*17 決意 (後編)
クリスの話を聞いて、しばらく皆も静かに泣いていた。
クリスの辛さも分かったからである。側にいて何も出来ない苦しみ悲しみの方が、1番辛い事もよく理解出来るからである。
「姫は……シュレミナ姫は、あれからずっと地下室にか?」
ガイド元隊長は、今までシュレミナを護ってくれたクリスを、優しく労る様に問う。
「あぁ……ワイン庫だった地下室に……ベッドを入れて住まわせていた」
「飯は……?」
その様子とあのシュレミナから、録な物を与えられていないと推測は出来た。しかし、訊かずにはいられなかった。
ガイドはあくまでも、落ち着いて話す様にゆっくり息を吸う。
でなければ、今からすぐにゾットを殺しに飛び出しそうだったのだ。
「週に2・3回……朝だけだったり昼だけだったり……詳しくは分からない」
クリスは小さく首を横に振った。
閉鎖された空間だったし、シュレミナは自分を心配させまいと、すべてを正直に話してくれた訳ではなかった。
風呂や排泄についてなんて訊かなくても分かるし、彼女に訊くこと自体が酷である。
使用人の話を耳にして、ひょっとしたらもっと酷い仕打ちや環境だったのだろうと想像している。
「それで……あんな」
皆は一様に言葉を失っていた。
シュレミナは、同じ様な年頃の少女より小さく、顔色も悪かった。家族や身にあった悲劇のためかと解釈していたが、それだけではなかった。
それ以上に過酷な生活を強いられていたのである。知らなかったでは、自分達を許せなかったのだ。
「……どうする気?」
クリスは気付いてはいたが、確認しておきたかった。
この集団は、ただのゾット否定派なだけなのか……それとも。
「目には目……だ」
ガイド元隊長がそう力を込めた声で言えば、皆も指輪を握り大きく頷いてみせた。
この集団は、ただのゾット否定派の義賊を名乗っている集団ではない。兄のアザラン侯爵を慕い、彼等をあんな目に遭わせた人物を探り、報復してやると決起した集まりであった。
「シュレミナは……たぶんそれでも悲しむ」
クリスは目を伏せた。
自分があんな目に遭ったにも関わらず、それでも彼等に何かあればたぶん悲しむだろう。
「…………黙っていろ」
クリスになのか皆にもなのか、ガイド元隊長は何かを押し殺した様な声で一言そう言った。
「策は日を改める。今日はご苦労だった皆休んでくれ」
ガイド元隊長は、皆を見回し労うと部屋から静かに去っていった。
1度頭を冷やし冷静になる必要があったからだ。感情や激情に任せ策を練っても、それは良案には繋がらない。
頭を冷やし、改めて考える時間が自分にも皆にも必要だと判断した様だった。
「誰か、隊長……いや、ガイドさんの手を治療してやってくれ」
クリスは床を見て呟いた。
ガイド元隊長のいた足元の床は、小さな血溜まりが広がっていた。痛みも感じない程、ずっと強く握り締めていたに違いなかった。
*・*・*・*・*
夜の空は、ここから見ても屋敷から見ても大差はなかった。
ただ、少しばかりコッチの家からの方が星が良く見えた。ゾットは自分がしてきた数々の悪行により、敏感になっている。そして何より夜の闇を恐れていた。だから、屋敷の灯りはいつも煌々と焚いていた。
勿論、子供の様に暗くて怖いからではない。盗賊や夜盗に警戒していたのだ。自分達がやってきたみたいに、何時誰が襲撃してくるか分からないからだ。
だから、ヤツは闇を恐れていた。
「風邪を引くぞ? クリス」
小さな庭に、華奢な少年がフラりと立っていた。
元から線も細かった彼の姿は、お世辞にも顔色はいいとは云えないくらい青白くみえた。
あのゾットに仕えていたのだ。シュレミナ同様辛い目に遭っていたのだろう。
「ガイドさん」
振り返って見れば、隊長と呼ばれていた頃の姿そのものだった。
剣技や男気には、皆が憧れ慕ったその人そのままだった。アレンやクリスもまた、そんなガイドを慕い、彼の様な温かい人物になりたいと尊敬さえしていた。
「すぐに、報せてくれたら……イヤ、知るべきだった……すまない」
ガイド元隊長は、悔しそうにクリスに頭を下げて謝った。
クリスが生きていたのも知らなかった。遺体が見つからなかったのだから、疑い捜すべきだったと後悔すらしていた。
「謝らなくてもいい。だって知りようもなかっただろうし。僕も外に出れなかったから」
「……ナゼ?」
地下牢の様な処にいるシュレミナなら分かるが、クリスは自由があったハズだと思ったのだ。
「ゾットの屋敷は、ほぼ彼の息の掛かった人間しかいない。だから、僕みたいな余所者が少しでもおかしな行動をすれば、体罰と名ばかりの拷問をされるんだよ」
下手したら命もないのだ。そしてそれは、地下室に閉じ込められているシュレミナの死に直結される。だから、慎重に期さないといけなかった。
クリスはまだ外に自由に行動出来る程、信用されてはいなかったのだ。
娘のマリアに取り入り、やっと気に入られ始め、自由に動けるツテが出来た矢先の事だった。
「……そうか」
ゾットの屋敷の事は全く知らない。噂や領地で自分が受けている所業で、相変わらずので酷い主人だとは分かっているくらいだった。
屋敷の中の現状をよく知る者から、言葉で知らされると現実味が湧いた。
あの優しいアザラン侯爵の弟だと、まだ何処かで信じている自分がいた事が悔しかった。自分はとんだ甘い認識をしていたのだと。
「マリアに気に入られてからは、多少はお目こぼしはあったけどね?」
だから、シュレミナに食事を分けられる隙が出来ていたのだ。たまに近くにいたのを見つかっても、あの変わった花の話を出して誤魔化しても折檻されないくらいには、お目こぼしがあった。
「お前も、本当に良く生きていてくれた」
ガイド元隊長は、改めてクリスを抱き締めた。
使用人達もすべて確認出来た訳ではなかった。だから、クリスが生きていてくれて、本当に嬉しかったのだ。
ガイド元隊長が着いた時には、あの惨劇だった。アザラン侯爵達を……シュレミナを捜すので精一杯だった。
あの後、警ら隊が来てはくれたが、見るも無惨だったため確認を怠った可能性も捨てきれない。他の使用人達も無事なら良いが……と願うばかりである。
「ガイドさん。苦しいから」
クリスはその温かい胸の中で笑っていた。
「すまんすまん」
ガシガシと頭を掻きながら離してくれた。不器用過ぎる彼の優しさが、クリスの心に染みるのだった。
「クリス」
ガイドが改めて何かを問おうとした時ーー
「クリスさん」
と呼ぶ女性の呼ぶ声が聞こえた。
「シュレミナ様が不安がっていますから……戻ってあげて下さい」
初めての部屋に知らない女性だけで、不安なのだろう。口にこそ出してはいない様だが、不安な表情を浮かべているらしかった。
「ガイドさん?」
さっき何かを言いかけてなかったか、それはいいのか確認する。
「俺の話は、すべてが終わった後でも構わない。行ってやれ」
とクリスの肩を優しく叩いて促した。
「ありがとう。ガイドさん」
クリスは頷くと、小走りに走って行ったのである。
「彼も、少し顔色が悪いですね」
クリスを呼びに来た女性が言った。血色が少しばかり悪く見える。
「囚われていた姫に、自分の食べ物を渡していたせいだろう」
それに、おそらくゾット達に折檻を受けていた可能性もある。
あそこにいて、血色が良く元気な方がどうかしている。
「ゾット達には……情けを掛けないで下さい」
女性は辛そうに、唇を噛んでいた。
近い歳の子供のいる彼女だからこそ、シュレミナ達の境遇は許せなかった。人に頼むしか出来ないが、情けをかけて生易しい処罰で済ませて欲しくはなかったのだ。
「俺は情けなんてかけねぇよ」
「アザラン侯爵の実弟でも?」
口でそうは言っても、彼は根は優しい。命を捧げたアザラン侯爵の血を分けた人間を、彼はその手に掛ける事は出来るのか。
「侯爵に弟なんていねぇ。ゾットは悪魔だ」
ガイド元隊長は、唾を吐くようにそう言い放つと、家の中に戻って行ったのだった。




