫌という程待っているので、母親リリースも好きにさせようと寛大だったのだ。

 その中でも1番遊んでくれていたのが、アザラン侯爵家を護る警備隊の人達である。


 アザラン侯爵家には、100人近くの警備隊がいる。早朝・昼・夜勤と交代制で警備にあたっていた。

 ガイドは隊長を務め、アザラン侯爵からも部下からも信頼されている。剣技も近衛隊と比べても見劣りしない程だった。



 シュレミナはそんなガイド隊長が大好きだった。

 彼はその昔、賊に斬られたらしく、右目には深い傷を負っている。その見た目は人を怖がらせるには、充分過ぎる程だった。

 髪型は手入れが面倒だからと丸坊主。目付きは悪く厳つく怖い風貌。そして、その目の傷がさらに厳つさに拍車を掛けていたのだ。

 だが、彼女にはそんな事は関係なかった。

 小さい頃から当たり前にいる彼の風貌など、気にもならなかったのだ。彼女にしたら、ガイド隊長は背が高くて強くてかっこ良くて、優しい人だったからである。


 勿論、遊んでくれるから……という理由もあった。そんな彼は、ちょうど交代の時間なのか、副隊長のリストと何やら談笑をしている。

 結局兄の部屋を追い出されたシュレミナは、庭を走り回ったり花を見たりしていた。語学の勉強はあるものの、何時間もある訳ではない。相変わらず暇をもて余していたのだ。

 そんな時に、ガイド隊長の姿を庭で見つけた。



「ガイドたいちょ~すきあり~!!」

 シュレミナは棒切れを拾い、ガイド隊長の足に向かって降り下ろした。ペシっとものスゴい軽い音がする。

「ぐはっ。やられた~」

 ガイド隊長は可愛いシュレミナにやられ、地に足をついていた。

 ガイド隊長達も、シュレミナが暇をもて余しているのを知っていたため、こうやっていつも遊んであげていたのだ。

 彼女も、もう少し大きくなれば、令嬢としての教育が始まる。だから、皆もシュレミナとの楽しい一時として、この時間を心から慈しみ楽しんでいたのだ。



「隊長、弱っ! ハハハ……姫よ、ガイド1人がヤられた処でワシがおるぞ。さぁ、かかって来い!!」

 隊長と一緒にいたリスト副隊長は、笑いながら腰を落とし、さぁ来いと両手を広げた。

 彼は体格こそガイドと似てはいるが真逆で、爽やかな好青年に見える。彼もシュレミナが来てくれるのが、可愛いくて楽しくて仕方なかった。

「なんだと~!? ガイドたいちょ~のかたき」

 シュレミナは笑いながら立ち向かって行った。

「「……仇?」」

 それには2人とも首を傾げていた。

 確か……シュレミナが斬ったのでは?

 ん? ガイド隊長をヤったのは、リスト副隊長ではなかったんじゃないかな? あれ?

「ぐはっ!!」

 何故、仇になるのかがよく分からないが、お腹を棒切れで斬られたリストは倒れた。

「ハハハ!! これでてんかはワシのものじゃ!!」

 シュレミナはガイド隊長達がいつもやる様に、腰に手をおき高笑いしてみせた。

 天下? いよいよ2人は首を傾げる。どういう設定なのだろうか?



「お前は何処の悪人なんだ」

 一部始終を見ていたのか、途中からは知らないがこの屋敷の主人が呆れた様に笑っていた。

 悪人を倒して高笑いをする令嬢が、何処にいるのだ……と。

「あっ。おかえりなさ~い」

 シュレミナは迎えに来てくれたであろう父に、パタパタと走り寄った。

「いいかい? シュレミナ。悪人を見つけたら、先ずは逃げなさい」

 愛娘を抱き上げ優しく教える父アザラン。

 立ち向かって良いのは、腕に覚えのあるガイド隊長達だけにして欲しい。愛娘には戦わずにさっさと逃げて欲しいのが、親心である。

「きゃ~っ。たすけて~」

 その途端に愛娘シュレミナは、腕の中でバタバタと暴れ出した。

「コラコラ。私は悪人かっ!!」

 自分に抱き上げられ、何故かバタバタと助けを求める愛娘に父ファイルは苦笑いする。これでは、自分が悪党である。

「「あっ! 姫が悪党の頭に拐われたぞ~っ!!」」

 それを見ていたガイド隊長達は、愉快そうに笑い合うのであった。





 *・*・*・*・*





 アザラン侯爵家では、食事はそれぞれ大皿に盛られさながらパーティーの様に皆で取り分けて食べる方式になっている。

 使用人達も侯爵家の食堂に集まり、当主と同じテーブルに付く。

 座れない者達は、後で使用人専用の食堂で食べる事になっていた。

 普通ではあり得ないのだが、使用人さえも家族として考えるアザラン侯爵の意向により、毎回代わる代わる違う使用人がテーブルに付いていた。

 食べる物も侯爵家も使用人と、ほとんど遜色はない。少ない物に関しては子供達優先という事くらいだ。



「ファイル様、弟君から速達が届いております」

 皆との楽しい食事中に、執事長ナザックが手紙を1通持って来た。

 アザラン侯爵は、弟と耳にし顔が歪んだ。歪まずにはいられなかった。

 【ゾット=アザラン】

 7つ年下の実弟で、今は母方の伯爵の爵位を継いでいる。

 その血を分けた弟からの手紙や訪問で、今の今まで良い知らせなど1度としてなかったのだ。

「中を開け、金以外の事が書いてあったら渡してくれ」

 それを受け取らず、執事長に開けて見ろと指示する。

 弟は口を開けば金の無心だ。手紙とてそれは同様である。手に取るのさえ気分が悪い。ナゼ金が無くなるまで豪遊するのか、無心をすればくれると思っている愚弟が腹立しい。

 1度助けて金を与えたのが悪かった。縁を切るつもりで渡したハズなのだが、言えばくれるモノがあると勘違いした様だった。



「……知人にした借金の催促が激しく、助けて欲しいとの事ですね」

 言われた通り手紙を開くと、一通り目を通し執事長ナザックは苦々しく言った。

 冒頭からうわべの挨拶の言葉さえなく、金を貸して欲しいとの事だった。当主に教えるのも口を濁したくなるくらい、自分本位の内容だった。

「火にくべろ」

 アザラン侯爵は冷たくあしらった。

 一応は確認させたが、やはり金の無心だった。開けるまでもなかったとウンザリとした。

「はっ」

 執事長ナザックは、食堂の隅にある暖炉にその手紙をくべた。

 手紙はボッと、小さな音を立てあっという間に燃え尽きた。



「またお金ですか……」

 妻リリースが、ため息と共に複雑そうな表情で呟いた。

 仮にも愛している夫の実弟である。悪口みたいで口にするのは憚れた。だが、それが何度目ともなれば、ついつい口から漏れてしまうのだった。

「この屋敷も自分にも権利があると、まだ豪語している」

 父から引き継いだこの屋敷も、半分は権利があるのだから住まわせろと言ってきた事さえあった。その話は、違う物を渡す事で終わったハズなのにである。

「お祖父様の領地を引き継いだ時に、伯爵領と落差があるからと対価として資産を多めに払ったと……」

 事情を聞かされていたアレンは呆れていた。

 幼いながらも父達が、相続で揉めていたのを耳にしていたし、どうやって分け相続したのかも聞いている。

 それも、爵位を継いだ父の方よりも、何故か弟の方が取り分は多くあったハズなのだ。なのにまだそんな事を言うのかと呆れていた。

「この領地……我が家があちらよりも潤っているから、渡した他にも貰う権利があると思っているらしい」

 アザラン侯爵は、苦虫を噛んだ様な顔をした。

 そもそもが、兄が嫡男というだけで侯爵家を継いだのが気に入らないらしい。弟が引き継いだ伯爵家の領地は、そのほとんどを借金の形に取られた。それに比べ、今もなお繁栄し領地さえ増やし潤う兄が気に入らないのだ。

 自身の金使いの荒らさが原因なのだが、それを空高く棚に上げ、兄夫婦の裕福な生活が妬ましい。

 亡くなった父の財産が実はもっとあり、それを我々が隠していて、くれなかったと被害妄想にさえなっている様だった。



「叔父上には必要以上にあげたハズだ! それに、この領地が豊なのは父上が事業を成功させたからでしょう!?」

 アレンがテーブルにガツンと拳を当て、憤っていた。

 自分は貰った財産に胡座を掻き散財し、何1つとしてやってこなかったせいで荒んだのに、それを知らぬと実兄を妬むなんてもっての他だ。

 父がどれだけ、心血を注いで領地を潤したのを息子アレンは知っている。それを、隠し財産だとイチャモンをつけ掠め取ろうなんて、許せなかった。

 叔父がやろうとしているのは、強請や強要、犯罪者のそれと代わりがないのだ。



「あの男は、そうは思わない。未だにこの侯爵家の領地も、半分は権利があるとまで言っているくらいだ。何をやっても、こちらが潤っている限り、何かと理由をつけて無心する算段に違いない」

 そう言うと、実に苦々しくアザラン侯爵はパンを噛み千切った。

 あたる相手もいないので、パンにぶつけている様だった。

 聞いていた使用人達も、無言で食事を摂ってはいたが。内心腸が煮え繰り返っていた。理不尽過ぎる催促と嫉妬だからだ。

 アザラン侯爵はこの地を継ぐ時に、母方の伯爵家の領地を弟に与えた。侯爵家に劣らないくらいに伯爵家の屋敷も、改装改築費用まで出してやった。

 そして、伯爵家の領地も、この侯爵家の領地と変わらないくらいの大きさだったハズである。

 なのに、それを贅沢の極みを尽くし、減らしたのは弟ゾット自身のせいに他ならない。

 それを省みないで、兄ファイルを妬むのは話が違った。悪政を強いるから人の心も領地も減るのだと、何故気付かない、気付こうとしないのか。使用人達は、他人事には思えず憤慨していたのであった。







「それはそうと、勉強は捗っているか?」

 アザラン侯爵は愚弟の話は終わりとばかりに、ワインを口にしながら息子に訊いた。

 時間の無駄な上、これ以上話をしていても、苛つくだけで何も生み出さない生産性のない会話だからだ。

 人にモノを教えるのもまた勉強だとアレンに任せてはいたが、本人の勉強が疎かになっていないかとも心配しているのだ。

「勿論だよ。クリスは教えがいがある。覚えが本当に良いんだ」

 アレンはクリスを見ながら、感心した様に言った。

 自分より5歳も下のクリスは教えた事を、カラカラのスポンジが水を吸うように、あっという間に覚えていった。

 嬉しい誤算だが、自分が追い抜かれそうで怖い部分もあった。

「あら。なら、あっという間にアレンは追い抜かれてしまうのかしら?」

 アザラン侯爵夫人リリースはクリスを見つつ、優しく微笑んだ。

 本心では、まだまだ息子には追い付かないと信じている。

「首席の俺をすぐ抜かせたのなら、家庭教師冥利に尽きるよね」

 気にした風でもなくアレンは笑っていた。

 まだまだ抜かせないとは思うし、抜かされるとは思もわない。だが、抜かせるなら抜いて欲しいと思っていた。

 妹を任せるのなら、自分を負かせるくらいの男であって欲しいのだ。

「足元にも及びませんよ」

 クリスは苦々しく笑っていた。

 冗談でも抜かせるなんて思わない。分かりやすく教えてはくれるものの、その日その日がいっぱいいっぱいだったのだ。

「遠慮しないで抜くと良い」

 アザラン侯爵は笑った。

 抜いたのならそれはそれで構わないのだ。

「……ははは」

 クリスは苦笑いしか出なかった。

 冗談なのか本気なのかは、まったく分からなかったが "はい" と言える気概が、自分にはまだなかったのである。



 現在小さな子供は、侯爵家のシュレミナ以外は庭師のクリスしかいない。近くに貴族の学校しかないので、クリスはここで使用人達から学んでいた。

 本来なら他の使用人達の子供の様に、実家から学校に通うのだろうが、彼は孤児だったのでここから遠くには通えない。

 使用人達の実家に居候の話もあったが、迷惑は掛けられないと彼が断っていたのだ。


 アザラン侯爵は、それらを加味していつか息子アレンが言ってこないかと、焦れに焦れていたと後から知った話である。

 自分が言うのは簡単だが、それでは命令と変わりがないので、クリスの事は息子に任せていた様だった。


 身近な2人が、良きライバルになれば良いとアザラン侯爵は、温かく見守るのであった。





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