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アザランの花  作者: 神山 りお


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18/38

*18 始動



 その日シュレミナは、庭で鍛練をし汗を流していたガイド元隊長の姿を見つけた。屋敷を出た後も、毎日欠かさずやっているのだろう。その後ろ姿に、幼き日を思い出す。

 懐かしんで見ていると、休憩中らしく首にかけたタオルで汗を拭き始めた、そんなガイド元隊長にシュレミナはそっと近寄る。



「ガイド隊長~、隙あり!!」

 なんだかその背中が懐かしくて、足元にあった棒切れを拾い斬りかかってみた。昨日の事の様に懐かしく心がざわめいた。

「ぐはっ!!」

 シュレミナが来ていたのは、初めから気付いていたに違いない。

 相変わらずノリのいいガイド元隊長は、斬られたフリをして地に膝をつく。懐かし過ぎて胸が熱くなっていた。

「甘いわよ?」

 シュレミナは小さく笑ってみせた。

 勿論、甘くはない。だって、彼はわざと斬られてみせたのだから。

「日々の鍛練が……まだまだですな」

 ガイド元隊長も頭をガリガリ掻いて、わざとらしく笑ってみせた。

 シュレミナが本気で言ってないのは、分かっているからである。ただただ無性に懐かしい。



「くすくすっ」

「アハハハ!!」

 そして2人は顔を見合わせて、仲良く楽しそうに笑った。

 昔のやり取りが、ひどく懐かしくて温かい。シュレミナとガイドはその懐かしさに浸り笑い合っていたのだ。



「髪……切っちゃったのね」

 シュレミナはガイド元隊長の、頭や後ろ髪を見た。

 昨日までの彼の頭には、短く髪を伸ばしてあった。なのに今は以前の様に丸坊主に戻っていたのだ。

「アハハ……やっぱり、この髪型がしっくりくる」

 ガイドは剃ったばかりの頭を、ポリポリと掻いていた。

 髪を伸ばしていたのは、自分の姿を鏡を見て苛立つからであった。鏡に写る自分の不甲斐ない姿に……。

「姫は、少し大人になられ、いまや立派なレディだ」

 髪の事は誤魔化し、話を逸らした。

 どうして? と聞かれても困るからだ。何故ならば伸ばしていたのは、願掛けの意味だった。シュレミナが生きています様にと、伸ばしていたのだ。

 だが……彼女には逢えた。それはもう必要ない。今度は、決意のために髪を剃った。元に戻したのである。

「お世辞はいいわよ。ガリガリだし」

「お綺麗ですよ。シュレミナ姫」

 ガイド元隊長は、シュレミナの言う言葉を遮った。

 お世辞ではなく彼女は自分から見たら、痩せていようが充分美しかった。だからこそ、彼女の口から自分を卑下する様な言葉は、聞きたくなかったのだ。

 まだ、10になったばかりであろう彼女は、苦労していたのか年齢より大分大人びて見えた。話し方も、自分の知っている幼い少女ではなかったのだ。

 それが、無性に悲しくて胸が張り裂けそうに痛かった。少女が大人になるのは早い。だが、幼い子供が足早に大人になるには別の理由もある。

 辛くて悲しい現実があると、幼い子供は早く大人になるという。

 彼女もまた、大人にならないといけない、過酷な現実があったという証拠でもあった。



「もう、姫じゃないわよ?」

 そう言った彼女の微笑みは、悲しげだった。

 "姫 " と言った事で、当時を思い出させ、嫌な気持ちにさせてしまったのかもしれない。ガイドはしまったと唇を噛んだ。

「私の姫は、後にも先にもあなたただお一人ですよ。お転婆姫?」

 だから、シュレミナをからかう様にわざと言うと、その身体を左腕に乗せた。幼い少女だった彼女が、自分の腕の中でキャッキャッ可愛らしく笑っていたのが昨日の様に感じた。



「もぉ。お転婆は余計だもの」

 と、口を尖らせたシュレミナは実に可愛らしかった。

 だが、ガイド元隊長は微笑みながら、違う事に心は驚き凍り漬いていた。腕に乗せたシュレミナは、大袈裟ではなく異様に軽かったのだ。

 この年頃の少女の重さには、到底及ぶ重さがそこにはなかった。

「さて、食事に致しましょう」

 ガイド元隊長はそう言いながら、胸がギリギリと張り裂けそうだった。

 何故もっと早く救ってあげれなかったのだと。何かをしていないと、自己嫌悪に落ちそうで怖かった。シュレミナが笑顔を向けるたび、早く救ってあげれなかった自分が許せなかった。





 *・*・*・*・*





 その日の深夜、ゾット家に侵入する有志が集まっていた。ゾット家に復讐する日時や策を練るためである。

 誰が何を言おうが、今更計画は止められないだろう。

 アザラン侯爵が賊に襲われ、弟ゾットが代わりにこの領地を治めてからというもの、自分の私益のために領民には苛烈な市政を強いていた。

 税を納められない市民には、ゾットの息の掛かった自警団を寄越し、略奪に近い形ですべての物を奪っていった。

 反乱者も勿論いたが、ゾットの警備隊の強さと非道さを知らしめる形になるだけだった。

 だが、そんな仕打ちをする領地の主など、市民は受け入れる訳もなく。日に日に不満は膨れ上がっていた。



「姫は?」

「やっと寝たよ」

 ガイド元隊長が訊けば、クリスが微笑した。なかなか寝付けないのか、手を握ってあげたりしたのを思い出したのだ。

 小さい時の方がそんな事はなかった。一緒にいてワクワクして寝付けなかった幼き日。今は不安と恐怖で寝れないのだ。

 ゾット達にされていた言動によるものだろう。不安を取り除けてあげられたらとクリスは、胸を痛めていた。



「クリス、いいのか?」

 ガイド元隊長は改めて確認した。

 アザラン侯爵……今はゾットが住んでいる屋敷の襲撃をするための密談に、クリスが参加すると言ったからだ。

 恨みがあるのはクリスとて同じだろう。だが、ガイドは年若いクリスには参加して欲しくはなかった。シュレミナと一緒に歩むだろう彼だけには、自分同様に手を血で染めて欲しくなかったのだ。

 手を汚すのは自分達だけでいい。彼は今まで姫と苦境を乗り越え様と、ずっと頑張っていた。

 だからこそ、2人は綺麗なままでいて欲しかったのだ。



「何度訊かれても、答えはイエスだよ。ゾットにはお礼をしたいんだ」

 ガイド元隊長の優しさは痛い程伝わっている。だからこそ、彼等達だけにさせる訳にはいかない。

 それに、ゾットにお返しをしなければ、気が済まなかった。

 それが、自分が慕っていたアレンに対しての贖罪だからだ。





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