*15 夜盗
「僕は……アレン様は……裏口から逃げ様とした処で……待ち伏せしていた賊に斬られたんだ……ごめん……ごめんなさい」
クリスは最後に謝ると、肩を震わせて涙を流していた。
裏口には着いたものの、待ち伏せしていた賊達にアレンも自分も斬られ倒れた。誰も助けられなかった……と後悔の念しかなかった。
何故助かったのが、アレンではなく自分だったのか。悔やんでも悔やみきれないのだ。
夜だった上に豪雨で視界が悪かった事。途中で合流した使用人が先に盗賊に斬られた事。その斬られた使用人がクリスに覆い被さった事。
その複数の偶然が重なり助かったのである。
その後は、良く覚えていない。フラフラと誰かに助けを呼ぼうと街に向かったのは記憶にはある……だが、数日後に目を覚ました時には、惨劇の後だったのだ。
それから、クリスは人づてにシュレミナが生きているらしいと耳にし、逢うためにゾット侯爵に頭を下げ雇われていたのであった。
勿論、自分が侯爵家の生き残りだとは隠したまま……。
*・*・*・*・*
「そうか……」
それを聞き、ガイド元隊長は辛かったなと優しく声を掛け抱き締めた。
クリスが何故そこにいたのかが、分かったからだ。クリスは何も悪くはない。彼もまた被害者なのだから。
「それから、シュレミナは……」
「ああ……ゾットに折檻されていたんだな?」
だから、あんなに痩せていたのかと、ギリギリと唇を噛み締めたガイド。
どうにも許せなかったのだ。あんなに可愛い幼子を……。血を分けた姪を……。
それは皆も同じ様で、誓いの指輪をギュッと強く握りしめた。
だが、クリスはまだすべてを伝えた訳ではない。シュレミナを虐待、折檻したという話は事実の中のたった1部である事。まだ教えていない事実がある事を……。
「あぁ。それに……まだ……続きがあるんだ」
クリスはゴシゴシと涙を拭い、再び口を開いた。
まだ……伝えなくてはならない事がある……と。
「続き?」
ガイド元隊長は、顔をしかめた。これだけではないのかと。
「あの惨劇には……脚本があったんだ」
クリスは血が滲む程、ギリギリと唇を噛みしめていた。
「脚本?」
一同が呟いた。脚本とは何の事だとーー
「ゾットの描いた……脚本がね」
そう言って顔を上げたクリスの冷めた視線は、皆を凍り漬かせる程だった。
「盗賊の侵入は "偶然" じゃなく "必然" だったんだよ」
クリスの目は、強い憎悪を孕んでいたのだ。
「必然……だと?」
ガイド元隊長はクリスの話に耳を疑い、怒りに震え始めていた。
偶然ではなく必然とは、どういう事なのだと。そんな話がある訳ないと。
「兄アザラン侯爵とは違って、弟ゾットは金使いが荒かった。兄が注意しても直らず、金使いの荒いゾットは、すでに知り合いに多額の借金があったのは知ってるよね?」
「あぁ」
「たけど催促されるが、返すあてはない。たびたび兄アザラン侯爵に頼んでは見たものの、当然無視されてしまった。すでに多額の金を借りていたからね。だけど……今更贅沢三昧は止める気はなかった。だから……だからアイツは……ならず者を雇い盗賊に育て上げ、他の屋敷や人家から金を強奪し、私腹を肥やしていたんだ」
廊下の花瓶の花を換えていたクリスは、たまたま警備隊の休憩室を通った。そして、酒に酔った警備隊達が気分良さそうに、話す姿を見て聞いてしまった。
私腹を肥やす道具として、自分達盗賊を雇っている……という話を。
腸が全身の血が煮え繰り返る様だった。あの男のせいで……コイツらのせいですべてを奪われたのだと。
「……まさか」
「そんな……」
誰とは云わず、ゾットの所業に言葉が洩れていた。クリスの話に身体が震えるのを止められなかった。まさか、盗賊を育てるとは……あの日ゾットが何をしたのかを、察してしまったのだ。
「そう。あの日アザラン侯爵家に侵入したのは……ゾットの手下だった。豪雨の日、兄から警ら隊を貸して欲しいとの要請があった。その瞬間、思い付いてしまった。自分が断ればお人好しの兄アザラン侯爵なら、村の救助に屋敷の人を割くに決まっている。
そう踏んだゾットは、屋敷の警備が手薄になる好機を狙った。そして、ガイド隊長達は思惑通り村に向かった。ゾットはその好機を逃がさなかった。
屋敷が手薄になったその隙に、息のかかった盗賊を侯爵家に向かわせ襲わせ、兄達を殺し莫大な財産を手に入れる事にしようと。
そしてそれは思惑通り成功した。……あの時アザラン侯爵達を襲った盗賊は、今も何食わぬ顔であの屋敷にいる警備隊達だ」
あの時の事は、暗くて良く覚えていない。だが、ゾットの屋敷で慎重に話を聞き、集め、1つ1つ繋げすべてのピースが揃った時、おのずと答えが出ていた。
知りたくもなかった、弟ゾットのおぞましい悪行の数々を……。
「なら……アザラン侯爵は……お館様は弟に殺されたのかよ!!」
怒りで煮えくり返り、身体が震えたガイド元隊長は、怪我をするのも構わず、ガツンと力任せにテーブルに拳を叩きつけた。
悔しくて情けなくて、そしてアイツに対する怒りで震えていたのだ。何かに当たらなければ、どうしても自分が抑えられなかった。
「なんてヤツなんだ!!」
「信じられねぇ!!」
「あのヤロウ……許さねぇ!!」
皆も、同じように怒りを何処かにぶつけていた。怒りに震え上がっていたのだ。
自分の欲望を満たすだけのために、血の繋がった兄家族達を襲い、何も知らない幼い子を折檻していたのだ。
それを容認出来る者達は、ここにはいなかった。
「シュレミナ姫が生きていたのは、ゾットには誤算だった。世間体から仕方がなく引き取ったものの、自分には懐かない。それ処か、兄の面影さえある彼女が気に入らず、監禁し虐待していていたんだ」
折檻をしている時、兄ファイルへの恨みつらみを言いながら、あの男は頬をひっぱだいて笑っていた。
それを見た時には、自分のおぞましい考えにクリスは震えた。今すぐにゾットを殺したいと、沸き上がる初めての感情を抑えきれずにいた。今は堪えろと、抑えるのに拳が血で濡れたのを覚えている。
あの男は、彼女がそれで死んだら死んだでいいのだ。惨劇による衰弱死にでもすればイイのだから。
「許さねぇ……絶対に許さねぇぞ……ゾット」
ガイド元隊長達は、クリスの話を聞き、怒りに震え復讐の炎を上げ始めていた。




