*16 決意 (前編)
その日、ガイド元隊長達は決意を固めた。
ーーゾット一家を皆殺しにしてやる……と。
ゾットがした仕打ちを、兄アザラン侯爵達が受けたモノをそっくりそのまま返してやると。皆の心は一つになっていた。
「今まで辛かったな……良く教えてくれた」
怒りに震えながらも、ガイド元隊長はクリスの頭を撫で労った。
彼が教えてくれなかったら、自分達は何も知らないまま計画を立てていたに違いない。何も知らない使用人達に罪はないと、傷付けない方向に考えていただろう。
だが、実際は違った。助けられるハズの使用人達は、見てみぬ振りをし、あまつさえ加担さえしていた。同罪である。
ゾット侯爵に嘆願しなくとも、外に悪行をそれとなく知らせ幼子を助けるなど、努力を見せていたのなら少しは情もかけた。
しかし、実際は加担である。情けをかけ助けてやる必要はなくなったのである。
「ゾット家を襲うなら、屋敷の見取り図を作るよ?」
クリスは無表情に言った。
すべての怒りを、胸の中に押し込めた様だった。
「見取り図なら作ってある」
元警備隊チケットが棚から出して、テーブルに広げた。
そこにはゾットの屋敷となった邸宅の敷地、屋敷の間取りが事細かく書かれてあった。ここにはガイドだけでなく、生き残りの警備隊達が全員いる。見取り図ならいくらでも作れるのだ。
「……少し違ってるね」
それを一通り見たクリスは、自嘲気味に言った。
大部分はあっている。だが、所々違う箇所があるのである。
「違う? そんなバカな。10年以上もいたんだ間違い様が……」
もう1人の警備隊が目を見張った。
これを作成するのに皆で何度も確認した。勤めていた者達にも何度となく訊いた。間違い様がないハズだった。
「あれから、ゾットは至るところを改築、改装しているんだ。器こそアザラン侯爵家だけど、中身は……全くの別物だよ」
それは、あそこで今も尚、働いていたクリスだから知る事の出来た事実である。
ゾットだけでなく、あの家族は自分好みにすべてを換えた。
「アザラン侯爵家……ではなく。ゾットの屋敷と考えた方がイイ」
壁紙、絨毯は勿論、装飾品から家宝とされていた物も、すべて売り払い自分好みをあつらえた。
庭の草木も入れ替え、もはや面影は、外観のみといっても過言ではない。
「そんなにか……!?」
ガイド元隊長は驚きを隠しきれなかった。
下見として庭には侵入した事はあったが、確かに草木は全く違っていた。業者の出入りも確認はしていたが、汚れた壁紙や絨毯を替えているのだろう……くらいな認識だった。
そこまでとは思わなかった……いや、思いたくなかったのだ。仮にもあのアザラン侯爵の弟だからと、まだ考えが甘かった様である。
クリスは苦々しく笑うと小さく頷いた。
「まず、主の部屋は改築されている。書斎は必要ないと家具は破棄し猟銃や剥製を置く部屋にしてしまった。奥方とは寝室も部屋も別にしたかったみたいで、執事長の部屋を潰してそこを寝室にしてる。リリース様の部屋も現奥方の部屋にするため、すべてを改装してしまったよ」
執事長だったナザックがいつでも駆け付けるため、サポート出来る様にとアザラン侯爵は、同じフロアに彼の部屋を設けていた。
だが、執事長などを大切に扱わないゾット夫妻は、真っ先に潰して奥方の部屋に改築、改装してしまった。もはや跡形もない。
「……なっ!!」
ガイド元隊長達が、言葉を飲み拳を強く握った。
口を開けば悔しさと怒りを、今説明をしてくれているだけの、関係のないクリスに当りそうだった。
ガイドはあの部屋……書斎が1番好きだった。
自分の主で、心から慕うアザラン侯爵を象徴する部屋だったからだ。優しく温かった主とあの部屋を思いだし、ガイド元隊長は涙が溢れるのを抑えられなかった。
叱責された事も勿論ある。だが、労って下さる言葉の数々の方が多くて、今も夢に見るくらいだった。
それを、汚されただけでも許せないのに、何もかも換えてしまった。消し去られたなど許せない。ガイド元隊長は拳を震わせていた。
「アレン様の部屋は……息子ジャックの部屋になったけど、書物は棄てられたし棚は全部取り払って……今は訳の分からない絵と動物の剥製が飾ってある」
いずれ自分が膝を折りたかった、未来の侯爵家当主アレンの部屋を指差した。
ゾットの息子ジャックは、従兄アレンの出来の良さに辟易していた。自分より数段優れ何でも出来る彼に、嫉妬どころか憎悪を抱いていた。
壁一面にあった本は、無惨に破り棄てられ、棚は自ら斧を使って力任せに破壊したと……後から自慢話として聞かされた。憎しみに駈られ殴らなかった自分を褒めてあげたいぐらいだ。
その壁には、自分が狩り捕った狼や鹿などの剥製が飾ってある。父同様に狩りが趣味。無闇に命を奪い戦利品として飾ってあるのだ。
絵画とは云えないその絵は、ジャック自身の描いた物だった。黒や赤などの色使いが多く、クリスは顔を歪めそうになるのを必死に抑えていた覚えしかない。
「……姫……シュレミナ姫の部屋は」
ガイド元隊長が、怒りで満ちた声を隠せないでいた。
その話の流れからして、録な状況でない事だけは分かる。正直、怒りでどうにかなりそうだった。だが、訊かない訳にはいかなかった。
「マリアの部屋になってる」
クリスは冷やか過ぎる声で言った。
あれだけ饒舌に説明していたクリスが、シュレミナの部屋の事になると、たった一言だった。
「「「姫の部屋は!!」」」
誰ともなく、叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
彼女の部屋は、変える必要は何処にもなかったハズである。なのに、彼女の部屋があのゾットの娘の部屋に代わったのなら、本来の主の部屋はどうなっているのだと。
「…………」
クリスは顔を歪め、皆から目を背けた。
自分が付いてながら不甲斐なくて、合わせる顔がなかったのだ。
「……クリス」
ガイド元隊長が怒りを隠し、優しく問う。
「…………」
「クリス……教えてくれ」
彼の顔が辛そうに歪むのを見ながらも、問わずにはいられなかった。
「……地下……室」
クリスは言いたくもなかった。あんな現実はあって良いハズもなかったからだ。口に出せば憤りしかなかった。
「「「え?」」」
その瞬間、皆は時を止めた。クリスの口にした言葉を頭が理解しなかったのだ。
「地下室に……押し込められていた」
「「「…………っ!!!」」」
クリスの言葉を理解した時、ガイド元隊長達は、怒りで血が沸きそうだった。
一体何を言っているのだろう……と。そんな馬鹿な話があるかと、初めは耳を疑ったし、にわかには信じられなかったのだ。
だが、確かに間違いなく "地下室" と聴こえ、頭がゆっくり理解すると身体が怒りに震え始めていた。
「どういう事なんだ……クリス!!」
ガイド元隊長は、思わず怒りに任せ怒号を放っていた。
クリスが悪い訳ではない。そんな事は重々承知している。しかし、叫ばずにはいられなかったのだ。
「「ガイドさん!!」」
近くにいた者達が、ガイド元隊長を力強く押さえた。
こうでもしないと、話してくれたクリスを殴り殺してしまいそうだった。
「……ごめん」
クリスは、怒りに震えるガイド元隊長をまっすぐ見れず、俯くと静かに静かに涙を流していた。
一番側にいた彼だけだった。なのに、助けられるどころか何もしてあげれなかったのだ。それが、ただただガイド元隊長達にも、アザラン侯爵家達にも……そして、シュレミナにも申し訳なくて仕方がなかった。
「クリス……お前が一番辛かったな……すまない」
ガイド元隊長はギリギリと唇を噛み締め堪えると、クリスに当たった事を謝罪した。
何もしていない自分が、彼に当たっていいハズもない。彼を褒めてこそ、怒るのは間違いなのだ。彼が一番辛いのだ。理解してあげるべきだった。
「僕が……護るべきだった」
クリスは何も出来なかった自分の不甲斐なさに堪えられず、静かに泣いていたのであった。




